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29 道中

カダチが旅に加わって、早五ヶ月。七ヶ月にもなる旅は一番目のディディに会いにディールスの案内の元、ルジャダ国を目指して雪山の麓を突き進んでいた。


まだ麓だというのに雪がうっすらと積もっている。

赤くなった指先に息を吐くと、隣に居たキジェが愛らしく真似をした。指先が温かくなるのを感じたのか、はたまた自身に向けられる視線に気が付いたのか、彼はこちらに向かってにっこりと微笑む。


リディアは彼のあまりの可愛さに、胸を締め付けられる感覚に襲われる。天使のような彼の愛嬌に敵う者はいるのだろうか。思わずこちらも笑みが零れる。


そんな彼の目には再び包帯が巻かれていた。綺麗な瞳が隠れているのはもったいないと思い、理由を聞いたところ「なぜか落ち着くんです」だそうだ。キジェが良いなら、それ以上は口を出す必要も無いと思い、口をつぐんだ。


ディールスは相変わらず無言、その後ろを伏目がちなカダチがついていた。


しかし、旅の最中ずっと無口だった訳ではない。


キジェはディールスから一般常識から世界の成り立ち、ディディについて説明されていた。

世界創世記の作者から直々の教えなんて、とてつもなく贅沢なことだが、キジェは要領があまり良くないらしく、眉間を抑えるディールスというレアな光景を目の当たりにした時は思い切り笑ってしまった。その後、機嫌を損ねた彼の顔色をうかがいつつ、心の中で猛反省した。


カダチは全員の服のほつれを直してくれた。ちなみにリディアのドレスは小さなほつれを直してもらった後、「流石に全部は無理なのよ」と見放された。


そんなこんなで二人旅だった頃からは想像できない程、旅は明るく、口数が多いものになっていた。


        *  *  *


吐く息が段々と白くなってきた。山小屋や洞窟での休憩時間も体が休まることはなく、ただ寒かった。

赤から黒に変わった足の指に細心の注意を払いつつ、何でもないように隠し続けた。秘密裏に何度か取れた指をくっつけるのにも苦労した。凍傷が治るまで、傷口が完全に癒着しなかったディディの体の不便さが垣間見える経験だった。しかし、そうなるのも仕方ががない。


リディアの服装は、旅を始めた頃と変わらなかったからだ。微かに紫がかった白いドレスには多くの大きな穴が開き、足には踵の折れたヒールのみ。羽織っているものなども一切無い。


着の身着のまま旅が進み、寄り道・回り道もあったがようやくあと一人になった。


あと少しでエドワーズを助けられる。


正直、彼にどんな顔で会えば良いのか全く分からない。私の愚かな行動に巻き込まれたのだから、心の奥底から憎んで、恨んで再開した瞬間数発殴られてもおかしくない。


今すぐ助け出したいという焦燥に駆られると同時に、彼に会って全てが変わってしまう恐怖が均衡を保っている。


……いや、変わらない訳が無い。変わって欲しくないというただの身勝手な願望だ。


彼のことを考えると心にぽっかりと穴が開いたような、胸に茨の棘が刺さったような鈍い痛みに襲われる。体全体が重くなり、彼女に向ける罪悪感とはまた違う罪悪感に縛られる。それでも何度も考えてしまう。


 ――一人で勝手に傷付いて、バカみたいだなぁ、私。


        *  *  *


雪山の中腹に差し掛かり、強くなっていく吹雪の中、前が見えなくなっていく。日も沈んできて方角を見失いそうになる。速く到着しなければ、目的地へたどり着けるかも怪しくなる。


「先を見てくるのよ。ここで待ってなさい」


そう言うと、カダチの体がふわりと浮いた。軽やかな彼女はそのまま前方の空を飛び、姿が見えなくなった。


「飛べるんだ……。ねぇ、神様って他に何が出来るんですか?神の力とは何が違うんです?」


「神ですから。空を飛んだり、物を浮かしたり、火や水や風を起こしたり、操ったり、大抵のことは出来ます。そして、神の力というものはその神が司るものに関係のある唯一無二の能力のことです。意味合いは変わりますが、分かりやすく言うならばその神にしか出来ない特技みたいなものという認識で間違いないかと思います」


目が輝かせたキジェの質問にディールスは丁寧に答えた。

流石物書き。分かりやすく、砕いて説明している。


「カダチさんすごいなぁ!……あれ?」


感心していたキジェの興奮がゆっくりと鎮まる。


「ボク、ディールスさんのこと……。ん?あれ?でも、カダチさんとディールスさんは兄妹で……」


頭の中で一生懸命に情報をまとめ、整理している。頭に手を当ててブツブツと一人で何かを呟いては空を見上げる。混乱したようなキジェは仕草も愛しかった。


「ディールスさんって……、神様、なんですか……?」


結果として彼が頭を回転させて導いた答えは大正解だった。


それはそれとして、彼とは五ヶ月と少し旅をしていたが、気付いていなかったのか。そっちに驚いたが、ディールスの反応が気になり、口を挟まず、緩む口元を抑えて彼の返答を待った。


「……あぁ、自己紹介してませんでしたか。私は彼女から生を受けた四番目の神、歴史を司るイストワールという者です」


さらりと自分の正体を暴露するディールス。キジェに向き直り、礼儀正しく挨拶をする姿はまさに上流階級のご子息のそれだ。美しくも慎ましい所作は彼らしかった。


「方角は合っていたのよ。検問もやっていなかったから、さっさと行きましょう」


キジェの驚きを遮るように、宙を泳ぐ人魚のような妙齢の女性が喋った。いつの間にか戻ってきていたらしい。吹雪の中から突然現れたように見えたので心臓に悪い。思わず声を出して驚いた。

キジェに至っては驚きすぎて背中から雪に突っ込んでいた。


「わ、悪かったけどそこまで驚かなくても……」


雪が降り積もった地面にすっと着地するカダチ。その優雅さをどうにか舞に取り入れられないかとリディアは思案したが、それよりも気になることがあった。


キジェに対し、申し訳なさそうだが、決して手を差し伸べないその臆病な姿勢が彼女らしさだと旅で思った。だが違う。それは彼女らしさではなかった。今のではっきりした。


おそらく彼女は予想外のことが起こると体が固まってしまう癖がある。本人が自覚しているかは不明。だが、念頭に入れておこう。何かが起こった時のために。

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