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第三十八話 脳内に響く声

 火柱を前に、降りかかる火の粉を浴びながら、暫し愕然としていると、ふと視界の端に複数の人影がいることに気がついた。


 気を取り直した俺は、人影がいる方向へ、おもむろに視線を投げた。


 すると、見覚えのある顔ぶれがそこにいた。


 一人は俺にそっくりな風貌の男だ。


 とても意地の悪そうな顔をしている。

 

 なんと言うか、悪人を絵にしたような顔だ……。


 なんて忌々しい顔だろう……。


 唾が吐きたくなるぜ……。


 そんなことを考えて、死にたくなりながら、視線を少しスライドさせる。


 と、その忌々しい顔をした男——レプリカの肩に乗る人影に視線が釘づけになった。


 視線の先、レプリカの細い肩には、白い長髪を生やしたエルフ——メアが担がれており、火柱の方向に両の手のひらを向け、鹿爪らしい表情を浮かべていた……。


「気絶してたはずじゃ……⁉︎」


「貴様ああああああああ‼︎」


 驚愕する俺を尻目に、火を纏った邪竜の頭の一つが怨嗟の声をあげながら、首を伸ばして、俺の視線の先にいるレプリカとメアへと肉薄した。


「あ、危な——」


 その光景を前にして、無意識のうちに、二人に危険を知らせようとした俺は、不意に目に飛び込んできた驚きの光景に、途中で言葉を失い、目をぱちつかせた。


 俺が視界に捉えたのは、レプリカが常人離れした脚力を活かし、メアを担いだまま高く飛びあがり、間一髪で邪竜の攻撃を回避するという勇者めきたる姿だった……。


「な……!」


 言葉を失った俺がようやく言葉を取り戻し、そう小さく声を発したその刹那、目標を見失った邪竜の頭部が、勢いそのままに洞窟の壁面に激突し、壁に放射状に亀裂が走った。


 直後、壁にめり込んだ邪竜の首、目がけて、間髪入れずにレプリカが魔法を行使する。


「ウォーターバレット……。ウォーターバレット……。ウォーターバレット……」


 レプリカが、ボソリ、ボソリ、ボソリと、魔法名を数回唱えると同時に、拳銃を模した素手から水属性の魔法弾が立て続けに紡ぎ出され、そのすべてが、邪竜の硬い鱗に吸い込まれるように命中し、バリバリバリと小気味のいい音を立てた。


 そうして、弾け飛んだ鱗が洞窟の地面に触れたその瞬間、邪竜の太い首が、さながら、まな板の上で暴れるウナギのようにのたうち回り、「ぐあああああああああああ‼︎」という苦鳴を漏らした。


「本当に……俺のレプリカかよ」


 信じられない気持ちになって、そう独りごちると、唐突にメアの鬼気迫る声が耳へと飛び込んできた。


「危ない‼︎」


「え?」


 状況が呑み込めないまま、そう短く呟いた瞬間、焦げ臭いが急に鼻腔を通り抜けた。


 鼻に皺を寄せながら、慌てて顔を臭気の発生源へと向けると、牙で埋め尽くされた大きな口が目睫に迫っていた。


「うわあああ!」


 堪らず俺がそう叫ぶと……にわかに不思議なことが起こった。


 俺の意思とは関係なしに、独りでに左手が動き、握り拳を作ると、猛然と迫りくる邪竜の顔面に、それが意思を持った生物の如く襲いかかったのである。


 紙一重の距離にあった邪竜の横っ面に、俺の左フックがミシリという軋み音を立てて突き刺さり、邪竜が「がぁ‼︎」と声にならない声を漏らし、首をよじる動作をしてみせる。


 俺は、無意識に動いた左手に、目を向けつつ、邪竜との間合いを広げるべく、すかさず後ろにさがり、邪竜の出方を窺う。


 そうして、身悶えする邪竜の姿を目にしながら、絶対に何かがおかしい、と考える。


 異世界に来てからというもの、身体が独りでに動くようになった気がする。


 ……というか、たぶん気のせいじゃない。


 まるで、誰かに操られてるみたいな感じだ。


 そういった超自然的な説に思考を割く一方で、まったく別の説がはたと頭に思い起こされた。


 あれか? もしかして、というかやっぱり俺は、実は、戦闘の天才で、異世界に来たことで、俺の眠っていた戦闘の才能が開花したとかいう、よくあるあれなのか?


 そうだ!


 きっとそうに違いない!


 そんなことを考え愉悦を覚えて、独り色めき立っていると、不意に脳内に(おい! 前を見ろ!)という聞き慣れない男の声が響き、水をかけられたが如く、思わず我に返る。


「前?」


 そう口走り、何の気なしに前を向くと、いつの間にか、邪竜の二つの頭がこちらに向いており、さらによくよく見ると二つの頭が、威嚇する鰐のように大きく口を開けていた。


 最初は、何が起きているのか理解が追いつかなかったのだが、邪竜の赤裸々になった喉の奥に煉獄の炎を彷彿させる漆黒と紅蓮とが交錯したような光を見つけたことで、俺の脳中を根城にしている野生の感が、「今すぐ逃げろ!」と警鐘をけたたましく打ち鳴らし始めた。


 つまり、さっきの声は、俺の野生の感ということになるのか?


 野生の感はしゃべるのか?


 そう思いながら右往左往していると出し抜けに怒号が飛んできた。


 どこから飛んできたのか?


 その怒号は、不思議なことに俺の脳内から飛んできた。


(おい! 聞け! あと、三十秒でウォーターベールが復活する。邪竜のブレスを受けたら、急いであの色の褪せた首を切り落とせ! あの首が本体だ!)


「え? 何? 誰?」


(いいから、言うとおりに動け! わかったな!)


「誰だよ⁉︎」


 野生の勘というものは、こんなにも的確にアドバイスをくれるものなのか、と驚きながら、野生の勘以外の勘がある視線をビビッとキャッチする。


 その向けられた視線を辿ると、憐憫の眼差しを向けるレプリカとメアの姿が、無情にも俺の心を鋭く射抜いてきた。


 独り言を譫言のようにぶつぶつと口にしていたことが、その憐れみを含んだ視線が俺に向けられている理由であるということは、火を見るよりも明らかだった……。


 このままではまずい……。


 は、早く弁解しなければ! と俺の中の野生の勘が、再び俺にけたたましく警鐘を鳴らして聞かせた。


「聞いてくれ! 俺は、おかしくなったわけじゃない! 脳内に声が響いて——」とろくろを回すようなジェスチャーを交えて、そう言い訳をしかけたところで、そんな俺を問答無用で断罪するように灼熱の業火が、獰猛な大蛇が如く、無慈悲にも俺を丸々呑み込んでしまった。

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