96 『面影の鏡』、其の五
さながら、教会で教会の大人にする懺悔を彷彿とさせる光景。自然と、手を机の下へ持っていき、脚を揃え、気持ち姿勢を正す。
……教会の懺悔は苦手だ。
教会の大人の蔑む目線、折檻されながらの尋問に近い懺悔、やっていない罪の告白というか自白を迫られた。……お菓子を盗んだのはリシーだったし、夜間に勝手に外出したのはジェイだったのに。しかも、どちらもちゃんとした理由があった。リシーはご飯を抜かされた下の子に強請られて、ジェイは近所の老婆が転倒して医者を呼びに出ていっただけ。誰も、悪くなかった。
「……私は、間違っていたのでしょうか?間違っていたとしたら何処から?どうして、生まれてきてしまったのでしょう?生まれた意味は、あったのでしょうか?」
「……一度に聞き過ぎだよ」
雰囲気に押されて、らしくないことを口走っていた。いけない。昔のことを思い出して、ナーバスになってしまったらしい。
苦笑しながら、彼女は再びカップを口元へ運びました。少しだけ緩んだ雰囲気に若干安心感を覚えるものの、まだ何処か落ち着かないからと両手を強く握る。
「……その答えを導き出すために、逆に聞くけど、どうして未来を変えようとしているんだい?」
「世界が、滅びるからです。……いえ、あの方の死が、無駄になってしまうからというのもあります。あの方は、世界が滅びるのを防ぐために私を殺しに来たのです。でも、私は愚かにも一時の感情で、逆にあの方を殺しました。だから、せめてその死が無為になることだけは避けたい」
自分でも、こんなにスラスラと本心が言えたことに心底驚きました。
そう、私の行動の根底にある想いは、やはり罪悪感なのです。罪悪感から行動を起こし、ふとした瞬間の罪悪感に心を折られそうになる。常に抱えた罪悪感から逃げられたことはない。いつだって押し潰されそうで、でも向き合わなくちゃいけなくて。
一番と接触したことの細部も知っているのなら、おそらく会話だって盗み聞いていたはず。というか、私達が彼女と初めて出会う前から、彼女は私達のことを大体把握していましたね。
スパイでも居たのか、はたまた不思議な術を行使したのか。それは知らないし、今知っても大したことにはなりません。でも、私の罪は一から話さないといけない気がしたのです。
「それはそうだね。このままいけば、そういう結果が待っている。すまないね、聞き方が酷く悪かったよ。ワタシが聞きたいのは、”どうして他の誰かがやるのを待たないんだ?”、だね」
「――」
文字通り、絶句した。返事が全く思いつかなかった。掛ける言葉も無かった。
頭を鈍器で殺すつもりで殴られたような衝撃を、受けたようでした。
「あぁ、別にワタシが今すぐ世界滅びろー、とか思ってるわけじゃない。世界が滅びるとワタシも困るよ。老い先短いとはいえ、あと少しで知人の子供が臨月に入るから」
ないない、と言うように彼女は手を横に軽く振った。
実際、本当に思っている訳ではないでしょう。ただ、言葉の綾でそんなニュアンスになってしまっただけ。
「ここまでの大事、対処はアンタよりも向いた人が居る。山程とは言わないけど。そういう突拍子もなく世に出てくる奴らが、勇者や英雄とはやし立てられて大々的に歴史に名を刻んできた。人間にとって個性や個体差はそういう連中を生み出すには十分な不確定な要素だったと痛感するね。……そいつらに任せようとは思わなかったのかい?」
「……え?いえ、だ、だって、今未来を知っていて、か、変えられる可能性を持っているのは私で……。というか当事者も私で、……知らない誰かに押し付けて期待するのは」
違う気がする。
無責任所の話ではない。罰を受けることを放棄している。世界一悪質で重罪な殺人鬼が、そんなことして良いはずがない。
”自分で自分の罪滅ぼしを果たすべきであって、他の誰かを巻き込むのは違う。ましてや、その巻き込まれた人達の人生を、私のせいで台無しには出来ない。最後まで、この罪と向き合い、罰を受けることこそが私の責務だ”
これは正しい。これが正しい。世界が、世論が、求める回答として、百点満点中百点だ。
そう声高々に、宣言出来れば良かった。
でも、その答えは私が本心から思っていることとは違います。私は高尚で純粋で美しい人じゃない。どんな経験をしようが、性格の悪い俗人。知っている人と知らない人が同時に危機に陥ったら、多分私は悩んだ末に知っている人を選んでしまう。人の命を取捨選択が出来てしまう。
——汚いし、弱いんだよ……!私は!……どうしようもない程、人間だ…………。
近道があるのなら、約束を破っても黙って通ってしまうようなタチの、誘惑とか、堕落とかに弱い女!
努力した人には努力した分だけ報われて欲しいし、努力しない人には相応の結果になって欲しいと思ってしまうような、浅ましく、最低な女!
楽したいし!ズルしたいし!逃げたいし!放棄したいし!見なかったことにしてしまいたい……。
百点満点の答えは分かり切っている。でも、分かっていても、言いたくなんてない……!
それを言えば、いよいよ戻れなくなる。俗人、凡人、平民、大いに結構。そんな平凡で陳腐な日々が愛しいと知ってしまったから。




