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第二十二話 邪竜のプライド

 オロチ山洞窟最奥部。


 仄かに暗い洞窟内を支配する静けさを縫うようにして、松明のパチパチという快音が立て続けに鳴り、三体の怪物——邪竜、ラミア、ナーガの耳桗を間断なく振動させる。


 洞窟の壁面に、均等に設えられた松明の火明りが照らし出すそれらの怪物たちの顔つきは、真剣そのものだ。


 怪物たちの視線の先には、薄紫色の水晶玉があり、そこに映し出されている光景に、怪物たちは神経を集中させていた。


 怪物たちの個々の瞳に映じるのは、剣を握る黒い髪を生やした少年の姿だ。


 その少年の姿を目に留めて、邪竜は、内心、はてな? と思った。


 その黒髪の少年は奇妙な衣装を纏っていて、なぜだか靴を履いていなかった。


 それからほどなくして、邪竜が口火を切った。


「それにしても奇天烈な格好だ……。あの服装はどこの国の衣装なんだ?」


 邪竜の疑問に、半女半蛇の怪物『ラミア』が応える。


「そうですね……。申し訳ありません。邪竜さま。私も見たことのない服装です……。どことなく貴族たちに仕える従者たちが着ている服に似ている気がするのですが……」


「そうか……。あと、あの手に握られているのは剣か? あのわっぱは剣士なのか? だが、剣を扱えるほどの筋力はなさそうだが……?」


 ラミアの言にそう短く呟くと、腕組みをして、再び呻くように邪竜が疑問を呈する。


 再びポツポツと湧きあがり、邪竜の両唇から零れた疑問に、今度は半男半蛇の怪物『ナーガ』が応える。


「剣士にしては……ガリガリで……ヒョロヒョロだと思う……ですだ……。邪竜さま」


 ナーガの所感に、邪竜が同意するように言葉を発する。


「俺さまも同意見だ……。まったく、このわっぱ……いったい何も——、なんだ今度は⁉︎」


 邪竜が出し抜けに調子はずれな声をあげ、食い入るように水晶玉に顔面を近づける。


「指先に……魔法陣? やつは剣士ではなく、魔法使いなのか? いや、魔剣士というやつか? 珍しい……」


 ペラペラと自身の考えを口にする邪竜に、ラミアが鈴を転がすような声をかける。


「あの魔法は、上級魔法『ウォーターバレット』だと思われます! 邪竜さま!」


 その言葉に邪竜が一瞬声を失うと、瞬時にラミアとナーガのいる方に目を向け言い募る。


「上級魔法だと⁉︎ つまり、中々の使い手ということか……。だが、あの程度の能力ならナーガだけでも大丈夫そうだな……。ナーガよあやつと戦えるか?」


 邪竜の問いかけに、ナーガは破顔すると、ハルバードを強く握って口を開く。


「もちろん……ですだ……。邪竜さま!」


 とつとつと紡がれたナーガの返答に邪竜は小さくうなずくと、ゆるゆるとラミアの顔に目を据えて、仰々しい口調で命令をくだした。


「よし! では! ラミアよ! 長老にあのわっぱが村を訪れたら、森へ誘導するように伝えるんだ!」


 それは、少年が『ヒュドラ村』に用があるに違いない、との判断からくだした命令だった。


 それは、『エルフ大草原』に、エルフたちの暮らす村しか見所がない、という知識に基づく至極真っ当な憶測に依拠して紡がれた命令だった。


「はい! かしこまりました! 邪竜さま!」


 ラミアは一際大きな声で返事をすると、錫杖のような銀製のスタッフを握り決意をその均整の取れた満面に湛える。


 そんなラミアを見据える邪竜が、ふとあることを閃き、その稲光のように閃いた考えを電撃的に口に出し、ラミアに聞かせる。


「それと、長老には協力した暁に、支配からの解放を約束する、と伝えておいてくれ!」


 その言葉を聞いたラミアは数秒呆けたような顔をすると、言い淀みながら邪竜に訊ねる。


「よ、よろしいんですか?」


 邪竜は一瞬目を伏せると、おもむろにククと笑いながら顔をあげ、人差し指を立て、ラミアに目を注いだ。


「ああ、というのも……」


 支配からの解放を条件にするという甘い嘘をつくことで、あの浅ましい長老のモチベーションをあげ、今回の捕食作戦の成功確率をあげる、という思惑をラミアにつぶさに説明しようとしたところで、グサリと出し抜けにナーガの横槍が入る。


「邪竜さま!」


 唐突に話を遮られたことに、少々苛立ちを覚えつつ、邪竜がナーガに問いかける。


「なんだ⁉︎」


「何かしてる……ですだ!」


 ナーガの言葉を聞き、ナーガが指差す先、水晶玉に映る光景に目を凝らし、堪らず邪竜が大音声で叫ぶ。


「何⁉︎ 巨大な魔法陣⁉︎ どういうことだ⁉︎ やつは超級魔法の使い手のはずじゃ⁉︎」


 邪竜がそんなふうに色めき立つさなか、突如としてその巨大な魔法陣から巨大な右手が出現し、やにわに洞窟内が水を打ったように一瞬静まり返る。


 すると、すぐにその静寂をぶち破るように、怨嗟と敵意とが交錯した声があたかも百雷が如く洞窟内にぶち撒けられた。


「「「シャァァァァァァ‼︎」」」


 示し合わせたかのように鋭い目と牙を剥いて蛇のような威嚇音を立てる怪物たち。


 水晶玉に映る魔法陣から這い出る巨大な右手を睨み据え、視神経を伝わってくる情報に本能的に身を固くする。


 そんなさなか、右手に続いて魔法陣から左手が這い出してきたところで、突然、パリンという音が怪物たちの耳に届く。


 その音の正体は、水晶玉に亀裂が生じる音であった。


 水晶玉が割れたことで、洞窟内に響いていた威嚇音がたちどころに消失する。


 残されたのは恐ろしい表情をした怪物たち。


 怪物たちは各々我に返るように目を見張ると、即座に、一様に、気まずそうに目を伏せる。


 沈黙が流れ、ややあってその気まずいしじまをつんざき、仕切り直すように、邪竜がゴホンと大きく咳払いをして疑問を口にした。


「それで……今のはなんだ?」


 その問いに暗澹たる表情を浮かべたラミアが返事をする。


「わかりません。ですが、映しただけで……水晶玉が割れるだなんて……」


 その声音には、魔水晶を破壊するほどの魔力を持つ未知の存在に対する恐怖と不安の色が、ありありと滲んでいた。


「その……あれだ……水晶玉の予備はあるのか?」


 空恐ろしい気持ちを抱いているであろうラミアの様子を見兼ねた邪竜が、フォローするように言葉を詰まらせながら訊ねる。


「ありません。しかし、修復は可能です」


 ラミアの硬い声を聞いて、邪竜が柔らかい声で質問を続ける。


「そうか、どのくらいかかる?」


「二、三時間あれば……可能です」


 その答えを聞いて、ふぅーと一息ついた邪竜が、ラミアに新たな命令をくだす。


「よし! では、ラミアよ。魔水晶修復後、やつを監視しろ! そして、念話でやつの行動のすべてを逐一報告するんだ! それから、長老の件も忘れずに頼むぞ!」


「かしこまりました!」


 朗々たる声で紡ぎ出された邪竜の命令に、ラミアは表情を引き締めると、大きな声で承諾の返事をした。


 そんなラミアを見て、邪竜はコクリとうなずくと、ラミアの横でじっとしているナーガに向き直り、右手を差し出して命令した。


「ナーガよ。武器をかせ」


「は、はいですだ!」


 邪竜はナーガからハルバードを受け取ると、目を瞑り、強く握り込む。そうして、呪文を滔々と呟く。


 邪竜が呪文を詠唱するにつれて、鷲掴みにされたハルバードに邪竜の魔力が蓄積されていく。


 それから、三分ほどの時間が経過し、邪竜の詠唱が完了する。


 詠唱を終えた邪竜は目を見開くと、邪竜の魔力の籠った、禍々しい魔法の光を宿したハルバードをナーガへと「受け取れ! ナーガよ!」と言って手渡した。


「ありがとうございますだ! 邪竜さま! ……ですが、よろしいのですだか?」


 邪竜にお礼の言葉を言いつつ、ナーガが心配そうに邪竜に声をかける。


「大丈夫だ……。お前が、やつを仕留めれば問題ない……。ナーガよ……お前ならできる……。俺さまは……お前を信じるぞ」


「あ、ありがたき幸せ……ですだ」


 疲労に満ちた声音でナーガに語りかける邪竜に、両手でハルバードを大切そうに捧げ持ったナーガが深々とこうべを垂れる。


「……」


 邪竜は、ハルバートを見て、まるで少年のように微笑むナーガを、無言で見つめながら、即刻逃げ出したい気持ちに駆られていた。


 姿を映すだけで、しかも全身も映さずに魔水晶を割るほどの召喚獣を見せつけられて、邪竜は恐怖していたのだ。


 その恐怖はかつて邪竜が封印される直前に感じた恐怖に酷似している、と邪竜は感覚していた。


 数百年以上巨岩の真下に封印されたことで、魔力を大幅に失い、自慢の不死というチートスキルも機能しなくなってしまった今の邪竜には自信がなかった。


 不死身という能力に胡座を掻いていた昔の自分を、殴りたい衝動に駆られ、邪竜が思わず鋭い牙で唇の裏側を噛み締める。


 そして、邪竜はナーガがあの少年に勝てるとは到底、考えてはいないかった。


 理由は明白で、今使役しているラミアとナーガが弱い個体だからだった。


 魔力がほとんどない邪竜がギリギリ召喚することのできたのが、目の前のラミアとナーガであり、あの絶対的な強者だと思われる少年に微強化したナーガをぶつけるのも、瓢箪から駒が出ればいいな、という思いからであった。


 本当なら逃げることこそが賢明な判断である、と邪竜は自覚しつつも、邪竜のわずかに生き残った小さなプライドが、その逃げるという選択を許可しなかった。


 とにかく、今はあの少年にラミアとナーガを仕向け、できる限り少年を弱らせ、その隙を突いてとどめを刺すしかない、というのが、現在の邪竜が持つ唯一の選択肢なのであった。


 また、邪竜はこうも考えていた。


 実はすべて何かの間違いであり、実はあの少年は見た目どおり本当は強くないのかもしれない、と。


 それは、明らかな現実逃避であったが、邪竜は、その希望を寄る辺にしなければならなかった。


 そうして、そんな一縷の希望を胸に、邪竜は不承不承行動を開始するのであった。

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