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32 音色

リディアは昼頃、ドレスを預けて店を出た。

高く結い上げてもらった綺麗な髪、自然なメイク、上からコートを羽織っているにも関わらず、存在感のある真っ赤なドレス。この国の司書に連なる家系の令嬢に見える程、少女は美しくなった。


集まる視線に耐えつつ、リディアはフードの付いたコート、大きめのバッグ、この国用の靴、三人の贈り物を買い揃えた。


なぜプレゼントなんか買ったかというと、それは私が贈りたかったというのが一番の理由だ。日頃の感謝を伝えるのは何だか照れくさい、が伝えたいことは伝えられる時に伝えないと後悔する。


先程の店ではこの時期の注文が少ないからか、ドレスの修繕に集中に出来るので、明日の朝に受け取りに来て欲しいと言われた。流石に速すぎる気もするが、裁縫には疎いので言われたことを信じることにした。


必要なことは一通り終えたので東の広場で一休みしようかと街道を突き進んでいた時、見知った少女の姿が目に入った。

店先のショウウィンドウに張り付いて、目を輝かせながら食い入るように見入っている。一見無表情にも見えるが、見開かれた目の輝きが彼女の興奮を表している。こうして見ると、本当に普通の可愛い少女だ。


「カダチ!どうしたの?」


「……これ」


黙ったままこの場を過ぎ去るかと思っていたが、意外にも少女はショウウィンドウを指さした。


少女が指さしていたのは、品のある懐中時計だった。職人技で作られたであろう銀細工のそれは今の流行には合わない全体的にシンプルな造りだったが、蓋に大きめのアクアマリンがはめ込まれており、目を引かれるものだった。


ガラス越しに眩しく輝いているアクアマリンはディールスの瞳と同じ光。


「イストワールお兄様に、似合うかなって思って」


「確かに……、これは素敵ね」


「でも、お金が足りないのよ」


確かにこの懐中時計は通常のものと比べても桁が違った。さらには隣の証明書が他との格の違いを見せつけるように置かれている。


さすが加工を得意とする国。この国で証明書を掲げることは店の加工の素晴らしさを他社に見せつけるという牽制の一種だ。それだけこの時計には価値がある。


二人分足してもかなり足りない。


「……ちょっと待ってて」


カダチが初めて私の前で欲を出した。少し前まで人形のように虚ろな瞳をしていた少女がだ。先輩として、旅の仲間として、叶えてあげたい。


走って広場へ行くと案の定、まだ多くの人が広場に残っていた。


手っ取り早く始めようと、バッグからペンと紙を探し始めた時、奥から楽器の音と感嘆の声が聞こえてきた。

見ると、キジェがピアノともチェンバロとも言えない楽器を弾いていた。普段の彼からは想像できない、儚げで真剣な表情に呑まれる。彼の指先から奏でられる音色にいつまでも酔いしれて、耳を傾けていたかった。


「誰でも弾いていいそうです、今日だけ」


キジェの言葉にはっとする。気が付くと、演奏が終わり、拍手はまばらになっていた。


もう戻れない昔の暮らしを追想するように、もう居ない大切な人を想うように、記憶の無い彼は昔の温かさを求めるかのように楽器を指先で撫でる。彼らしくない口角を僅かに上げただけの笑み。淋しい淋しい笑みだった。


「あなた、楽器弾けたのね」


こんな聞き方をしたのはわざとだ。恐らく彼はずっと弾けたのだろう。弾けることを忘れていただけ。それだけだ。


私が知っているのは、記憶の無い彼だけ。……でもそれって、彼を知っていると言ってもいいのだろうか。

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