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95 『面影の鏡』、其の四

「顔をお上げ。そんな大層なことは、……まぁ、本音を言うと結構準備も諸々大変だったかのう。連れ出すためにアンタの魂を探すのも苦労した。アンタは崩壊しかけた『面影の鏡』の最奥に居たからね。でも、根本的な問題は何も解決していない。何とかアンタの『面影の鏡』の崩壊を遅延させているとはいえ、人が居られるような場所じゃないし、今も崩壊し続けているのは事実だ。術が効かなくなれば、……完全に崩れれば、アンタも無事ではない。それに今は平気でも、ここを出るとワタシの術の効果範囲から抜ける。現実のアンタは今も鬱で伏せっているよ。だから、アンタが現実に戻るためにはここで飲み干さなくちゃいけない。アンタの罪を。彼も、ね」


「キジェも、ですか?」


「彼も水銀の幻覚からの疲労で眠っていたよ。でも、ワタシがわざとその眠りを延長させている。アンタの避難先も兼ねて」


「……記憶が、ないからですか?」


「彼も過去を乗り越えなくちゃ、物語が進まないのさ」


クッキーに似たお菓子を食べる訳でもなく、カップを持ったままの彼女が、何かを誤魔化すように笑いかけてきました。


……キジェが記憶喪失であることは、既に悟られていましたか。


「それにアンタはこう言うんだろう?”記憶があろうが無かろうが、キジェはきっと変わらないです。いえ、キジェが変わっても、大事な仲間なのは絶対に揺るがないでしょう”ってね。ワタシもそう思わされたよ。彼の善性や無垢さには目を見張るものがある。記憶喪失だからっていうのもあるからだろうけど、彼のこの『面影の鏡』はあまりにも美し過ぎる。彼は、きっと良い意味で変わらないで居てくれるさ」


えぇ、そうですね。きっと、変わらない。そのエメラルドの瞳は曇ることを知らぬまま、現実でもしっかりと時を紡ぎ始めるでしょう。


……本当に?決意がこんなにも揺らぐ私が言える?


私は知っています。人って弱いようで、意外と強い。人って耐えるようで、案外脆い。


完璧に見えるもの程、その弱点が露呈した時に、その部分が酷く目を引き、醜く見え始めてしまう。

彼は、完全な善性の人に見えます。だからこそ、彼の弱みを私は美しいと評価出来るでしょうか……?


考え事を遮るように、フワリと包まれる感覚に襲われました。

優しく首の近くに回された細過ぎる二本の腕、背中に感じる誰かの体温。自分の顔のすぐ近くに誰かの顔があるのは、何だか落ち着かない。


徐々に想いを伝えるかのように後ろから力強く抱きしめられたことは、とても久しぶりで、懐かしくて、それで


「……よく、耐えたね」


温かくて、嬉しくて……!


「正直、不安で堪らなかったよ。ワタシの術が起動しても、その前に魂が壊れていたら全く意味がなかったから。アンタがあそこで踏ん張れたから、ワタシが間に合ったんだよ。本当に危なかった」


彼女の込める力がさらに強まる。私の存在を確かめ、その感触に心から安堵している。

それが、どうしようもない程嬉しくって、涙が込み上げてきて、抑えきれなくって。同時に今まであった恐怖心とか、安心感ともごった返して。


でも、涙で汚れた顔を覆って隠しても、言わなくちゃいけないことがあった。


「……違います。私は自分に負けました。あの場所で、命を手放すつもりで居ました。誰か殺しに来てと何度も願いました」


『魔術師』が何か言いたげでしたが、手で制す。ちゃんと、自分で言いたいとは言わないと。もう私も十六か、十七になるのですから。


「でも、今は。……帰らなくちゃ、って思ってます」


そう、思える。


顔を覆っていた手を退かし、笑う。それでも涙が止まらないのは仕方がない。本当に、嬉しくて仕方がないのだから。こんなにも誰かの存在を身近に感じたのは久しぶりだ。

まだ心の傷が完全に無くなった訳でも、癒えた訳でもない。


でも、笑うよ。笑っているよ。だって、——逆境で咲く花こそ美しいって思わない?


「……強い子だ。もう老いぼれの仕事は少ないと見た。さぁ、一緒にその罪乗り越える方法を探そうじゃないか」


彼女が、私からゆっくりと離れていく。彼女に触れて温かかった部分が、風に吹かれて冷える。……もう人肌寂しいって思ってしまうのは、甘えだなぁ。


「あぁ、彼は気にしないでおくれ。付いてくって、しつこいのなんので十何年ぶりに根負けしたよ」


「……っす」


赤黒い髪に黄緑色のヒデナイトの瞳の細い目、『魔術師』と同じ目尻の紅。変わらない大きな傷跡を隠す素振りもなく、キモノに身を包み、前は持っていた弓が見当たらない青年。


もう一人の先客は、『騎士』でした。


忙しなくお菓子を口に運ぶ彼の存在には、ここに来た時から気が付いてはいました。ただ、何となく声を掛けずらくて。でも、それは私が勝手にそう感じているからなのでしょうね。


「こんにちは。『騎士』さん」


「えぇ、まぁ、……どうも。自分のことは、ほんと気にしないでください。居るだけですから」


迷惑そう、というよりも何だかどうでも良い、みたいな対応ですね。まぁ、彼がそう言うのでしたら、お菓子を食べることに集中させておきましょう。


「さぁ、相談なら得意だよ。アンタは、何を知りたいんだい?」


椅子に座った『魔術師』が、改まってこちらに問いかける。

風になびくフワフワの髪とは対照的に、タンザナイトは厳しくこちらを射抜いていました。

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