クリスタル・ロード 0195 神域結界
「さあ飲め、毒など入っておらぬぞ! 我が飲んで見せよう」
王子がテーブルのグラスを持って一気にあおった。
超高級酒だろうに無造作この上ない、まるで安酒のような飲みっぷりである。
父さんが見たら目を剥きそうだが、メイドたちも涼しい顔ですぐにグラスに注ぐ。
「うん、美味い! さあ飲め飲め、遠慮はいらぬぞ、ワイン程度飲めるだろうが」
手を振って急かすので仕方なく飲むことにするが、グラスを近づけるがやはり高級品であり香りがいつものとまるで違う。
お土産にもらって帰りたいぐらいである。
「美味いであろう、我が国で最高の一品であるぞ! よく味わえよ」
自分は一気飲みしたのにそんな事を言う、王族だからいつも飲んでいると言いたげだ。 贅沢三昧の生活なのだろうと察しが付く。
ゆっくりとだが一息で飲む・・・少しもったいないと思いながらだが、いい酒はもっと時間をかけて味わうべきだと思う。
「確かに良い酒だと思う」
グラスを置いて言うと王子が満面の笑みで言う。
「そうであろう! よしよし、それでよい」
ずいぶん酒の好きな王子の様で、二杯、三杯と、かぱかぱと高級酒を飲んでいる。
メイドさん達、そろそろ止めた方が良いのでは?
自分にも注ごうとするので手で止める。
「自分はこれで結構です、剣を振る以上は一杯にしておく方が良い」
「そうか? まあ良い、体が小さい分ハンデをやらんとな」
王子は片目でこちらを見ながら更に酒をあおる、何倍飲むつもりなんだか決闘と言いながら飲むことに夢中になっていやしないかと思う。
執事さんも何も言わず立っているだけで、好きにさせる気の様である。
しかしいつの間にか椅子を用意してくれているので座ろうとすると、流れるような動作で椅子を引いてくれるのはさすが王子に付いている執事さんだ。
「うん、今年の酒は特に出来が良い、職人達に褒美を取らせよう、そうしよう」
などと王子はまだ酒に夢中である、だんだんこちらは手持無沙汰になって来たというのに。
「王子、そろそろご用意を」
執事さんがこちらの事を察したのか、王子に近寄り静かに言ってくれた。
さすがはできる執事である、空気を読んだり間合いを計るのが素晴らしい。
「ん? そうか、ならば用意せよ! これを片付けろ」
そう言われて執事さん達とメイドさんがまたまた流れるような動作でテーブルなどを持っていく。
当の王子はワインとはいえ10杯ほど飲んだせいで少し顔が赤くなり、ふらついているように見えるがこれでいいのだろうか。
「ようし、体が温まって来たぞ、血のめぐりも良くなって力がみなぎる! 実に良い、血が騒ぐぞ勝負とはこうでなければ!!」
王子はだんだん機嫌が良くなり饒舌になっていくようだが、こういうのは酔っているというのではと思うが、まあ仕方ない、本人が満足なら好きにさせておこう。
テーブルなどが素早く片付けられ、遂に執事により王子の剣が恭しく運ばれてきた。
こちらも背負っていた剣を下ろし、鞘から抜く。
こちらには別の執事さんが近寄り鞘を受け取って脇へと下がっていくのは今まで通り流れるような動きである。
「さて、いよいよ決闘であるな!」
王子が機嫌よく叫びその場にこだまするが、本当に決闘なのだろうか?
決闘とは普通死ぬまでやる事だが、本当にそこまでする気なのか? 勢いで言っているのか竜王国では試合を決闘と称しているだけなのでは・・・ 父さんに聞いておく方が良かったかと思うがもう遅い。
「始める前に言っておくが、ここは特別な結界がある! 王族だけが使用を許される神域結界が、だ! 別名『不死領域』 すなわちどれ程の傷を負おうと、たとえ手足がもげて腹に穴が開こうと首が落ちようと、死なん!! しかし痛みはある 、これがどういう事かはわかるな、小僧!」
死なない? ここだと? 本当に? そんなのが存在するのか?
酔って適当な事を言っているのではと思うが、執事さんを見るとわずかに頷いたので嘘ではないらしい、信じられないが王族がハッタリは言わないだろう。
「ゆえに遠慮はいらんぞ、弟との戦いでは遠慮したのだろう? その必要は無い、我を殺す気で来い、特別に無礼を許すぞ、良いな!!」
最後の一言は余計だと思うが、そう言われたらやりやすくなる。
王族を殺すなどまずいだろうとそれだけが心配であったから、確かに遠慮はいらない。 ああ言ってくれるのだから素直に受け入れるとしよう。
「そしてここの防御結界も特別だから外に被害は無いぞ、龍王剣の力、思う存分振るうが良い!!」
それはますますありがたい、ここを壊す心配もなくなった。
家具類は無いとはいえ、磨かれた舞踏会場のような施設を壊すのは忍びないから、これで全力を出せそうだ。
剣に命ずる。
「出でよ、ドラゴン・ソード!」
すると王子はニヤリとして自分の剣を抜き叫んだ。
「来たれ、魔王の牙よ!!」
そしてその場に台風のごとき風と、雷のごとき光が満ち溢れた。




