第四十七話 老人
「はぁーはぁーはぁー」
往来を全力疾走すること五分、三十メートルほど先の方で、見覚えのある幌馬車に、見覚えのある老人が荷物を積んでいるのが、目に飛び込んできた。
「ジジイ〜‼︎」
肺の焼けるような痛みに耐えながら、そう懸命に声を絞り出し、その老人へと一目散に肉薄する。
と、髪を振り乱し、声を荒げて、急接近する俺に気づいた老人が堪らず小さな悲鳴をあげる。
「ひぃ。な、なんじゃ? やめ——」
困惑したような表情の老人の胴衣の胸ぐらを掴み、『天の剣』の効果で獲得した自慢の常人離れした膂力を発揮して、枯れ枝のように細い老人の身体を軽々持ちあげ、言い募る。
「メアを、メアを返せ‼︎」
「メ、メ、メア? な、な、なんの話じゃ?」
俺の異常な剣幕に、宙ぶらりんになった老人が、まごつきながら空惚ける。
その老人のわざとらしい態度が、『天の剣』の影響でキレやすくなった(と思われる)俺の、総身で猛る瞋恚の炎に油をドバドバと注ぎ込む。
「しらばっくれても無駄だぞ! ジジイ‼︎ うおー‼︎」
俺は老人に怒号を飛ばすと、フェスでタオルを回す観客のように老人を力の限り振り回した。
「ぎゃあああああ‼︎ おろしてくれ〜!」
ヘリコプターのプロペラよろしく、老人が回転し、その回転が生み出す風切り音の隙を突いて、老人の悲鳴、次いで、懇願の声が耳へと届く。
が、それでもやめない。
「白状しろ! うおー!」
そう言って、腕を振り回していると、手足をジタバタさせていた老人の動きと恐怖に打ち震えていた声帯が唐突に停止する。
はて? と思って、腕を振り回すのをやめると、老人が白目を剥いて気絶していた。
怒りで、正常な判断能力を失っていた俺は、まずい、と思うことも、やり過ぎた、と反省することもなく、老人の身体をカギのかかったドアをガチャガチャ言わせるように揺り動かす。
「狸寝入りしても無駄だ! さっさと、白状しろ!」
「ふが! わしはいったい?」
激しく身体を揺すられた老人が目を覚まし、バチんと視線がかち合う。
「白状……しろ!」
「ひぃ。わかった! なななんでもするから、手を、手を離してくれ!」
「よし。いいだろう」
老人の言葉を聞いて、急速に溜飲がさがり、正気を取り戻した俺が、老人の衣服から手を離すと、木から落ちたリンゴさながら、重力に引っ張られた、老人が地面にへたり込む。
俺は、その怯えた老犬然とした老人の姿を認めて、「ふぅー」と一息つくと、強い口調で、老人に頭から言葉を浴びせかけた。
「それで、メアはどこにいるんだ?」




