第五十話 買い取り
メアのあとに続いて、冒険者ギルドの建物内に足を踏み入れた。
ギルドの建物は木造の三階建で、大きな宿屋のような外観を呈していた。
中に入ると、酒場のように、木製の丸テーブルと椅子がたくさん設えられていて、それらのテーブルを囲んで、いかにも荒くれ者といった風情の人々が、木のジョッキを片手に楽しげに何か言い合っている。
丸テーブルと椅子の群れの向こう側には、カウンターがあって、その向こう側には紺色のスカートスーツのような服を着た女性が三人佇んでいて、首に黄色いリボンを巻いている。
カウンターまでメアに続いて進むと、左手にいた金髪の女性にメアが「あのー、アイテムの買取をお願いしたいんですけど」と声をかけた。
女性は柔らかく微笑むと「はい、かしこまりました」と言って、「それで、アイテムはどちらに?」とメアの無手の状態の手元をちらりと一瞥してから訊ねた。
すると、メアは俺の方に振り返って、場所を譲るように横に数歩移動すると、「夜雲」と俺の名前を口にした。
俺は「おう」と応えると「ちょっと待ってくれ」と言って、自身の胸の辺りで両の手のひら上に向けた。
直後、イメージを膨らませる。
途端に、徒手空拳の状態にあった俺の手のひらに質量が生じた。
忽然と手のひらに生じたのは、ナーガが落としていった巨大なハルバードだった。
俺は、「よしっと、あのこれです」と言うと、手に捧げ持ったそれを、金髪の女性に差し出した。
女性は、突然出現したそれを見ると、瞠目するように目を丸くした。
忽然と出現した、巨大な武器に、女性が仰天することを期待していたのだが、思ったよりもリアクションが薄かったので、少しばかりがっかりした。
「じゃあ、鑑定させていただきます。カウンターに、いや、そのまま持っていていただけますか?」
言われて、俺は「はい、わかりました」と即座に応えた。
と、女性は「では、さっそく……」と言って、瞑目すると、右の手をハルバードにかざした。
それからほどなくして、「まあ、すごい!」と朗々たる声で言って、感心したように目を剥いた。
その数瞬後、「高く買い取ってもらえますか?」と俺の左手に佇立するメアが訊いた。
女性は莞爾と笑むと「はい。これは、魔法の武器になりますから、三百くらいになりますね」と言った。
それを耳にしてメアは訝るように白眉を寄せると「三百って、三百ジャラチャリン? たったそれだけ?」と言って腕組みをした。
女性は、「ふふふ」と口を手で隠しながら笑うと、おもむろに首を横に振って「いえ、三百万ジャラチャリンです」と応えた。
瞬間、メアが目を見張って「三百万⁉︎」と声を裏返らせて叫んだ。
その叫びを呼水に俺が「それってすごいのか?」と、メアに訊くと「すごいわよ。この都市に三階建の家が買えるわ」と鹿爪らしい顔で答えた。
あまりの凄さに、意表を突かれたような心持ちになると、「そうなのか。家が買えるのか。すごいな」と俺は手のひらの上で火明りを照り返すハルバードに目を落として呟いた。
ややあって、店の奥から女性が戻ってきて「こちら三百万ジャラチャリンになります」と言って、丸々肥えた皮袋をカウンターに置いた。
皮袋が、カウンターに置かれた瞬間、小気味のいい音が耳を打って、ゴクリという音が俺とメアの喉から響いた。
女性は、ハルバードに目を向けると「それでは、そちらの武器を」と口にした。
武器庫にでも運ぶのだろう、と考えた俺は「どこに運べばいいですか?」と返す刀で口にした。
が、女性は「いえ、そのままで、結構ですよ」と柔らかく微笑んだ。
「ん?」と発して、俺がハルバードを捧げ持ったまま、首を傾げると、女性は「それでは、失礼します」と言って、再びハルバードに手をかざした。
そうしてから、「は!」と女性が声を出すと、俺の手の上から、たちどころにハルバードが消失した。
それを見て、俺は、思わず、「消えた」と独りごちた。
女性は目をぱちつかせる俺を意に介さず「では、またのご利用をお待ちしております」と言って、慇懃な物腰でお辞儀をした。




