13 どうか間違わないで、私みたいに。
「……空、から紅、い槍、と一本、の弓がこ、こに飛ん、でくる」
嗚咽を抑えて辛うじて告げることが出来た予言。
そこでやっと彼は両手を離し、少女は崩れ落ちた。
夢を見ていたような感覚が残る。予言を見て、意識がはっきりとした。痛みでも戻ってこなかった正気が戻った。
――何をやっているんだ、私。
どんなに悔やんでも過去には戻れない。奇跡も魔法も起きはしない。あの夜、分かったことでしょ……!
今の私に出来ることは、償うことだけ。許されない罪に、永遠に向き合うだけ。
ガラスは刺さったままで、傷は塞がっていなかった。でも、それよりも見た予言を忘れなれなかった。
予言では突然空に穴が開き、開いた穴から出てきた槍と矢が少年に向かって飛んでいた。
そこで終わっていたが、それで十分だった。阻止するためには。
ガラスが刺さっていない方の手を床について立ち上がり、少年に向かって走り出す。
予言で見た空は今と色がほとんど違わない綺麗な群青の空だった。
つまり、すぐに起こる未来ということだ。
緑の鉱石に足を取られ、バランスを崩して前のめりになる。だが、足は止めなかった。
――泣きじゃくる少年を体で覆うように抱きしめた。
誰も傷付けたくなかった。もう、誰も傷付かないで欲しかった。それが最低な私の最後の願い。
誰かが傷付くなら、私が傷付こう。誰かが傷付かなくちゃいけないなら、私が傷付こう。
――あの夜の誓いを違えないように。二度と間違えない。今度こそ最善を、突き進もう。
少女は決意を再び胸に、笑って矢に刺され、槍に穿たれた。
口から朱い血を吐き、胴が槍を深々と貫通し、矢が腕に刺さり、手にガラスが刺さった少女。
人間だったら二十秒程で絶命しているであろう攻撃を、少女は一身に受けた。
口いっぱいに広がる鉄臭さ。耳鳴りが遠く聞こえた。
体の感覚が無くなり、ゆっくりと倒れる。ボロボロの体が痛いはずなのに、何処も痛くない。
名前も知らない少年を守れた。その達成感だろうか、穴の開いた胸が久しぶりに心が軽くて心地よい。
少年の悲愴な面持ちだけが目に入る。また、泣かせてしまったなぁ。
あの夜の私に似た泣き虫さん。彼は、間違わずに進めるかな。
少女は少年に向けて優しく微笑みかけて、深い眠りについた。
* * *
無音の世界で、目を覚ました。
何処までも広がる端の見えない真っ白な場所。
何も無い所だからか、逆に自分の姿に目を惹かれた。
純白のワンピース、膝まである白い髪、すらりとした長い手足。それがわたしだった。
とりあえず歩き始めた。きっと誰かに会える気がして。
焦りから走り始めた。終わりがない気がして。
走って、走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って。
ゆっくりと立ち止まった。期待が、希望が打ち砕かれたような気がして。
世界の終わりも、同類も、色も、音も、影も、希望も、何も無かった。
何一つ無かった。いや、わたしだけ。何者でもないわたしだけが居た。
膝を抱えて座り込んだ。自分までも消えてしまいそうな気がして。
怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
心が締め付けられる。
何故こんな所で一人ぼっちなのだろう。皆居ないのなら、わたしも居なければ良かった。
このまま、ここに居た証も残さずに消えてしまいたい。
視界が歪んだ。ぽろぽろと、とめどなく涙が頬を伝って落ちた。
* * *