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20 アメジストとエメラルド

「リディアさんとディールスさんがあの場所からボクを連れ出してくれたのは感謝しています。お二人が来なければボクはずっとあの場所で一人ぼっちだったと思います。だから、お二人が悪い人ではないことは分かるんです。リディアさんはいつだって誰も傷つかないように庇うし、ディールスさんは寡黙だけど本当はボク達を気遣ってくれます」


つらつらと言葉が溢れてくるのだろう。少年は息継ぎも忘れてただただ話した。


「でも、ボクはお二人のこと何も知らない。何もっ、知らないんです……!」


か細く、だが早口で少年は胸の内を語る。少女は真っ白な頭で必死に受け止めようとしていた。


いつかは来ると分かっていた。誰だって知りたいことはある。

知らないことは恐怖だ。そして、知ることは後悔だ。知れば戻れなくなる。知らなかった頃には二度と。

彼が知れば、私の態度と認識は全て変わるだろう。


「……ディディは、神を殺した世界の汚点。殺した神から神の力と不老不死を奪う」


普段の口調も忘れてぼやく。

どう足掻いてもいつかは知られてしまうのだ。なら、せめて自分から言おう。精一杯、何でもないように薄ら笑いを作る。


「私は、創世にして予言の神を殺した。世界で最も貴くて、最も愛されている神を、殺意を抱いてガラスの破片で背中を刺した」


長く重い沈黙が肺に突き刺ささるように痛む。彼の顔を見れない。次に紡がれる言葉を待つと共に、その言葉が永遠に来てほしくなかった。

ただ怖かった、穴に飛び込む時よりも、槍が腹に刺さった時よりも。


「……後悔、しているんですね。ずっと」


予想外の彼の言葉に、涙に、動揺を隠すことすら忘れる。少年の包帯からは涙が染み出ていた。


「……そう見える?私が後悔しているように」


強がった言葉を吐く。本当は分かっていた。内から滲む涙も、ツンと痛む鼻も、嗚咽を堪えた声も、全部、隠しきれていないことを。


キジェとは、たった一週間弱の短い付き合いだ。お互い過去のことは知らない。

だが、お互いの弱さをさらけ出してきた。心から通じ合った大切な仲間であり、それはこれからも変わらないと思う。


何も言わずにリディアをただ見つめるキジェ。まるでこちらから話し始めることを待っているようだ。


「……」


手を伸ばし、紡ごうとした言葉は喉で途切れ、行き場を失った。

しかし、失った言葉は決して無駄ではなかった。それは大粒の涙に変わり、ゆっくりと少女の頬を伝い、完璧だったはずの作り笑いを静かに崩した。


誰かに話せる訳がない。神々に懺悔しても足りない。

潰れそうだった、潰されそうだった、ずっとずっと。罪悪感なんて名前を付けられた感情に。喉の奥に指を入れられたように吐き気が止まらなかった。当たり前だ、それが、それこそが”罪”だ。


そして、誰かに話しても何も変わらないことも分かっていた。

だからこそ不安にさせないように、悟られないように必死に隠してきた、笑ってきた。


ディールスは見破っていただろうが、それでも良かった。何も知らないキジェにだけは出来る限り隠したかった。

日々下手くそになっていく笑顔も、気丈に振舞っていることも、止まらない吐き気も、自分の大罪も、全部。彼の頼れる人であり続けたかったから。


キジェはゆっくりと立ち上がり、リディアの涙を袖で拭う。彼の涙はいつの間にか止まっていた。


「ごめんなさい、辛いこと言わせてしまって。でも、そうだ。そうだった。遅くなったけど、やっと思い出しました」


後半は自問自答のように呟いて、キジェは頭の包帯にゆっくりと手をかけた。色褪せた血と乾いた涙が付いた包帯が端から地面に落ちる。


「――リディアさんはボクを助けてくれた、憧れで大切な友人でボクみたいに弱い所もある人だって!」


いつもの純粋で眩しい笑顔とは違う、意地悪そうな笑みを浮かべた少年。包帯で隠されていた箇所には大きな傷も古傷も無く、綺麗な顔だった。


こちらを覗くのは、エメラルドのように輝く瞳だった。

壮大な大地や森林を彷彿とさせる自然の緑。星をまぶしたように光り輝くそれは、目を離せない程の圧倒的な存在感を放っている。

これ以上に美しいものを少女は見たことが無かった。


思わず見蕩れていると、キジェは勢いよくリディアの手を掴み、走り始めた。水面を蹴る音が響く。

今は一本しかないのだから大事にしてほしいものだ。


「行きましょう!ボクのかっこいいとこ見ててください!」


完全に普段の調子に戻ったように少年は走りながら少女に微笑みかけた。それが少し、少しだけ作り物に見えた。少女は幾年も舞台の上で演じてきた。


 分かったのだ、直感で。もう少年が私に頼らないよう、自立しようとしているのを。


悲しかった。ただ頼られる人になりたかったのに、結果として彼に気遣われてしまったことが。

切なかった。――美しい彼の瞳に、不思議な紋様が浮かんでいたことが。

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