第五十二話 相部屋
ガチャとドアの鍵を開ける。
ドアを内側に開くと生じた空隙に吸い込まれるようにして、メアが室内に立ち入った。
俺は鍵穴から若干錆の浮いた鍵を引き抜くと、それをブレザーのポケットにしまって、メアのあとに続いた。
部屋に入ると、十五畳くらいの広さがあり、部屋のドアから見て左手には四角い木製のテーブルが一つと四脚の椅子が二つあり、右手にはシングルの寝台が二つ並んでいた。
ハルバードを売っぱらって大金を手にした俺は、ギルドの三階に部屋を借りた。
家を買おうかとも考えたが、何かで金が必要になるかもしれないと考えて、結局一泊二百ジャラチャリンの部屋を借りることにした。
メア曰く、寝台二つの部屋を借りるとなると、普通の宿屋では五百はするとのことで、二百、それも半額以下で借りられると言うのはありがたいことなのだ、そうだ。
きっと、ギルドに加入したことによる恩恵なのだろう、と勝手に憶測しつつ、俺はブレザーを脱いで、椅子の背もたれにそれをかけて、その椅子に腰を据えた。
そこから寝台の方に目をやると、メアが寝台の上にあがって、マットレスの感触を確かめるように両の足を交互に動かしていた。
言わずもがな、メアとは相部屋ということになる。
二部屋借りようかとも考えたが、そうすると、一泊あたり三百かかるとのことなので、仕様がなく、しぶしぶ、不承不承、ルームシェアすることにした。
机に頬杖をついて、寝台の上で年甲斐もなく、トランプリン選手よろしく、飛び跳ねるメアを漫然と眺めていると、俺の視線に気がついたメアがピタリとその動きを止めた。
はて? と思って、メアの顔を繁々見ると、メアの鼻には皺がよっていて、赤い双眼には、ケダモノに向けるような訝るような色が浮かんでいた。
視線がかち合った瞬間、メアはにわかに自分を抱きすくめると表情を強張らせて言った。
「夜雲、変なことしたら燃やすから」
それを聞いて、最初メアが何を言っているのかわからなかったが、一秒、二秒と時が経つにつれて、その言葉が胃の腑に落ちて、それがついにシュワーと音を立てて溶け出すと、顔や耳が急に火照り始めた。
デリカシーのないその発言に、カッとした俺は顎から手を離すと、拳骨を作って、それを強か机上に打ちつけて、売り言葉に買い言葉で言い募った。
「誰がお前みたいな百歳越えの超熟女なんか——」
瞬間、窓から差し込む陽光を凌ぐ火明りが俺の目を瞬かせた。
慌てて立ちあがると、椅子がひっくり返って、ブレザーを押し潰し、くぐもった音を立てた。
俺は手を炙るように、手のひらに燃え盛る火球を発生させたメアに、両の手のひらをかざして言った。
「待て、はやまるな、ここは木造だぞ、馬鹿な真似はよせ」
宥めすかすような俺の言葉に、エルフ耳をぴくりとさせると、メアは低い声で「ああ?」と言った。
メアの双眸では炎が揺らめいていた。
俺は反射的にひざまつくと、哀願するように指を組んで、言った。
「申し訳ございませんでした。わたくしめがわるうございました。後生ですから、何卒、何卒、その火の玉をお納めください、メアさま」
距離にして三メートル、木造のギルドを人質にしたメアの溜飲をさげるべく、滔々とそんな言葉が堰を切ったかのように口腔から流れ出した。
と見る間に、太陽然とした煌めきが、雲がかかったかのように和らいで、それは忽然と掻き消えた。
メアは無手になった手を腰に当てると、「言葉に気をつけなさい」と言って勝ち誇ったように微笑みを湛えた。
俺は「はい」と答えて、作り笑いを浮かべた。
いつの間にか、背中にはインナーのシャツが、風呂あがりの濡れた髪のように、濡れそぼってピッタリ張りついていた。




