クリスタル・ロード 0199 魔王への変化
雷と岩の津波による轟音と地響きが収まり辺りが静まったとき、自分の吐息だけが
しばらく響いていた。
しかしやがて岩の向こうから別の音が聞こえてくる。
それは身じろぎ、衣擦れ、息を切らしながらゆっくりとした足音、床に滴る音?
これは血の音だろうか。
だんだんと音が近づいてはっきりしてくると岩の針山の間から王子の姿が見えてきてあいつも無事ではないのがわかる。
体は傷だらけで服のあちこちが破れ血がにじんで、左腕には細い岩が刺さったまま下がり右手の剣は疲れ切ったように下げられ床をこすり、キイキイと鳴っている。
だが目だけは闘志が残っているように輝き、獲物を追い詰めるようにとらえて離れない。
呼吸は苦しげなのに笑みはますます現れて取り付かれたように歩を進める。
「おお、生きておったか・・ 関心、感心、 そうでなければつまらぬからな」
それはこちらの事だと思うが向こうは勝つ気らしく剣をゆっくりと掲げ刃を向けて近づくのでやめるわけにはいかない。
こちらの腕が太く獣のようになっているのに、あいつは気付かないのか?
「変化術ならこちらのもあるぞ、どちらが強いかな」
突然あいつがそんな事を言い出した。
変化? そんなのを使っていないが、あいつにはまだ手があるのか。
「見よ、魔王・総体変化!!」
懐から小さな人形を出したと思うと、その手を上げて人形を砕いた。
するとその人形から黒いモヤが広がり腕に沿って流れて体へと広がって行く。
嫌な気配が伝わって来る、魔王になると言うのか? あいつが?
『くだらぬ』
手の剣からそんな声が伝わって来た。
『あれが魔王だと、なにを馬鹿な』
アイツの姿が禍々しく黒い塊になっていく、けば立つ部分がざわついて全身に広がるが毛ではないような、触手とも違うのかおぞましい気配の何かとしかいえぬような。
『くだらぬな、あれは低級精霊の寄り集まりの化身にすぎん』
だが姿は徐々に大きく、強い気配にとらわれて王子とは似ても似つかぬ雰囲気になり見た目だけなら本当に魔王のようになっていく。
「ヲ・まえ、こお・ろ・ すぅ」
言葉がおかしくなっているのは人間でなくなりつつあるのか、手足の長さや関節も奇妙な様子になってグネグネと動き剣をふるい、向かって来る。
『 汚らわしきモノだ、 斬れ! 魔王とは遥かに隔たる存在よな 』
「わかった」
それからの事はめまぐるしく、姿と共にあいつの動きは人間離れして早く、這いずるような飛び上がるような、おかしな動きで剣を振り回しまさに魔物のようだ。
しかしこちらもその動きについていける、今までの体では到底反応できないはずだが、捻り、走り、飛び上がり、剣を払い、斬りつけ、躱し、追う。
自分でも驚くほどの身のこなしで重い剣が羽のように空気を切り裂き、火花が飛び、結界の場が、揺れて、響き、轟音に満ちる。
しかし一瞬静まると、どさりと床に音がして黒い物が落ちた。
太い枯れ木のようなねじ曲がった黒い物・・・ それはあいつの腕か?
自分の剣からは黒い血が滴り、ぽたぽたと音がする。
それからは相手が狂ったように飛び回り目まぐるしい動きだが、動作は大きく無駄な動きが増えて獣のようだ。
これが魔王? まさか、こんな者がか? まさしく紛い物のかたまりだ。
剣は熱く、びりびりと震え怒りを抱いているかのように音を立て、自ら飛ぶようにあいつに向かって行き斬りつける。
ひと際高い音で火花を散らして剣が打ち合わせられ、破片が飛んだ。
向こうの剣が欠けている・・ 刃が止まると何か所も刃こぼれが見えた。
あれはもうすぐ折れるだろう。
だがあいつは構わず向かって来る。
憑りつかれたように我を忘れて、狂ったように剣を振り回しでたらめな動きで剣技でも何でもない本能と感情のかたまりのように、最大の速度で飛び回っているだけの獣。
そして剣が折れてその腕が飛んだ。
剣と腕が床に転がり音を立てるが、体はまだ止まらない。
黒きおぞましい体を震わせながら牙をむき出し大口を開けて、真っすぐ向かって来たところを斬りつけると今度は首と肩が胴から離れて床に落ちた。
残った胴体と足は通り過ぎてからゆっくりと倒れ、やっと静かになった。
「ふう・・・」
自分の持つ剣から黒き血が滴り落ち、嫌な匂いが漂う。
思わず振ると床に血しぶきが広がる。
そのとき、ゆっくりとした拍手の音が聞こえて来た。
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