33 共演
思考を置き去りにしようと、頭を振り、持っていたペンで紙に大きく丁寧に「ルジャダ国の一刻も速い復興と永きにわたる繁栄を願って」と書き、先ほど買った空のバッグを中身がよく見える状態で広場の中心に置いた。中に紙を入れ、靴を脱いで息を吸う。
「キジェ!適当に一曲お願い!」
「無茶ぶりすぎません⁉でも嫌いじゃないですよ!」
意外と乗り気じゃないか、流石キジェ。しかし、先程の儚げな印象の少年は何処へ行ったのやら。
「リディアさん、道具は要らないんですか?」
踊るとはまだ言っていないのだが、彼は察したらしい。それしても、彼に扇や剣を使った舞は見せていないはずだが……。
「私は体一つの方が性に合うの!」
「何をするのか知りませんが、期待してますよ!」
あ、ダメだ。全然察してなかった。
しかし、キジェの表情が変わった。彼の腕前は確かなものだ。プロとまではいかないが、趣味の範疇はすでに超えている。
その間にリディアは軽く一礼する。さっきの大声である程度の視線は集まった。集まらなかった分は実力で見させる。全ての視線を集めて他の何も見れない程、魅入らせてやる。
キジェが鍵盤を強く叩く。強烈な曲の始まり。もっと静かな曲を想像していたが、キジェのおまかせは驚く程鮮烈で、一瞬で広場の人を黙らせた。まさかこれを狙ったのだろうか。
指先、足先、表情、手足の角度、横髪のなびき方、ドレスのはためき方、その全てに気を張る。穴の底で踊ったものとは違う、人に見られる舞。
ルジャダの伝統的な動きを取り入れつつ、バレエを意識した舞を踊る。今回は狂想曲のような曲が初見なだけにほとんど即興に近いが、それでも舞として成り立っているのは恐らくリディアとキジェの間に生まれた信頼だろう。お互いがお互いに合わせに行く、そんな性質をお互いが知っているから。
裸足であるから当然ものすごく寒い。が、血が出ていないのは長年の練習で年頃の娘のものとは思えない程足の皮が厚いからだろう。自分の努力の結晶がまさかこんな所で役立つとは。
演奏のテンポが段々と速くなる。チラッと横目で見ると髪の隙間から、血が騒いだ、やってやろうじゃないか、と言わんばかりのキジェが汗をかきながら楽しそうにしていた。手は一瞬たりとも止まっていない。
本当に彼は以前、ピアニストみたいな楽器の奏者を仕事にしていたのだろうか。
二人は止まらない。むしろ熱を帯びてヒートアップする。
ただ楽しい。観客を楽しませることを忘れる程、彼の演奏は素晴らしかった。体が動かなくなるまで踊り続けたかった。
雪風が二人を包む。体は熱かった。
しかし、二人の勢いが最高潮に達した瞬間、曲が徐々に大人しくなっていく。それに合わせ、リディアは動きをゆっくりに、滑らかにしていった。
最後には優雅な曲調に変わり、静かな終わりを迎えた。随分とまぁ、緩急の激しい曲だ。
涼しい顔をして、ドレスの裾をつまんで頭を下げる。
観客は大いに感動してくれたようで、余韻に浸っている者や涙ぐむ者も居た。
バッグの中にはそこそこのチップが溜まっており、目標金額に十分足りる程だった。強制や呼びかけをしていないにも関わらず、ここまで集まったのはきっと民衆が私達の舞台に価値を見たからだろう。
肩で息をしながらキジェの元へ向かう。その道のりの間だけでも数人の観客に声をかけられ続けるが、当たり障りのない回答と昔、膨大な時間をかけて練習した上品な笑顔で乗り切った。今の私とあまり関係を持って欲しくなかったから。
「キジェ!お疲れ様!」
「リディアさん!ごめんなさい!まさか踊り始めるとは思いませんでした!」
人が多すぎて声が通らないため、二人は自然と大声になる。これだけ近くにいるのに声が届かないのはなかなかもどかしい。
「何だか楽しそうだったわね!」
「はいっ!楽しすぎてリディアさんが踊っていることに気が付きませんでした!」
正直者め。だから途中で曲がゆっくりになったのか。最後まであのペースだったら私は持たなかったと思うが、同時に最後まで踊り切ってみたかったと思ってしまう。
「すごく楽しかったですね!いつかまたやりましょう!」
「そうね。私もまたあなたと一緒にやりたいわ。その時が待ち遠しいぐらい本当に楽しかった。……そうだ!これ!」
タイミングを逃すと厄介だ。少なくともここではカダチもディールスも居ない。渡すのなら一人ずつ、しっかりと感謝を伝えて渡したい。
「キジェには励まされてばっかり。かっこつけさせてくれないんだから」
「何か言いましたか?ごめんなさい!よく聞こえなくて!」
「ふふっ、何でもなーい!」
少しはかっこつけさせて欲しいものだ。弟のような子に何度もかっこ悪い姿を見られちゃ面子が立たない。本当は頼られる人になりたかったのだから。
「――あなたの存在があるから、私はもっと頑張れる!いつもありがとう、キジェ!」
キジェへプレゼントを手渡す。
中身はフード付きの白いケープ。全身が隠れるように大きめのサイズを購入した。
「それを着ていたら、多分『図書館』への入館が受理されるわ」
「そうなんですか⁉実はボク『図書館』に入れなかったんですよ!何もしていないのに!」
「ディールスに頼んで明日の朝、少し寄りましょ。私もドレスを受け取りに行かないといけないから」
キジェは頬を膨らませ、不服そうに口を尖らせる。
ディディということがバレなかったとはいえ、やはり服装が服装だから入れないのも無理はない。というか、結構目的のために行動して、そこそこ目立っているがディディだと騒がれない。
作物も鉱石も何も取れない雪に覆われた不毛の地であるため、大抵のものは貿易で補っているからか、外の人を歓迎する風潮が強いのだが、親切すぎるというか、危機感が無いというか。
……いや、すっかり忘れていたがこの国には私とエドワーズの手配書が張られていない。この国の情勢的に内戦が終わっている今なら、あってもおかしくないと思うのだが。
考え事に夢中になっていたが、目の前の少年が肩を震わせていることを感じ取った。
そんなに嫌だったのだろうか。彼の神聖な雰囲気に合う色、サイズ、素材と真剣に選んだのだが。
かける言葉を必死に考えていると少年は勢いよく顔を上げた。
「~!ありがとうございます!すっごく!嬉しいです!」
ケープを抱いて飛び跳ねるように全身で喜んでくれた。プレゼントをこんなにも喜んでもらえると頑張って選んだかいがある。




