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第二十七話 ラミアアンドナーガ対鬼型ゴーレム

 大木のような太い脚の間を覗くと、目を白黒させ、あんぐり口を開けるナーガと、その傍らで、口を押さえて震えあがるラミアの姿が認められた。


 そんな彼らの目の前に立ちはだかるのは、五メートルを優に超える巨躯を誇る鬼の風貌をした、魔法の水で構成されたゴーレム——ウォーターゴーレムである。


 そのゴーレムの頭部からは、一振りのフランベルジュを思わせる角が、さながら宙を突き刺すかのように生えており、それがガス灯のように幽玄な青白い光を放っている。


 俺と二体の怪物の板挟みにされるこの鬼のような怪物は『水鬼』と呼ばれる伝説級のモンスターで、たった今しがた俺が魔方陣を用いて召喚した俗に召喚獣と言われる俺の手下のようなものである。


 何ゆえ、こんな見るからに恐ろしいモンスターを召喚したのかというと、それはもちろん、水鬼の向こう側で凍りつくナーガとラミアを退治するためである。


 この鬼型ウォーターゴーレム——水鬼が魔方陣から姿を現す間、ラミアとナーガは恐慌状態に陥りながら叫び声をあげていたのだが、水鬼が完全に姿を現すと、諦めたかのように、叫ぶのをやめてしまった。


 ちなみに、水鬼は、かの有名な先代の『水の魔王』が過去に創り出した伝説級のゴーレムであるらしい。


 まあそのかの有名な魔王が誰であるかということは、俺もぶっちゃけわからないのだが、それは今はいいとしよう。


 何しろ、まずはあの二体の愚かな怪物——敵を退治することが焦眉の急だからだ。


 そのようなことを思っていると、俺の思いが通じたかのように、怪物たちと俺の間に堂々と介在する水鬼がゆっくりと俺の方へと半身で振り返る。


 俺を目にした途端、水鬼の恐ろしい鬼面が笑み崩れる。


 な、なんて恐ろしい笑顔だろう……。


 恐怖を禁じ得ないその笑顔を見て、顔が引きつるのを感覚した俺は、胸中でそう述懐しながら、水鬼をマジマジと見据える。


 と、水鬼が牛歩が如き、緩慢な動きで口を動かし、切れ切れに言葉を口にする。


「ご主人……さ……ま。……ご……命令を……」


 それは聞き覚えのある台詞だった。


 その台詞が耳を掠めた刹那、今こそ、召喚獣を操るとき! という思いがにわかに念頭に去来し、続いて早くしないと水鮫のように時間が来て、ゲームオーバーになりかねない! という思いが去来した。


 脳裏で交錯するそれらの思いに突き動かされるように、自然と口が動き、気がついたときには、俺の喉の奥から命令が飛び出していた。


「水鬼! あの怪物たちをぶっ飛ばしてくれ!」


 指を勢いよく前方に指しながら紡いだ俺の命令に、おもむろに水鬼が首をコクコクと数回縦に振ると、出し抜けに爛々と輝く双眸に烈火のような色を灯して、ゆるゆると前に向き直る。


 すると急に、空気がピリピリとしたものからチクチクとしたものに変貌を遂げた。


 召喚主の俺ですら気を抜いたら意識を持っていかれるような恐怖を、俺の本能が鋭敏に察知する。


 そうして、水鬼の後頭部を仰ぎ見ていた俺が、ややあって我に返ると、ふとラミアとナーガの様子が気になった。


 即座に水鬼の両脚の空隙に視線を通して見ると、二体の怪物はまごつくのをやめていた。


 彼らの目には、不退転の決意のような感情が宿っているように感じた。


 彼らの顔を見て、俺は彼らが戦って死ぬことを覚悟したように思えた。


 俺が黙考に耽るうちに、二体の怪物の姿が景色に溶け込むようにして掻き消えた。


「消えた!」


 俺の叫び声を聞いて、前を向いたまま水鬼がとつとつと言葉を零す。


「ご主人……さま……おります。透明……化……の術……です。ご安心……を……」


 それを聞いて、ナーガと遭遇したときに、やつが虚空からお化けのように忽然と現れたことを思い出す。


「……透明化の術か。……本当に大丈夫なのか?」


「も……ち……ろん」


 俺の問いに水鬼は短く返すと、ビュンという音を鳴らして、水鬼もラミアとナーガ同様に眼前から瞬く間にパッと姿を消した。


「透明化の術⁉︎」


 すぐに俺のその驚愕の叫びを否定するように、俺から十メートル以上離れた場所——ラミアとナーガがいた地点に水鬼が突然その姿を現す。


「瞬間移動か⁉︎」


 脳内を引っ掻き回して、そうピッタリの言葉を瞬時に吐き出す。


 だが、水鬼は言い募る俺には目もくれず、代わりに大きな左右の手で虚空を鷲掴みにする。


「ぐわあああああ‼︎」


「きゃあああああ‼︎」


 水鬼の動作に少し遅れて、悲鳴が汽笛の如く鳴り響き、それらの音が俺の耳を掠める。


 それらの叫びを聞いて、音の発生源だと思われる水鬼の両手に目を投げる。


 水鬼の両の手に……何かが握られているようだった。


 だが、その何かを見ることは叶わない。


 俺の胡乱な視線に気づいた水鬼が叱るような声を出して、両手に力を込める。


「お……おい! 姿を……現せ!」


「ぎゃああああああ‼︎」


「きゃああああああ‼︎」


 水鬼がそうすると、またぞろ苦しそうに悲鳴をあげながら、二体の怪物が再び姿を現した。


 透明化が解除され、水鬼の大きな手の中で、猛禽に捕らえられ、のたうつ蛇が如くナーガとラミアが暴れまわる。


 水鬼は暴れる二体に選ぶように交互に目を配ると、ほどなくして右手に握るナーガに目を留めた。


 とそのとき、やにわに、水鬼が右手を自身の頭よりも高くあげ、観覧車のようにその太い丸太のような腕をぐるぐる回し始めた。


 最初はゆっくりとした速さで回していた腕は、回数を重ねるごとに、徐々にその速度が加速していく。


 右手からはビュンビュンという風を切る音がして、その風切り音の間隙縫うようにナーガの叫び声が途切れ途切れで聞こえてくる。


 しかし、数分経過すると、そんな憐れなナーガの声も聞こえなくなった……。


 そんな折、唐突に水鬼が固く握りしめていた手を完全に緩める。


 そして、開かれた手の平から遠心力を受けたナーガが物凄い速度で飛び出し、ジェット機を彷彿とさせる凄まじい速度で森の木立の真上を飛翔する。


 それから、ほんの数秒で、ナーガの影は小さくなり、最終的には森を越え山を越えて遥か彼方に消えていってしまった。


 凄まじいその光景を目の当たりにして、水鬼の誇る膂力の凄まじさに肌が粟立つのを覚えながら、ぶっ飛ばすって別に遠くにぶん投げろって意味で言ったんじゃないんだけどなー、と瞑目しつつ考えて、心の中で、改めて日本語の難しさを噛み締める。


 そんな中、唐突にボンという爆発音が耳に届く。


 慌てて目を開いて、音の発生源を特定すべく筆のように視線を走らせる。


 と、水鬼の額からもくもくと煙があがっていることに気がついた。


 水鬼の左手に握られていたラミアが、魔法攻撃を放ったのだ。


 水鬼の握り拳からスタッフを握った手を出して、水鬼の顔に向けている。


「よくも……よくも……私の可愛い弟を‼︎」


 怨嗟の声をあげるラミアの涙ぐんだ目が、水鬼を鋭く睨み据える。


 しかし、憤る悪鬼羅刹のような目をしたラミアに、水鬼は平然とした態度で、無手の右の手をラミアに向かって伸ばすと、人差し指と親指で自身に向けられたスタッフをつまんで、木の枝を撓めるような具合でその魔法の触媒をへし折ってしまった。


 その一部始終を見ていたラミアの顔色が、一転怒りの紅蓮から瞬く間に、幽鬼を想起させる蒼白な色彩へと変容する。


 絶望の淵に突き落とさせれたかのような顔をして、金魚のように口をパクパクさせているラミアを、暫時眺めると、急にナーガにしたようにラミアを握るその手を緩慢な動きで水鬼が空高く伸ばしてみせる。


「い、いやぁ。……やめ……て」


 恐怖で硬くなった声で紡ぎ出されるラミアの懇願も虚しく、水鬼のたくましい腕が風車のようにしずしずと回転し始める。


 そうして、さっき同様、次第にその速度は上昇し、ラミアの悲鳴にも似た声はその上昇する速さに反比例するように尻すぼみに弱まり、最終的には、突然、静まり返る鈴虫のようにその声を潜めた。


 ビュンビュンという風を切る音だけが辺りに響く中、その風切り音が、やにわに俄雨のようにピタリと止まる。


 直後、水鬼の大きな手の中からぐったりしたラミアが怒涛の勢いでナーガとは反対方向に、空を切りながら飛んでいく。


 ナーガと同じく次第に小さくなるラミアの姿を見送る。そして、ラミアが遥か彼方に消えたのを認めた俺は、思いがけずポツリと呟く。


「たぶん……あれ……死んだな……」


 そう呟いた矢先、そんな所感を述べた俺の耳に水鬼の声が届く。


「ご……主人……さま……。完……了……致しました。次の……ご命令……を」


「うん……なんか思ってたのと違うけど……まあ……いいか……。ご苦労……水鬼……。あ! あと、何分活動できる? 教えてくれ!」


 なんだか名状し難いモヤモヤとした感情が胸中にみなぎるが、それを努めて無視して、水鬼にそう質問を投げかける。


「あ……と……一分半くらい……です……」


「そうか……ありがとう。……それで……次はいつ呼び出せる?」


 邪竜との戦闘のことを踏まえて、一応確認しておくことにした。


「今回の……労働……量ですと……三日後……には……召喚に……応じら……れ……ま……す」


「三日……長いな……」


 もしや、と思っていたが、このぶんじゃ、切り札なしで邪竜に挑むことになりそうだ……。


「ええ、瞬間……移動……空間系の魔法は……膨大な魔力を……使用……します……ので、どうし……ても……時間が……かかって……しまいます……。それと……ご主人さまはテイマーの……スキルを……所持していませんので……早急に……テイマーのスキルを獲得……すべきかと……愚考します」


「テイマーのスキルか……。水鮫も同じこと言ってたな……。わかった……ありがとう……もう大丈夫だ。休んでくれ!」


 俺がそう言うと、水鬼は満足げな顔をして小さくうなずき、「それ……では……失礼しま……す」と言って、ちょうど砂の城が波に一掃されるかのようにして崩れると、数瞬後には跡形もなく掻き消えてしまった。


 その一瞬後、その消失を見届けた俺に、凄まじい疲れが波浪のようにどっと押し寄せる。


 ついで、緊張の糸が切れたせいか、戦闘によって分泌されていたアドレナリンが切れたせいか、判然としないが、身体の至るところからさまざまな痛みが、湯水のようにとめどなく湧きあがってきた。


「い、いでぇぇぇ‼︎」


 辛抱堪らず、目をぎゅっと瞑って、勢いよくその場に尻餅をつく。


 そこであることをはたと思い出し、目を開き、叫ぶ。


「ポーション‼︎」


 そういえば、こんなときのためのポーションではないか! と俺はすぐさまブレザーのポケットをあさり、紫色の液体を湛えた小瓶をすかさず取り出す。


 その怪しげな液体で満たされた瓶を繁々と見つめて、おずおずと零す。


「ほ、ほんとうに……大丈夫だろな?」


 俺は暫し考えたあとで、ゴクリと唾を呑み込むと、「よーし、飲むぞ」と覚悟を口にした。


 それから、小瓶の蓋を外し、恐る恐る口をつけて、少しずつ経口摂取した。


 味がしない……。


 まるで、味のしないゼリーを飲んでるみたいだ……。


 喉越しが最高なのが、なんかむかつく……。


 そんな感想を抱きすくめながら、すぐにあることに気がつく。


 驚くべきことに、知らぬ間に、身体から痛みが、すっと消え失せていた。


「マジか⁉︎ すげぇ‼︎ 痛くなくなった!」


 ブレザーの袖やズボンの裾をめくりあげると、擦り傷だけでなく、無数にあったはずの痣の類いまでもが綺麗になくなっていた。


「ポーションすごいな! マジで!」


 そんな短い月並みな感想を口にして、改めて小瓶を見ると、飲み干したはずの紫色の液体がいつの間にか復活し、それが怪しい輝きを放っていた。


「マジかよ⁉︎」


 一瞬驚きの声を漏らすが、一日三回飲めるとかなんとかそんなことを言われたっけ、なと、かすかな記憶が脳中に蘇り、目の前の不可思議な出来事に納得する。


 そして、再び小瓶をブレザーのポケットに仕舞い込んで腰を浮かせて、「どっこいしょ!」と言って勢いよく立ちあがる。


 そうして、大きく伸びをしながら、戦闘によって木々が消失した焦土に視線を巡らせ、改めて戦闘の凄まじさを噛み締める。


「よく死ななかったな……俺」


 顔が引きつるのを感覚し、そんなことを独りごちながら、再度、森の木立が落とす影の中に足を踏み入れるべく歩みを進める。


 ひとまず、ナーガと遭遇した地点を目指すことにした。


 ナーガから逃げるために、広大なこの森を走り回った結果、よくわからない場所に来てしまったが、ナーガが切り倒した木々を目印に辿れば、迷子にならずに元いた場所へと辿り着けそうだ。


 あんなアクシデントがあった割に、不思議と冷静でいられる自分に関心しつつ、あることがまたしても脳裏をよぎる。


「これから……邪竜と戦わないといけないのか。……嫌だな〜。はぁ〜」


 将来邪竜と矛を交えることを思って、バイトに行きたくない学生みたいな呟きをしながら、大きな吐息を漏らす。


 ついで「早く家に帰りてぇ〜」とぼやいたところであるものが、視界に飛び込んでくる。


「こ、これは⁉︎」


 驚愕の声をあげる俺の両目に映るのは、大地に転がる巨大なハルバードだ。


「ナーガの落とし物だな。……たく」


 そうやれやれといった感じで呟きながら、ハルバードを足で転がす。


「……にしても、デカいハルバードだな? ちょっと持ってみるか……。よいしょっと」


 交通標識の二倍はありそうな、長さのハルバードを片手で握り、自慢の膂力で軽々と持ちあげる。


「一応、持てるには持てるんだが、扱うのは無理そうだな……。リーチが長すぎる……。そういえば、エンチャントは? 使えるのか?」


 そう言って、自身の剣と同じ要領で、ハルバードのグリップを二回、強く握り込む。


 そうすると、途端にハルバードの刀身に紅蓮と漆黒がない混ぜになったかのような炎が、メラメラと浮かびあがる。


「うわぁ! 出た!」


 目を瞬かせ、そんな声を漏らしながら、うねる炎を見据え、あることを思い出し呟く。


「できるのか……俺にも」


 俺はハルバードを両の手で持ち、「どりゃあ!」と叫びながら力いっぱいハルバードを真一文字に振り抜く。


 その刹那、刀身から、赤と黒を混ぜ合わせたような色合いの、魔法の斬撃が繰り出され、空を切り裂くようにして疾駆し、森の木立に届くか届かないのところで、それが忽ち雲散霧消する。


「できた……。でも、色的に、明らかに水魔法ではないよな今の……」


『しゃべる雲』曰く、俺は水魔法がなんでも使えるらしいのだが、ほかの属性の魔法が使えるかどうか、現在詳らかではない。


 だが、今しがたの斬撃を踏まえて、考えると、水以外の魔法も行使できそう気配だ。


 とりあえず、今度、水鮫にでも聞いてみようか……この世界の魔法事情について。


「よし! とにかく、このハルバードは今日から俺のものということにしよう! 仕舞えるかな……?」


 ハルバードを高く掲げ、そう呟いて、剣を仕舞うときの要領でイメージを膨らませる。


 と、瞬間、手のひらに吸い込まれるようにして、巨大なハルバードがたちどころにその姿を消す。


「できた! できた! マジで便利だな! よし! それじゃあ邪竜退治に行きますか!」


 人間型イベントリーに改造されたことに初めて喜びを覚えた俺は、邪竜が根城にしているという『オロチ山』の洞窟を目指すべく、焦土と化した森の円形の大地をすたすたと歩き去った。

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