第五十四話 初めてのクエスト
城塞都市を出て、街道を道なりに進むことだいたい二十五分、街道の傍らにある目的の小さな集落に、俺とメアは辿り着いた。
そこは、数十軒の藁葺きの平屋が軒を連ねる集落で、本当に小さな村という風情だった。
村の出入口がどこかわからなかったので、雨風に晒されて汚れた村に巡らされた背の低い木の柵に手をかけて、それを乗り越えて、俺たちは村の敷地内へと足を踏み入れた。
村の中央、空き地のような場所まで歩を進めると、切り株と正対して薪割りをしている老人がいた。
俺はブレザーのポケットから小さく折りたたんだ依頼書を取り出すと、それを広げて、その老人に近づきながら言った。
「あの、ギルドの者なんですけど、スライムの駆除をしにきました」
見せつけるように依頼書の上端を掴んで口を開いた俺を認めるやいなや、老人は背後を振り返り、開け放たれた木製のドア、室内に向かって、言葉を投げかける。
「婆さんや、ギルドの冒険者の方々がお見えじゃ!」
と、藁葺きの家屋から腰の曲がった感じの良さそうな老婆が一人、腰に両の手をあてがいながら、そろそろと踊り出してきた。
婆さんは、俺たちをその金壺眼に留めると、莞爾と笑んで、口を切る。
「はるばる、ご苦労様です。それでは、早速で申し訳ありませんが、スライム退治をどうかよろしくお願いします」
「それで、スライムのいると言う井戸はどこに?」
「ああ、こちらでございます」
俺たちは緩慢な歩調で進む老婆のあとに続いて、老婆の自宅の裏手にある井戸の前まで案内された。
その井戸は、小さな東屋といったふうの木製の屋根がある古井戸で、屋根の箇所に、滑車と紐、水を汲むための桶が設えられている。
「この井戸でございます。私は家の中にいますので、何かありましたら、いつでもお呼びください」
「はい。わかりました」
老婆の姿が見えなくなるのを見届けた俺は、左手に佇むメアに顔を向けて言った。
「で、どうする?」
メアはこちらに身体を向けると、鹿爪らしく腕組みをして言う。
「どうするも何も、スライムをおびき寄せるか、井戸に飛び込むかしないとね」
俺は、踵を返すと、腰を少し曲げて、井戸の中を覗き込む。
井戸の中は真っ暗で、底が見えない……。
「ここに飛び込むのか、ごめんこうむりたいな……」
俺はポツリとそう零すと、すぐに井戸から目を離して、メアに向き直り、訊ねる。
「つか、スライムってどうやって誘き寄せるんだ? 餌か何かで誘き寄せるのか?」
その問いに、メアは暫時、瞑目して、「うーん」と唸ると、目を開けて言った。
「ええと、たしか、生き物の、特に鹿とか猪とか、あと人間なんかの、大型哺乳類の汗のにおいとか、体温を感知して、忍び寄ってくるのよ」
それを聞いて俺ははてな? と思いながらも「へー、それで、忍び寄ってきた、あとは?」と質問を重ねる。
「もちろん、捕食するために、水中に引きずり込んで、まずは獲物を窒息させるの」
「ち、窒息……」
「で、動かなくなった獲物を押し包んで、少しずつ、分解作用のある体液で溶かして、食事をするの」
腕組みしながら真顔で、淡々と恐ろしい情報を語ったメアを見据えながら、俺は思わずぶるりと怖気を振るった。
どうやらこれから対峙することになるスライムは、俺の思い描いていたスライムとは異なるらしい……。
俺は笑顔を取り繕うと「なるほどな……」と口にして、「てか、なんでそんなに詳しいんだ?」と、ふと疑問に思ったことを口に出す。
と、メアは照れたように笑いつつ「八十代の頃、十年くらい、家でしたことがあって、各地を放浪しながら、諸々、知識を吸収した感じね、スライムだけに」とスライムに詳しくなった経緯とおもんないことを口にする。
十代の頃とかではなく八十代と言うのが、長命な種族らしいな、と思いつつ、「そうか、それはまた——」と、例の如く軽口を叩こうとしたそのとき、急に何かにぐいとブレザーの襟首を鷲掴みにされ引っ張られた。
そのことを悟ったときにはすでに、俺の頭から腰は井戸の中にあって、闇に呑まれつつある自分の脚とサンダルをつっかけた足を見て「は?」と我にもなく呟くと、すぐにバンジージャンプをしたときのような不可解な感覚が俺を襲ってきた。




