第四十一話 経験値
メアと一緒に旅をすることになった。
旅の目的はもちろん魔王討伐だ。
メアには、やめた方がいい、と言われたが、それはできない。
理由は、魔王を倒さなければ、家に、元いた世界に帰れないからだ。
あと、そこら辺の詳しい事情や俺が異世界から来たということは、メアには黙っておくことにした。
実は俺、異世界から来たんだ!
あと元いた世界に帰るには魔王を倒さなければいけないんだ!
なんて言ったら、またあの……可哀想な人を見るような目を向けられるに違いないから黙っておくことにした。
そういうわけで、特段の事情がない限り、俺は今後もこのスタンスを貫いていくつもりだ。
そんなことを考えながら、割と急峻な坂道を黙々とのぼっていく。
洞窟をあとにした俺たちは、『オロチ山』の麓付近を走る街道を目指して歩みを進めていた。
洞窟から出て数十分、街道へ行く道すがら、やっとの思いで山の頂きへとさしかかる。
「すげー」
そう呟く俺の頭上——上の空には無数の星々が輝いており、その空を背景に幽玄な美しさを湛える大きな月(と思しい天体)が透徹した光を投げながら浮かんでいた。
その夜空を暫時、漫然と眺めたのち、何の気なしに視線を少し下に転じると、月明かりに照らされた広大な森林とその木々の上に仰臥する街道(だと思われる)が目に留まった。
それで、俺が、お! と思った瞬間、出し抜けに、「いい眺めでしょ?」というメアの澄んだ声がした。
目を横に投げると、メアは腰に手を当て、背筋を伸ばして、どこか得意げな様子だった。
「ああ」と応えた俺は、視線を元に戻すと、視線でその街道(だと思われる)を辿ってみた。
街道は途中で、鬱蒼とした森に呑まれて見えなくなってしまったが、代わりにその望洋たる木の海の奥の方に、俺は、鯨のような灰色の巨大な城塞を見出した。
「メア……あれは?」
指を差して訊ねると、「どれどれ」と言いながら、メアが手を水平に額に置いて、目を凝らした。
すると、メアが「ああ!」という声をあげた。
かと思うと、あの建造物が何であるかをしたり顔でつぶさに語り始めた。
「あれは、『城塞都市イルアルエルリネ』……うちの村とよく取り引きしていた商人たちが所属する商会とか、前にも言ったけど、冒険者ギルドなんかがある割と賑やかな都市よ」
「城塞都市⁉︎ 初めて見た! すげ〜あれが城塞都市ってやつなのか!」
都市を取り巻く立派な壁を目にして、声を弾ませた俺に対してメアが続ける。
「じゃあ、まず『イルアルエルリネ』に行きましょうか。そこで、冒険者ギルドに登録して、ついでに装備も整えましょう。お世辞にも、あなたの今の格好じゃ魔王討伐なんて無理だもの……はっきり言って」
忌憚なきその意見に加え、人を小馬鹿にするようなメアの眼差しと物腰に、些かムッとしたが、努めてクールを装い、しぶしぶ自分の服に目を向ける。
ぼろぼろになった学校の制服に、泥だらけの蛇皮の白いサンダル……。
清潔感、防御力ともにゼロ……。
そう思いながら……前を向くと薄汚れたボロ切れのような服を身に纏うメアが目に映る。
「あのね……メアちゃん、あなたの格好だってね。魔王討伐にはそぐわないと思うんだけどな……。あと、おまけに、裸足だし」
できる限り神経を逆撫でするような嫌な笑みを作って、自身を武装し、ちびっこを諭すような口ぶりでもって、メアに口撃を加える。
「あのね……夜雲くん、私は魔王討伐に行くつもりは毛頭なかったし、私の村ではみんな、この服に裸足が普通なの……。他の地域の文化を尊重すべきだと思うんだけど……どうかな?」
そうカウンターをくらわされて、痛いところを串刺しにされた俺は、「ぐぬぬ……」と悔しさを口から血のように滲ませた。
と、不意に俺とメアの身体が青白く光り出した。
「うわ!」
「すごい量の経験値ね……」
驚愕する俺を尻目に、メアが自身の身体に目を注いで、ポツリと独りごつ。
「これが……経験値?」
メアの言葉を耳にして、眩い光を放つ自分の身体を繁々見つめながら言う。
「そうよ、何を言ってるの? モンスターを倒したら身体が光るでしょ? でも……こんな強い光を見たのは…… 百年以上生きてきて初めてよ」
経験値を獲得したときに、生じるエフェクトを知らないような様子の俺に、メアが訝しげな顔を向けながら、溢す。
「たぶん、邪竜が消滅したってことじゃないか?」
なんとなく思いつきで、そう告げるとメアが急に難しい顔をした。
「たしかに……そうね。こんな莫大な経験値……。邪竜だったら納得だわ。……じゃあこれで本当に邪竜はいなくなったのね」
メアは、誰に言うともなくそう言うと、急に表情を緩めて「やったわ! やったわ! 遂に邪竜をやっつけたのね!」と言って年甲斐もなく嬉しそうに飛び跳ねた。
そんなメアを見て、微笑ましく思いながらも、同時に俺の中に潜む『何か』の言葉どおり、邪竜が消滅したという事実(目で見たわけではないが)に、あいつはいったい何者だったんだ? 今も俺の中にいるのか? という疑問が兆した。
だが、いくら頭を捻っても答えはわからないのだろう、と諦念を催した俺は、今はとにかく下山を優先するべきだと思い直し、「そろそろ行こうぜ」と小躍りするメアに声をかけ、『オロチ山』の頂上をあとにした。




