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第三十五話 竜の首切断してみた!

 メアの放った火柱の高熱によって、溶けてグニャグニャになった玉座が如き椅子に腰を据える邪竜を認めて、俺は思わず目をパチクリさせた。


 初対面の印象は、邪竜という名を騙っている痛々しい青年。


 それがやつに抱いていたファーストインプレッションだった。


 しかし、今は目の前の青年が紛うことなき邪竜である、と確信している自分がいる。


 目睫の邪竜は、蛇のような瞳と鮫のような歯を除きさえすれば、どこにでもいる青年ダークエルフのといった見てくれをしていたのだが、今は違う。


 今では、その青年ぽさを醸し出していた、特徴の多くが、その風貌から蒸発しており、ことに青年の鎖骨から上の部分がまったく別の、人間や亜人とは異なる竜のそれへと挿げ替えられていた。


 とどのつまり、青年の身体に巨大な竜の頭部を持った化け物が、俺の目と鼻の先に鎮座しているのである。


 どういうバランスだよ! とツッコミを入れられるような一分の隙をも見せない、いかめしいオーラが目の前の化け物からは発せられており、またしても俺は蛇に睨まれた蛙よろしく、その場に釘づけにされている。


 邪竜は、目を細めると、おもむろに視線を真一文字に走らせる。


 それから、頬の裂けたかのような竜の口をゆっくりと開いてみせる。


 すると、口を開いた瞬間、一塊の黒煙が邪竜の口内から躍り出て、瞬く間にそれが虚空に溶けて消散する。


 そして、掠れた割れ鐘のような声が、その黒煙を追いかけるようにして紡ぎ出される。


「頭……いてぇ……たく……何だ?」


 寝起きの酔っ払いを想起させるセリフを吐いた邪竜に肩透かしをくらわされ、よろめきそうになるが、常人離れした脚の筋力で踏み堪える。


 次いで、あることを思い出す。


 そう言えば、邪竜は酔い潰れて寝てたんだったな……。


 じゃあ、頭が痛いのは二日酔いだな……。


 うん……いやそう言うことじゃない……。


 そう、今がチャンスなのだ……。


 寝起きで状況を把握しきれていない邪竜が動き出す前に、こちらから攻撃を加えるのが今取るべき最善の行動のはずだ……。


 は、早くなんとかしないと……。


 そう思い立って足を動かそうとしたところで、邪竜がぶんぶんと眠気を振り払うように大きくかぶりを振った。


 その動作にギョッとして、電撃的に身体を強張らせる。


 馬鹿! 夜雲の馬鹿! いくじなし! 俺の傍らで俺に罵声を浴びせる幼馴染(架空の理想的な)を幻視しつつ、ゴクリと生唾を飲み込む。


 と、その音を耳にしたのか、件の、その竜の顔がこちらへと向けられ、出し抜けに疑問が俺の耳を掠めた。


「誰だ? 貴様は?」


「え? えっと、あ、お、俺は——」


「あんたを退治しにきた英雄よ!」


 にわかに耳に届いた邪竜の疑問に、どぎまぎしていると、背後から邪竜を挑発するような声が飛んだ。


 その発言を耳にして、独りでに口が動き「何をてめぇは言ってやがるんだ⁉︎」ということを意味する「な⁉︎」という言葉が口を突いて飛び出す。


「英雄だと? ふん、そんなヒョロガリの肉体で、英雄を名乗るのか?」


「……」


 ヒョロガリという単語を受けてどす黒い情動が、血管を駆け巡りそうになるが、下唇の裏側を強く噛み締め、間一髪でそれを阻止する。


「ククク……命知らずめ……」


 邪竜は悪役的な嘲笑を漏らしながら、その凶悪な双眸で、押し黙る俺をじっくりとなめるように観察する。


 そして、その直後、あたかも驚いたかのように目を見張って言い募る。


「は⁉︎ お、お前は⁉︎ おい! 我がしもべはどうした?」


 目を皿のようにして、困惑するように訊ねる邪竜の質問文に含まれる『しもべ』という単語を受け、自身の脳中を探るようにして記憶を辿る。


 結果、二体の怪物の姿がありありと目に浮かびあがる。


 その瞬間、はっとして反射的に答える。


「ぶ、ぶっ飛ばしてやった……ぜ」


 水鬼が遥か彼方に投げてぶっ飛ばした、というのが正確だが、誰がということは伏せておくことにした。


 ヒョロガリと言われ、傷つけられたプライドの仇を取るべくそう言ってやった。


 俺がただのヒョロガリではないことをアピールし、俺を怒らせた邪竜をビビらせる目的でそう言ってやった。


 この選択が、邪竜の警戒心を煽ることになるという事実に目を向けることはできなかった。


 いや……本当はわかっていた。


 でも、どうしても一矢報いてやりたかった。


 どうしても許せなかった。


 今だけは、自分のちっぽけなプライドのために生きたかった。


 ただ……それだけのことだった。


「そうか……。やはり……ただのヒョロガリではないようだな……」


「おい! さっきからヒョロガリ、ヒョロガリってどういうつもりだ⁉︎ 馬鹿にしてるのか⁉︎」


 失礼千万なことを口にしながら、どこか納得したようにうなずく邪竜を睨み据え、堪りかねた俺は催した吐き気を解消するかの如く不満を邪竜へとぶち撒ける。


「黙れ! 貴様の問いに答えてやる義理などないと知れ!」


 一際大きな声を出して、理不尽なことをのたまう邪竜の迫力にビクリと身を震わせながら、こっちは答えてやったんだからお前も答えるのが義理だろうが! と胸中で言い募り、自然と奥歯をギリギリと噛み締める。


 と、急に邪竜の言を、追尾するかのように、かけ声が大音声で俺の後方から発せられた。


「そいやあああ‼︎」


 そして、そのかけ声を追い回すように、「ぎゃああああああああああ‼︎」という邪竜のけたたましい叫び声が洞窟内を駆け回る。


「があ⁉︎」


 思わずそんな驚きの声を漏らした俺は、またしても火柱に呑み込まれ燃え盛る邪竜を目に焼きつけると、その場に呆然と立ち尽くしてしまった。


 それから間もなく、ふぅーというメアの息をつく音が耳に触れる。


 そうして、その呼吸音をきっかけに我に返り、首を左右に振ると、途端に眼前の火柱が消失し、中から焦げ臭いニオイを纏った邪竜がまたぞろその姿を現した。


「そうか……。さっきから熱いと思ったら貴様か……エルフ族の生け贄の小娘か……。俺さ——否、我に刃向かうというなら——」


 邪竜は頭をブンブン振ると、メアに何か言葉を浴びせようとしたのだが、その言葉を遮るようにメアがその桜色の唇を再び動かす。


 メアの唇から紡がれた「そ」というかけ声のイニシャルが俺の耳に入ったところで、やにわに側頭部に風を感じた。


 俺の真横を何か丸太のような影がビュンという風切り音を立てて、あたかも列車のように通り過ぎたのだ。


「話は最後まで聞け! 小娘!」


 その影の正体は、ろくろっ首のように長く伸びた邪竜の首であった。


 邪竜は、身体を玉座のような椅子に残したまま、首を伸ばして、メアの目と鼻の先にその竜の顔を近づけたのである。


「あわわわわ……。う〜ん……」


 メアは、邪竜に至近距離で怒鳴られると、それがショックだったのか、そのまま白目を剥いて情けない声を出しながらへなへなと地面に頽れ、前のめりに倒れ伏してしまった。


「嘘だろ⁉︎ 気絶しやがった!」


 地面に伏したメアを肩越しに目にした瞬間、自動的にそんな驚きの声が口から漏れ出した。


 そして、まずい! と思った俺は、瞬時にレプリカに向き直ると、声を絞り出した。


「おい‼︎ レプリカ‼︎ メアを頼む‼︎」


「……」


 俺の大きな声を受けて、凝然と立ち尽くしていたレプリカがただちに我に返り、コクリとうなずくと、すぐさまメアに駆け寄る。


 そうして、俺も敢然と動き出す。


 大きな声を出したおかげで、緊張の糸が千切れたのか、いつの間にか身体の自由を奪い返すことに成功していた。


「うりゃああああああ‼︎」


 そう言って、倒れたメアを抱き起こすレプリカに気を取られていた邪竜の首へ『天の剣』を振りおろし、自慢の常人離れした膂力を活かした渾身の一撃を叩き込む。


「ぐああああああああ‼︎」


 邪竜の断末魔が響き、ついで伸びた首が真っ二つになり硬い地面に転がる。


「油断したな‼︎ 馬鹿野郎‼︎」


 その光景を目にして勝ちを確信し興奮した俺は、その興奮に突き動かされるままに邪竜をそう悪罵した。


「馬鹿野郎は、貴様だ!」


 切断した長い首をつけた邪竜の頭部が、千切れたトカゲの尻尾みたくビチビチと跳ねながら、そんなセリフを吐き返す。


 と、そんな異様な光景に仰天する間もなく、突然、太陽を浴びた吸血鬼が如く、切り離された長い首と頭部が、砂塵のようになって、瞬く間に雲散霧消する。


「何⁉︎」


 肝を潰されて、我にもなくそう叫ぶと、次の瞬間、洞窟内部が眩い光で満たされ始めた。


 慌てて視線を光源に転じると……頭部を失った邪竜の身体が、昔話の竹のように輝きを放っていた。


 発せられた光は、洞窟内部を、俺たち三人を、修正液のように、あっという間に白く塗りつぶしてしまった。


 その強烈な白い光に耐え切れず、俺は我知らず、両腕で、両目を覆い隠した。

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