クリスタル・ロード 0190 一難去って
「竜王国への貢物がようやく決まったそうだ」
夕食時、家のテーブルに付いた父さんがパンを千切りながらそんな事を言い出した。
「もう、また仕事の話?」
「まあ聞きなさい、担当者が悩み抜いたそうだが何とか選んでな、その内容をチェックしてほしいと言われたが私はどうもわからん、お前達はどう思うか見てくれ」
厚手の紙にペンで書かれた一覧はなんだか字が震えているような、緊張や悩みがにじみ出ているような筆跡であり、苦労がしのばれる。
あの外務の方だろうか、同情を禁じ得ないが自分が担当でなくて良かったと思う。
「壺、美術品? 反物・・生地ね、調度類、家具、装飾品・・・ 」
自分も見るがそれぞれにサイズや少々の説明があるが、簡素なイメージである。
「無難そうだけど、高価な物ではないのかしら、なんだか地味みたいね、王族相手なのにこれでいいのかしら」
「そう、そこなんだ、今回の件は向こうの急な訪問だし試合はあの王子が望んだ事、それにこれは見舞いでありお詫びではない、ましてやあの国に従うわけでもない、貢物と言っても豪華ではこちらの立場と違うでな」
「あら、政治的な意味なのね、なるほど」
そうだそうだ、こっちは叩きのめしたかったが穏便に済ませたのだ、ホントだぞ。
「そうそう、あいつは軽く火傷しただけで済んだのだから、これで充分ですって、後はせいぜい果物? 遺跡での珍しい物を少々飾り程度に・ですかね」
「あ~、果物な、それも考えたそうだが、食べ物はやめておくことになった、毒入りなどと難癖をつけられるとまずいからと」
毒入り? 王族相手のお見舞いに?
「王族がすぐ食べるわけがないし毒見役がいるとしてもだ、政治上難癖をつけられる危険は避けようとだな、あれは心配性だし」
「そうなの、なんだか胃を傷めそうで気の毒ね」
果物はあの担当さんにあげる方が良いか、うちの野菜も合わせてなるべく胃にやさしい物を選んであげよう。
「刀剣が入っていないのも無難さ重視ですね」
「そうだ、これよりドラゴンソードを寄越せと言われるのもまずいし、遺跡の刀剣は武器の新技術であり渡すわけにいかん、高価な剣は趣旨が違うしな」
「なるほどそうですね」
「反物は良さそうね、遺跡のはずいぶん変わったのがあるよのね」
「ああ、見たらきっと驚くぞ、艶や色、深みがな、吸い込まれそうと言うのか、服に無頓着な私でさえ目を引かれたからな、あれを欲しがる女は多いだろうな」
父さんが服の事を語るなんて珍しい、よほど良い物があったのか?そう言えば遺跡の物で色々珍しい物があって面白そうだったが、すっかり忘れていた。
装飾品か用途不明の物もあったが興味を引く面では良い物と思えた。
「へえ~、そんなに良い生地があるなら見たいわね、何とかならないかしら、少し分けて欲しいわね」
「貰えるかはわからんが見るだけなら何とかなると思うがな、今度頼んでおこう」
取りあえず品目はこれで良しという事になって、話は終わった。
母さんは生地を見るのが楽しみなのか、機嫌が良くなっているし、父さんは仕事が一段落でシチューが上手いと食が進み、自分は焼肉の塩加減と柔らかさが絶妙と自分も満足なひと時であった。
ーーーーーー その数日後 ーーーーーーー
「今度は次男が来るらしいぞ」
夕食が始まって早々、父さんが言った事で危うくパンがのどに詰まりそうになった。
話すにしてももう少しタイミングを考えてもらいたい、本当に!
次男ていったいどこの次男の事なのか、多分想像通りだと思うが外れてくれ。
「竜王国の王族次男だ」
やっぱり当たってしまったか、なんでこんなことになるのか自分は何か悪いことをしたというのか、神様!
「来ると言ってもこの国ではないがな、お隣のグリーン公国、あのお騒がせ外務娘の国の招待だそうで、昔からの付き合いの延長だろうな」
なんだ、と、ほっとした。
またうるさいのが来るのかと焦ってしまったが、お隣の方でしたか、それなら好きにしてくれとスープを掬う。
「お前にも出席するようにと連絡が来とるがな」
危うくスープが器官に入りそうになった。
だからタイミングが悪いというのに、わざとかい? わざとやっているのかい。
「何でそんな事に?! ゲホゴホ」
母さんはまたかという顔で呆れているが父さんはまるで意に介していない。
反省しないと母さんに怒られるぞ、そのうち。
「向こうはドラゴンソードが気になるし、四男がやられたが怒るほどではない、次男がここに来るのはメンツが立たんからお隣へだな、お前を竜王国へ呼ぶのもまずいし、グリーン王国を尋ねたらたまたまお前がいたと、それが表向きだ」
「何てめんどくさい相手なんだ」
せっかくの食事中に言う父さんもだが、厄介な相手に目を付けられたと思う、四男の次は次男か、今度はどんな奴なんだか全く!! 張り倒してやろうか。
「あら、ネビィが竜王国に行っちゃまずいの? どうして?」
珍しく母さんが話に入って来た。
スープを飲もうとする自分の手が止まった、自分も少し気になる。
「まだ幼いのを呼ぶのは重要人物のような扱いにならんか? それとも息子が怪我をさせられて咎めるような? どっちもまずいだろ、大国のメンツがある。
しかも向こうの王は豪胆で有名な人物だから、子供を呼びつけるのは躊躇するだろな」
「へえ、そうなのね、残念」
残念じゃない、そんな事に呼ばれたくないですよ、母さん。
「そんなのに出なきゃならないんですかね、嫌ですよ全く」
「なに、仮病で断ろうと構わんだろ、表向きはたまたまだし行く義理は無い」
「そうですよね」
それを聞いて安心した、断ろうそうしようそんな義理は無いのだから、次男は観光でも豪遊でも好きにしていたら良い。
あの国に金をばら撒いて笑っていればよい。
「ただあの図太い娘が何を言い出すかな、そこが問題だ」
ナターリャ・クランバリウス、グリーン公国外務大臣の娘、覚えたくないのに覚えてしまった。
頼むからおとなしくしといてくれ。




