99 『面影の鏡』、其の八
「そして、生まれたことの意味か。こりゃまた難しいねぇ。ま、今からでも決められるさ。いや、そもそも生き死にの意味なんて求めちゃいかんか。これは長年生きたワタシの勘だけど、この世界には輪廻が無いね。だから、人生は一度だけ。一発本番、一回勝負。意味を求めて一回を生きちゃ、息苦しいだろ?」
「……そうですね。その通りです」
「それにね、人生の選択肢の中で最善の道を突き進んだとしても、全ての道のゴールに満足する結末が無い時もある。何にでも必ず最高の終わりが確約された訳ではないんだ。必死に藻掻いて、抗って、その果てに理想の未来は何処にも無かったと悟った時、それは、……あんまりだ」
最後、彼女は悲しげに目を逸らして言葉を濁しました。
その人の努力を認め、また精進することの困難さを理解しているからこそ出た言葉。努力は報われて欲しいと本気で思っている人の言葉。その人達の努力が報われず、望んだ結末ではないことが、いたたまれないと悲しんでくれている。
なのに、同情していない。何処までも、憐憫でしかない。
視線が違う。視点が違う。タンザナイトに、何が映っている?
「長話が過ぎたね。満足する答えはあったかい?」
「はい、お陰様で」
実際に、彼女の言った持論は全て筋が通っていたし、新しい発見もありました。彼女の視点は長生きして、多くの人生を見てきた人のもの。
彼女の言葉は心に響きました。彼女の行動に心を動かされました。彼女の憐憫に心を痛めました。彼女の推察に目を見張るものがありました。彼女の持論に納得しました。……彼女が”同情”していたら、本気で受け止めてしまう程に。
とにかく、若者の自分からしたら、本当に貴重な良い経験でした。
「ありがとうございました」
「それは良かった。さて、じゃあ次のステップだ」
「それは、……先程言っていたものですか?」
「あぁ、そこの彼、キジェ君の記憶を見てもらう」
当の本人は長話の果てに飽きたのか、眠ってしまっています。小さな寝息を立てて、机に突っ伏している姿は、容姿相応所か、若干それよりも幼く見えてしまう程。いたいけな少年にしか見えません。
「本人すら忘れた過去を見ることが出来る無意識空間、それが『面影の鏡』だからね。唯一、残念なのは、たまに記憶が捏造されたり、歪んだりすることくらいかね」
だから、”本が伸びる”なんて言っていたのか。
捏造されて存在しない記憶が生まれたのなら、確かに記憶の本の内容は厚くなるでしょう。それで言うと、本の文字が霞むこともあるのでしょうか?何でも完璧に記憶することが出来る人に会ったことありませんから。
いえ、それよりも
「……キジェが望まないことはしたくありません」
「許可は既に取っている。だが、本人にはあまり、前の記憶を思い出すという実感がないようだがね。それでも、アンタを救うためと言ったら、呆気なく”何でもやります”と言ったよ」
「私を、救う?」
「アンタは罪の向き合い方、乗り越え方に見切りをつけた。でもね、現実へ帰るのにはあと一歩足りない。それに、このまま帰っても絶対行き詰るんだよ」
追及する前に『魔術師』は立ち上がり、キジェの席の隣に立ってしまいました。先程の会話を気にも留めていなかった『騎士』でさえ、じっと彼女を見守り始める。
「ん。良い返事だ。さ、仕事だよ」
そう言うと、『魔術師』は宙に一冊だけ浮いていた本を手に取り、取り、……。届きませんね。いつの間にあんな高い所に。と言っている間にもどんどん上昇していく。これでは誰も届かない所か、見失ってしまいます。
「……『騎」
「はい」
名前を呼ばれ切る前に、持っていたお菓子を宙に放り投げた『騎士』は椅子の背もたれに脚を掛け、ものすごい跳躍を披露した後、草むらに前転して着地。片腕に抱え込まれた本を何も言わずに、彼女に差し出しました。
……流石、英雄の家系。運動神経までも一級品。『魔術師』が自信を持って救世主に推薦するのも納得しました。
そして、その本は次に彼女から私に手渡されました。キジェは立ち上がって私の隣で本を背表紙を読もうと目を凝らしています。……彼も読めないようですね。
「あぁ、その本を開く前に確認だ。今は何年だい?」
「ちょうど千四百年ですよ」
諸説はある、が世界の共通認識は今年が千四百年です。
切りの良い年数とはいえ、だから何かお祭り騒ぎになる訳じゃない。それよりも、多くの人は自分の生活で手一杯なのですから。お祭りらしいお祭りは、やはり贈名祭が一番有名で、盛大でしょう。




