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第三十一話 邪竜のいびき

 どこかから水滴がポタポタと滴り落ちる音を耳にしながら、洞窟の出入口付近に凝然と立ち尽くして、おずおずと所感を口にする。


「ず、ずいぶん……暗いな……」


 目睫に広がるのは濃い闇だった。


 洞窟の出入口から差し込む光を、まるで追い返すような猛犬が如き恐ろしさをはらんだ闇が、堂々と鎮座していた。


「ちょっと待って。今、灯りつけるから」


 俺の呟きに対して、メアはそう言うと、左手の人差し指をピンと立てて、小さな魔法の炎をそのしなやかな指の先に灯してみせた。


 と、暗かった洞窟内部が、俺たちを中心に忽ち明るくなり、周囲のあらゆるものがその温かみのある光によって照らし出された。


 反射的に、目を細めて見ると、天井からはいくつもの石筍が生えており、辺りには大小さまざまな石や岩が雑然と転がっていた。


「便利な魔法だな」


「まあね」


 そんな他愛もないかけ合いをしたのち、俺とメアは示し合わせたように肩を並べると、洞窟内に張り詰める目に見えない緊張感を無視するように、黙々と足を運んで、先を急いだ。


 それから、道なりに奥へ進んで行くこと約十分、真っ直ぐだった道が段々と傾いていっていることに気がついた。


「なんか、くだり坂みたいになってるな。ここをくだって行けばいいのか?」


「ええ……たぶんそうよ。邪竜が復活する前、何回か探検に来たことがあって、たしかここをくだり切ると、人が一人やっと通れるくらいの通路が……あったような……いや、もっと大きな通路が……まあいいわ。それで……たしか……その通路をひたすら真っ直ぐに、突き進めば最奥に行けたような……行けなかったような……」


「どっちだよ⁉︎」


「だって、本当に小さいの頃の記憶だし…… 百年以上前のことだし……」


「やっぱり、ばあさ——。ぐえ‼︎ ……ずみまぜんでじだ」


 歯切れの悪いメアに対して、思ったことを素直に伝えようと口を動かしたその数瞬後、メアの拳が俺の鳩尾に炸裂し、口から血飛沫のように叫び声が迸った。


 そのまま、へなへなとその場に頽れると、痛みに身をよじらせながら、心ならずも潔くそう謝罪の言葉を口にした。


 直後、洞窟内に反響する俺の叫び声……その間隙を縫って、喧騒のようなものが、洞窟の奥から駆けあがってくるのを、俺の繊細な聴覚が感知した。


 キュキュキュキュキュという耳障りな音の塊が、俺とメアへ猛然と迫ってきていた。


 慌てて腰を浮かせ、身構えるが……もう遅かった……。


 メアの燭台の火のような魔法の灯りに、照らされたそいつらの姿が目の中に次々に飛び込んできた。

 

 それは生き物の群れだった。


 俗(地球)に言う蝙蝠と呼ばれる生き物の群れだった。


 真っ黒な蝙蝠の大群が、なんの躊躇もなく黒煙が如く俺とメアとを一瞬で丸呑みにした。


「うわあああああああ‼︎」


「きゃあああああああ‼︎」


 俺の悲鳴とメアの甲高い悲鳴が、複雑に絡み合い調べとなる。


 俺は成す術なく、ただただ本能的に瞑目し、両手で頭を抑えて身を小さくする。


 もうお終いだ、という考えが脳中によぎるが、結句その思いは杞憂に終わることとなった。


 蝙蝠の群れは、二つの意味で、俺たちを歯牙にかけることなく通り過ぎると、洞窟の外を目指して羽を懸命に羽ばたかせていた。


 先ほどまでの喧騒が、遠のくのを耳で感じ、恐る恐る目を開ける。


 それから、身体の至るところに、視線を走らせるが、咬み傷の類いは見受けられなかった。


 そっと胸を撫でおろそうとしたところで、ある違和感に、はたと気がついた。


 背に何やら柔らかいものが当たっていた……。


「な⁉︎」


 慌てて肩口から後ろを見やると、途端に白亜の如き白い髪が目に映り込んできた。


 その瞬間、花のような馥郁たる匂いが鼻腔を通り、途端に笑み崩れそうになるが、口を真一文字にギュッと引き結んで、間一髪のところでそれをしっかりレジストする。


 これこれ! こういうの! こういうの! ラッキー! という高度な思考を脳内で巡らせながら、俺の背で、華奢な肩を震わせるメアに声をかける。


「おい! 大丈夫か? ぐふふ」


 そんな気色の悪い笑い声を我にもなく漏らしながら、メアの安否をたしかめるべくそう問いかける。


「ええ……大丈夫よ……ごめんなさい……。あれは……蝙蝠の群れね……。たぶん……あなたの声に反応して、洞窟の奥から飛び出してきたのね……」


 異世界にも蝙蝠がいるのか?


 そんな疑問が、蛇みたく鎌首をもたげるが、それを無理矢理押し込めて、代わりに「そうか……。いやあ……しかし、びっくりしたな……」と月並みな感想を口にする。


「ほんとに……勘弁してほしいわ……」


 振り返りながら、げっそりとするメアを目に留めつつ、新たに脳へと去来した疑問を、即座に投げかける。


「ぜんぜん関係ないことなんだけど、訊いていいか?」


「ん? 何かしら?」


 俺の問いを受け、メアが小首を傾げる。


「その指先の小さい炎って詠唱とか、魔方陣とか関係なく出せんの?」


 メアの指先から出る魔法の灯りを指差し訊ねる。


「うーん……。私が天才なんだと思うわ。私の一族で無詠唱で魔法を扱えるのは私だけだったし、あと、一応、魔方陣なしで、魔法を行使できるのも私だけだったわ」


 鹿爪らしい顔で、あけすけにそんなことをのたまう自称天才のメアを見ながら、質問を続ける。


「それって……スキルか何かなのか?」


「たぶん、そういうことなんでしょうね……。うちの村とよく取引していた商人の話だと……ギルドとやらに行けば、私みたいな特殊なスキルが手に入るとかなんとかって言ってたような……言ってなかったような……」


「どっちだよ?」


「仕方ないでしょ……。 八十年くらい前の話なんだから……」


 そう言って思案顔をするメアを尻目に、水鮫たちが言ってたこととなんとなく同じだなぁ〜、と思いつつ、言わなくていいはずの言葉が口を突いて、ジャブのようにメアへと放たれる。


「やっぱり、ばあさんじゃ——。ふん……もうその手は通用しないぜ!」


 メアのアッパーを後ろにさがりながら避け、挑発するような台詞をすかさずメアにぶつける。


 俺は成長するのだ! 参ったか! ということを言外に滲ませるかのようなしたり顔をあえて作り、メアを窺うとメアの手のひらに一塊の炎が突如として発生し、それがメラメラと燃え輝いた。


「なんだそれは⁉︎ やめろ! 早まるな! 話せばわかる!」


 緩慢な動きで、メアが火球を持つ手を後ろへ動かし、ピッチャーのように振りかぶろうとしたところで、出し抜けに、ぐぅおおおおおお‼︎ と腹の底に響く大きな音が、俺とメアの耳をぐらりと揺らした。


「チッ! 一時休戦よ!」


 メアは忌々しげに、舌打ちをすると、手のひらで揺らめいていた炎の塊を瞬時に消散させる。


「お、おう……。ところで、このデカい音はなんなんだ?」


 急死に一生を得たような気持ちになりながら、おずおずとメアに訊ねる。


「あいつのいびきよ……」


 硬い声を出すメアに、確認するように再び質問する。


「あいつって……邪竜か?」


「邪竜以外に、誰がいるって言うの?」


 メアは苛立ち混じりに、そう言うと、「やっぱり酔い潰れて爆睡しているのは、間違いなさそうね! 急ぎましょう! やつが起きる前に!」と矢継ぎ早に言葉を口にした。


 それから、口を閉じるやいなや、疾駆するウサギの如き速さで、一目散にくだり勾配の道を駆けおりていく。


「あ、待てよ!」


 俺はそんなメアに遅れを取らぬよう、懸命に、足を動かし、あとを追いかけた。

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