第三十三話 火柱
口角泡を飛ばさない作戦会議がようやく終わり、俺たちは洞窟の最奥を目指し三人並んで歩みを進めた。
「本当にそっくりね……。気味が悪いわ……」
メアが俺と瓜二つのレプリカを認めて、そう零す。
「まあ……一応、俺の複製体だからな……。だが、似てるのは外見だけだ、なんてたってまず俺と違って愛想がない。それから、ずぶ濡れだ。それに加えて、こいつは……このオリジナルである俺を……チッ!」
かつてレプリカに完膚なきまでにやられた忌々しい記憶が、脳裏にまざまざと蘇り、堪らず舌鼓を打つ。
「本当に愛想がないわよね……。あと、魔法陣から這い出すように出てきたときは、心臓が止まるかと思ったわ……」
土から這い出してくるゾンビを想起させる登場の仕方をしたずぶ濡れの夜雲——レプリカのその底冷えのする登場シーン連想したのか、メアが、その陶器のような白い肌をぶるぶると粟立てる。
一方、件のレプリカはというと、悪感情を抱く俺とメアを歯牙にもかけない様子で、無言を貫いている。
「……」
露骨にこちらを無視するように一言も発さずにいるレプリカを見て、ついに俺の堪忍袋の緒がブチんと千切れる。
「おい! レプリカ! さっき説明したとおりにちゃんと動けよ! おい! 聞いてんのか? 足手纏いにだけはなるなよ!」
強い口調で、レプリカに詰め寄ると、レプリカは無表情で口だけをわずかに動かす。
「貴様がな」
「何を!」
短くボソリと紡がれたその言葉に、独りでに右手が動きレプリカの濡れそぼった胸ぐらを掴んで叫ぶ。
「まあまあ、抑えて抑えて」
俺とレプリカのやり取りを見兼ねたのか、嘴を容れるようにメアが間に割って入る。
すると、レプリカがメアの赤い双眸を覗き込むように顔を見据えて小さく呟く。
喧嘩を仲裁してくれたことに対する御礼の言葉……ではなく……侮辱の言葉を……口にする。
「生きた化石」
その言葉を聞いた瞬間、ビキィと氷に亀裂が生じるかのような音が聞こえた……かと思うと、メアの容貌が悪鬼羅刹のそれに豹変し、猛獣の如き動きで白く長い髪を振り乱してレプリカに掴みかかろうとする。
「やめろ! メア! 早まるな!」
その暴力をレジストするようにメアを背後から羽交締めにする。
「離せ! この偽物野郎! 消し炭にしてくれる!」
さながら暴れ馬のように、暴れながら暴言を吐くメアを、常人離れした膂力を持ってしっかり押さえ込む。
そんな俺たちをレプリカは感情のない目で、暫時漫然と眺めると、何かに気がついたかのように視線を外し言葉を紡ぐ。
「着いたぞ……愚か者ども」
そうして、その侮蔑の混じった言葉と、俺たちとをあとにして、すたすたと歩き出す。
「「何を‼︎」」
二人で、あたかも示し合わせたかのように、異口同音にレプリカの背に向かって叫ぶが、レプリカがこちらを顧みることはない。
「「待て‼︎」」
それから、腹立ち紛れに、またぞろ同じセリフを吐きながら、一目散にレプリカを追いかける。
レプリカを駆け足で追うと、すぐに開けた途轍もなく広い空間に到達した。
壁面には、松明がいくつも設えられており、それらの火明りが内部を明るく照らしていた。
「ここが……最奥か……? 邪竜はどこに?」
誰に言うともなくそう言って、辺りをキョロキョロと見回す。
と、離れた場所に人影らしきものがあることに気がついた。
「誰かいる!」
「し、静かに!」
わりかし大きな声を発した俺をメアが手で制止する。
慌てて、口を押さえつつ、目を細める。
見ると、五十メートルほど先に、青年がいた。
年季の入った玉座のような椅子に、青年がもたれかかるようにして腰掛けていた。
「人だ‼︎」
「だから、静かに‼︎」
「いでぇ!」
再び大声を出す俺の脇腹に、メアが肘を叩き込む。
あんたも大声出してますやん……とぼやきたくなるのを必死に堪えて声を潜める。
「なぁ……あれ……人というか……エルフぽいな。耳とんがってるし。あいつも生け贄なのか? それとも、邪竜の罠か⁇」
「何言ってんのよ……。あいつが……邪竜よ」
「は? いやいやいや……明らかに竜じゃないだろ?」
「いえ、あのはな提灯を膨らませて、泥酔しているのが、邪竜で間違いないわ」
「つまり、あれか自分を竜だと思い込んでる痛いやつってことか?」
「そういうことじゃ……」
俺の言に、メアがこめかみをひくつかせる。
「どういうことだよ? きちんと説明し——」
そんなメアを気にも留めずに、きちんとした説明を希求しようとしたところで、「ぐおおおおお‼︎」という腹の底に響く地鳴りのような大きないびきが、眠りこける青年の小さな口から放たれる。
あり得ない状況を前に愕然としながら叫ぶ。
「なんだ⁉︎ 今の⁉︎ どこかで聞き覚えが……そ、そうだ! 邪竜だ! ぐえ!」
「だから! さっきから、そう言ってんだろ! あと、静かにしろって何回言えばわかんだ? このタコ!」
「しゅみません……」
口調がごろつきのように変貌したメアに、胸ぐらを鷲掴みにされながら、そう苦言を呈された俺は、その迫力に気圧され肩をすくめてしゅんとする。
「コホン。ともかく、やっつけるわよ……。持ち場に早くつきなさい……。」
「はい……。しゅみません……」
「ふふ」
メアにそう言われ、あらかじめ決めていたフォーメーションを組むべく、萎縮した俺を認めて、小さく笑い、意地悪く片笑みを浮かべたレプリカとともに足を動かす。
二十メートルほど距離を詰め、眠りこける邪竜の真正面にメア、邪竜から見て右手に俺、左手にレプリカといった具合に、邪竜を囲むように立ち並ぶ。
メアは手のひらを邪竜にかざすと、俺とレプリカに交互に、準備はいいわね、と言わんばかりに目配せし、コクリと小さく頷いてみせる。
俺とレプリカは、その所作を真似て小さく頷き、準備完了いつでもいいぞ、という顔をする。
ちなみに邪竜討伐作戦の概要は以下の通りだ。
メアが魔法で攻撃し、飛び起きて右往左往する邪竜の首を、俺もしくはレプリカが、切り落とす、といった内容で、至ってシンプルな作戦だ。
メア曰く、邪竜は炎魔法に弱く、ついで、首が弱点らしい……。
メアの説明が要領を得ないものだったので、多少の不安はあるものの、とにかく、首を切り落とせば百パーセント勝てるらしい……。
というか、俺を含めて首を落としたら、プラナリアとかの特殊な例を除いて、ほとんどの生き物は絶命するのではないだろうか?
いや、今はそんな些細なことに気を取られている場合ではない。
邪竜討伐に集中すべく、すかさず脳中にみなぎった疑問をかぶりを振って振り払う。
「やってやる……」
俺は邪竜をギョロリと睨めつけると、ポツリと決意を口にして、剣を構える。
剣を持つ手が震える……。
きっと、これが武者震いというやつなのだろう……たぶん。
そして、遂にそのときが来る。
メアの大きなかけ声が洞窟内に炸裂する。
「そいや‼︎」
そいや⁉︎ と胸中で驚く俺をよそに、邪竜を中心に紅蓮に輝く巨大な火の輪が、魔法陣が如く展開される。
洞窟内にたちどころに生じた真っ赤なその光に、思わず目を細めると、次の瞬間、途轍もない大きさの火柱がゴォーというガスバーナーにも似た音を立てて、聳え立ち、瞬く間に邪竜を丸呑みにする。
「ぐああああああああああ‼︎」
直後、メアの魔法攻撃のあとに続くかのように、邪竜の断末魔が洞窟内に響き渡る。
成功だ! やった! と心中でガッツポーズをしながら、辛抱堪らず火柱の内部から駆け出してくるであろう邪竜を切り払うべく神経を研ぎ澄ませる。
が、飛び出して来ない……。
数十秒経っているのにも関わらず、火柱から邪竜が躍り出てくることはなかった……。
まさに想定外の事態だった……。
「どういうことだ?」
戦々恐々としながら、そうポツリと呟いた瞬間、爛々と輝きを放っていた火柱が、忽ち、火の粉と化して霧散する。
慌てて、メアを見やると、ぜーぜーと大きく肩で息をしている。
どうやら、力を使い過ぎたらしい……。
メアに視線が釘づけになっているさなか、やにわに「ふはははは」という悪の親玉然とした高笑いが耳朶を揺らし、独りでに視線が、その音の発生源へと吸い寄せられる。
俺の目に飛び込んできたのは、邪竜の驚くべき姿だった……。




