100 『面影の鏡』、其の九/二番、其の一
「月は?いくつある?」
「……三つですよ?」
質問の意図が分かりません。後にも先にも、空に浮かぶ月は三つだけですよ。
「何色?」
「…………きちんと答えるのなら、黄色っぽい白、赤銅色、フタロブルー、……でしょうか」
一般的には、白、赤、青と呼ばれてはいますけど、私からするとその表現は違和感がありました。大きさは、白が一番大きく、赤と青が同じ大きさ。
ちなみに、白が豊作祈願、赤が家内安全、青が商売繁盛の象徴で、贈名祭の日に出ていた月の色に応じてその年が厄年かどうか決まるらしいです。毎年、気にする程その日は暇ではありませんが、前回の贈名祭の夜だけは覚えています。——あの夜は、どの月もありませんでしたから。
答えを聞いた彼女が、指をパチンと鳴らす。その音が響くと同時に、昼頃だった景色が一変して真夜中になってしまいました。
普段よりもずっと間近に感じる月達は、すごく迫力がありました。でも、それ以上に美しくて、手が届いてしまいそうで。『面影の鏡』をこんな風に操ってしまえる彼女の妖術?には驚かされるばかりです。
「キジェ君、君にはどう見える?」
「……んー、白、赤、青に見えます!」
「それを、ゆめゆめ忘れないことだ。これから先は長く生き続けるディディの記憶だからね」
暗くて、彼女の姿があまり見えない。それ所か、すぐ近くのキジェの顔すらも見えません。
一際強い風が吹く。少し、寒気がしました。
「おっと、本を読むには少々暗すぎるね」
彼女が巫女服の袖に手を突っ込むと、明らかに服に収まらない大きさの燭台が出てきました。彼女が優しくフッと息を吹き掛けると、ロウソクに小さな火が灯る。
その燭台を、私達の近くに置かれると、炎に照らされて本の字も読みやすくなりました。
「いってらっしゃい」
カップを再び手に取った声の主は優しく、そう声を掛けました。
意を決して、本に手を掛けて、ページをめくる。一ページ目の、一文目の、一文字目に目を通す。
その瞬間、体が本の方に引っ張られるような感覚の後、正体不明の、猛烈な眠気に、襲われました。異常、な程、眠い。舞の練習の日の、夜以来、こんな、に眠くなる、のは久しぶり、です、ね。本、から、手が、離れる、のも、お構いなしに、机、に、突っ伏、して、しま――。
* * *
ちょうど今から四百年前、クラネーシュ帝国の地の小路地にその赤子は捨てられていた。
名前も無く、家族は近くに居らず、贈り物も無かった。母親は娼婦、父親はしがない鉱夫だったが、それを知る者は誰も居らず。ただ他の捨てられた子と変わらず、そこで朽ちていくだけだと思われた。
そこを、必然にも通りかかった高貴な人が現れなければ。
本来なら、こんな貧民街に彼女が一人で訪れることは絶対にあり得ないことだった。フラリと宮殿を抜け出し、護衛も付けずに卑賎と呼ばれる所に来てはいけないはずだった。しかし、彼女にはここに来なければならない理由があった。
先日の出産で生まれた皇子が流産で、その一回の出産で子供を産めなくなった彼女は深い悲しみの淵に居た。
ただでさえ、貴族の中で立場の弱い家の出なのに、必死に努力して何とか今の立場に就くことが出来たのに、それなのに、やっと授かった子すらも死んだ。さらに自分の居場所は無くなり、家の権力は衰え、悪質な陰口や嫌がらせがまた始まって、プライドが傷付けられるだろうと、皇后は怯えて眠れなかった。
だから、それが堪らなく嫌だったから、用心棒に嘘の指示を出して真夜中に宮殿を抜け出した。
そう、皇后は当てもなくさまよっていた訳ではなかった。貧民街であれば子供がいくらでも捨て置かれているだろうと彼女は信じていた。
そして、出会った。路地でひっそりと息を引き取るはずだった男児の赤子に。彼女には、これが運命としか思えなかった。
すみません、多忙のため一週間程休載します。




