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第二十六話 ラミア対鮫型ゴーレム

 焼け焦げた大地のど真ん中で立ち尽くす俺の視線は、吸い寄せられるように上空へと向けられていた。


 俺の目に映るのは、朗らかに晴れた大空をバックに矛を交える二体の怪物の姿だ。


 一体は半女半蛇の見目麗しい女の怪物で、手には錫杖のような銀のスタッフが握られており、そこから明らかに闇属性だと思われる紫色に輝く光弾を、飛礫のように休みなく撃ち放っている。


 一方で、女の怪物と相対するもう一体の怪物は、容赦なく撃ち放たれるおびただしい数の光弾を、縫うように遊泳し回避する空飛ぶ鮫型ゴーレムだ。


 そのゴーレムは、土ではなく魔法の輝く水によって構成されている。


 俺はそんな激しい空中戦を見守る傍ら、急いで魔方陣を展開させる。


 急ぐのには、もちろんきちんとした理由がある。


 それは、もうすぐ俺のために戦ってくれている件の鮫型ゴーレム——『水鮫』が消えてしまうからにほかならない。


 水鮫を呼び出してから、もうすぐ九分が経過する。


 水鮫いわく、どうやら召喚獣には活動時間に制限があるらしく、水鮫もその例に漏れず、あと一分も経たぬうち消えてしまうというのだ。


 水鮫が消えるということは、それすなわち、『誰か』が、ラミアと戦わなければならないということを意味する。


 そこで、その『誰か』を召喚すべく、こうしてせっせと魔法陣を展開しているというわけだ。


 もちろん、召喚獣を召喚せず自分で戦うという選択肢もあるにはあるが、あの水鮫と戦闘を繰り広げている女の怪物——『ラミア』は、これもまた水鮫いわく、なかなかの手練れであるらしく、また水鮫の言葉のニュアンスから戦闘初心者で怪力だけが取り柄の俺では、どうやら単体でラミアに勝つことは困難であるらしい。


 たしかに先ほどから伝説級のモンスターに分類される水鮫と一分以上渡り合っているところから、俺では到底太刀打ちできないであろうということは一目瞭然だったりする……。


「しっかし……凄まじいな〜」


 魔方陣を展開し終え、手持ち無沙汰になった俺はそんな所感を述べながら、空中戦を展開する両者へと交互に視線を走らせる。


 それから、ふと水鮫とナーガの戦闘を思い出す。


 水鮫とナーガの戦闘は、ものの数秒で決着がついていた。


 そのことを踏まえると、改めてあのラミアという怪物は手練れなのだろう、と考え、何気なく比較対象であるナーガに目を配る。


 すると……野辺の小石のように倒れていたはずのナーガが、いつの間にか忽然とその姿を消していた……。


「なぁ⁉︎ どこ行った⁇」


 驚きの声をあげながら、慌てて周囲を見渡す。


 とすぐに、早馬を思わせる速度を出しながら腹這いで疾駆するナーガの後ろ姿が目に留まった。


 ナーガの目指す方角には、激しい空中戦を繰り広げるラミアと水鮫がいる。


 ナーガは二体の真下付近に到達すると、俺との戦闘で見せた常人離れしたジャンプを繰り出す。


 ナーガは数十メートルほど上に飛びあがると、手を伸ばして水鮫の尻尾をがっしり掴んで、ぐいっと引っ張り、その動きを封じた。


 それから、雷鳴を連想させるほどの大きな声を出す。


「ねぇちゃん! 今だ! やれぇぇぇ‼︎」


 喉から絞り出された声に、ラミアが即座に反応して、スタッフを両手で握り、水鮫目がけて魔法を放つ。


「くらえええええええ‼︎」


 スタッフから放たれたのは巨大な紫紺の槍のような形状をした魔力の塊であった。それがドリルのように高速で回転し、一目散に水鮫へと肉薄する。


「あ、危ない‼︎」


 不意にそんな声が俺の口を突いて飛び出すが、もう遅い……。


 その魔力の塊が水鮫にぶつかる直前、無意識的に斜め横に顔を逸らして目を背ける。


 そうして、数瞬後、彼らのいるであろう方向へおずおずとその視線を動かす。


 そうすると、目に映り込んできたのは、水飛沫と化して消える……水鮫の姿であった。


 やられたのか⁉︎


 そう一瞬思ったが、力なく地面に落下するナーガに目を留めることなく、驚いたように固まるラミアの様子から、水鮫がやられたのではなく時間切れで雲散霧消したことを察知する。


 一方、ラミアは硬く焼け焦げた地面に吸い込まれつつある男の怪物——自身の弟に気がつくと、「ナーガ‼︎」と叫んで魔法を発動させた。


 掲げた銀のスタッフから模糊たる紫の靄が放たれ、瞬時にその靄がナーガの巨体を風呂敷のように押し包む。


 直後、その光景を認めたラミアがそっと胸を撫でおろす……。が、見えない……。


 様子を窺ううちに、俺の熱い視線に気がついたのか、ブルッと身震いしたラミアと不意に視線がぶつかる。


 まるでパンをくわえたヒロインとラノベ主人公が不意にぶつかるかの如く視線が衝突した。


 露骨に嫌そうな顔をするラミアが、落下する羽根のように地面に舞い降りる。


 そして、スタッフを振って、ナーガを包む靄を自身のすぐそばまで移動させると、にわかにその魔法の靄が消散した。


 とすかさず、大地を背に気絶しているナーガに、今度は別の魔法を行使する。


 スタッフから新緑を彷彿させる緑色の光が放たれ、その光が瞬く間にナーガの総身に宿る。


 と見る間に、気絶していたはずのナーガが出し抜けに目を覚ます。


 どうやら回復魔法の類いを行使したらしい。


 厄介に思いながら、不死鳥の如く復活を果したナーガを見据える。


 ナーガは、おもむろに上体を起こして大きく伸びをすると、ラミアに目を投げて、口を開く。


 そのまま会話する二体の怪物を見ながら、右腕だけ動かし、恐る恐る展開した魔方陣に手を載せる。


 そうして、二体の怪物が姉弟水入らずで会話する微笑ましい姿をジーッと凝視するが、楽しげに談笑する二体の怪物はこちらに一瞥もくれずに、まるで俺なんか最初からいなかったかのような様子でいる。


 そんな様子の彼らに痺れを切らした俺は、彼らに聞こえるように、左手の拳を口に添えて、大仰にゴホンと咳払いをする。


 瞬間、焦土と化した森の大地の空気を揺らすように俺の咳がこだまする。


 すると、ハッとした様子で、何か思い出したかのような表情を浮かべた二体の怪物が、ようやくこちらに視線を向ける。


 二体の怪物の目は皿のように丸くなっていた。


 ややあって、泣きそうな想いに駆られた俺が「嘘だろ……」と零すと、やにわに笑声が俺の耳朶を掠めた。


 その音の発生源はラミアだった。


 勝ち誇ったかのような表情を浮かべるラミアがそこにいた。


 そんなラミアを見ていたナーガも姉を真似るように、あけすけに勝利の微笑を浮かべる。


 まったく……愚かなやつらだ。


 俺はそう思いながら、眦を袖で拭うと、しずしずと左の人差し指で魔方陣を指差す。


 俺のジェスチャーに気づいたラミアが、俺の指が差し示す方へとゆっくり目を動かす。


 次の瞬間、山の天気にようにラミアの表情が途端に崩れる。


 そうして、何か恐ろしいことを思い出したかのように自分自身を掻き抱き慄く。


 その美しい満面に蒼白な色を湛えるラミアを見て、ナーガが慌てるように困惑する。


 ラミアだけが、そういう感知能力を有しているのだろうか?


 そんなことを思いながらも、即座にポツリと「水鬼」と呟く。


 そして、巨大化し始める魔方陣から例の如く抜け出すべく、ラミアとナーガに背を向け爆走する。


 十メートルちょっと走ったところで背後を顧みると、涙を流しながらガタガタ震えるラミアと巨大化した魔方陣を見て、何かを思い出したかのように目を見張って自身の髪を引っ張るナーガが目に届く。


 ラミアとナーガの大きなリアクションに若干引きつつ、目の前の魔方陣から這い出る鬼型のウォーターゴーレムを見やる。


 俺はそのとき、不意に余裕ぶっこいていた相手を絶望の淵に突き落とせたことに愉悦を覚える自分に気がつき、ラノベ主人公よろしく、やれやれといったふうに鷹揚な態度で肩を竦めるのだった。

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