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第十九話 邪竜

 長老の話を聞き始めてから一時間以上が経過した。


 その時間をかけて滔々と語られた話の中で、過去『邪竜』とその眷属が、かつてこの茫漠たる平原に点在していた『エルフ族』の村々のほとんどを破壊し尽くしたこと、長老が幼き頃、過ごしていた村も例外なく破壊され命からがら逃げ出したこと、村を追われた異なるエルフ族が手を取り合い『討伐隊』なるものを発足して邪竜たちに立ち向かったこと、結局返り討ちにされ絶望の淵に立たされたこと、そして『大英雄』が絶望の淵からエルフ族を救い出してくれたこと、またここ『ヒュドラ村』がどのようにして誕生したのか、ということに至るまで、ほとんど強引に今この村で暮らすエルフ族の歴史について、一から懇切丁寧に頼んでもいないのに聞かされた。


 また、『ヒュドラ村』では、近接戦闘を得意とする緑髪のエルフ族と弓を扱うことに長けた金髪のエルフ族、手先が器用な銀髪のエルフ族が仲よく手を取り合って暮らしているというマジでどうでもいいことや、村に来る途中にあった大穴に巨岩で蓋をするかたちで邪竜が封印されていたということ、そうして、その封印が半年ほど前に、『トリックスター』と呼ばれる『偽の魔王』とやらによっていたずらに解かれてしまったということ、それから、その解き放たれた邪竜が村に赴き、広場にあった大英雄の像を破壊し、週一で生贄と供物を捧げるよう脅してきたことなど……本当に本当に多くの有難いお話を聞くことができた。


 長老の長話が終わった直後、俺は、やっと終わった〜、とカタルシスを感覚して喜びつつ、肝心なことをまだ教えてもらっていないことにふいと気がつくと、満足したような顔つきの長老に疑問を投げかけた。


「それで、その邪竜は今どこに?」


「これは失礼しました! 村から見える『オロチ山』の中腹にある洞窟に潜んでおります」


「そうですか……。では、わかりました。邪竜の討伐は任せてください」


「おお! ありがとうございます! 英雄さま‼︎」


 喜色満面で歓喜に打ち震える老人を見据えて思わず苦笑する。


 断りずらい雰囲気を醸し、長話によって神経を擦り減らし、邪竜討伐へと仕向けさせるこの手管。


 この爺さん只者ではないな。まるで、誘導されているかのようだ。


 そんな馬鹿げたことを思いながら、鹿爪らしい顔を作って長老の目をじっと見据える。


「ええ。それと、その英雄さまというのはやめてください……。あと、討伐に行く代わりに少々お願いがあるのですが……」


「はい! もちろんですじゃ! なんでもおっしゃってください! 勇者さま!」


 たしかに英雄ではなくなったが……まぁ悪気はないのだろう……たぶん……。


 俺はなかば諦めたようにふぅーと吐息すると、自分の足元を繁々見つつ、今自分に一番必要なものを要求すべく口を開く。


「その……何か履くものをいただけませんか?」


 俺の言葉を聞いて、一瞬だけ長老の目が丸くなり、間髪入れずに机の下を覗き込む。


 間もなく、納得したように長老はうなずくと、大仰な口調で言葉を口にする。


「おお! それなら丁度よいものがございます! 少々お持ちください!」


 長老はそう言って席を立ち、部屋の隅に置かれた宝箱風の木の箱を開けて中を探る。


 ややあって、その中から何かを取り出すと、無言でそれらを俺の目の前の机に並べた。


「こ……これは?」


「世にも珍しい白蛇の皮で作った皮サンダルになります! なんと! 金運アップ効果が付与された勇者さまに相応しい逸品となっております! どうぞお納めください!」


 通販で売られてるお金持ちになれる壺的なアイテムが、こっちの世界にも存在しているということに、内心驚きながら、その一対の皮サンダルを手に取る。


「あ……ありがとうございます。では、さっそく……」


 俺は木の椅子から立ちあがり、皮のサンダルをつっかけると、すかさず足元に視線をやる。


 すると、嗄れた明るい声が耳朶に届く。


「素晴らしい! よくお似合いですぞ! 履き心地はいかがですか?」


 迸るような長老の言葉に、気をよくした俺は「とてもいいです! ありがとうございます!」と感謝の言葉を告げると、すぐに脳髄に湧きあがった疑問を口にした。


「蛇皮なんて高価なものいただいていいんですか?」


 なんとなく疑問に思ったことをそうして長老に訊ねたところ、明るい笑顔を湛えていた長老の表情が靉靆としたものに突如として変化する。


「問題ありません……。蛇皮が我らの村が誇る名産品ですから、邪竜さえ討伐していただければまた沢山作れますので……」


「それはどういう……?」


 我知らず首を傾げた俺は、その疑問を解消すべく続けて質問をする。


 と、長老は表情をさらに曇らせ、弱々しく言葉を零し始めた。


「はい……実は村では、長年、近くの森に生息する蛇を捕まえて、食したり、その皮を使いさまざまな調度品や装飾品などを作り、山の反対側にある街道を通る商人たちと物々交換をして暮らしてまいりました。しかし、突然、あの憎っくき邪竜が現れ、やつの眷属である蛇を我々が獲ることを一切禁じました。その結果、商人との取り引きが今までのようにできなくなり、半年ほど前から徐々に、週に一度捧げる供物の負担も重なって、かなり深刻な食糧不足に陥りまして、村の空気も非常に険悪になっているというのが今の村——『ヒュドラ村』の現状なのです……」


 つまり、邪竜を討伐しないとかなりマズイということか……責任重過ぎない? ……嫌だなぁ。


「そうですか……。それは責任重大ですね……。わかりました! では、行ってきます!」


 そう言って内心とは裏腹に真面目腐った態度を取り繕って、長老宅をあとにしようとした俺の鼓膜をやにわに「勇者さま! これを持っていってください!」という長老の嗄れた声が揺さぶった。


「これは?」

 

 長老から手渡されたのは、透明な液体が入った小さな瓶だった。


「蛇が嫌がる薬です。この薬を身体や武器に塗れば、こちらから仕かけない限り蛇どもが寄ってくることはない便利な薬品になっております。『弱虫蛇の森』には、たくさんの蛇が生息しています。毒を持つ蛇はいませんが、噛まれたり巻きつかれたりすると、とても危険ですので、一応、何かのお役には立つと思いますからぜひお使いください!」


「それは助かります! では、今度こそ、行ってきます!」


 俺は小瓶をブレザーのポケットに仕舞い込むと、改めて長老宅をあとにしようとして足を動かす。


 そこで、またぞろ嗄れた声が耳に届く。


 今度はなんだ? と思いながら、目を長老へ向ける。


「ああ! お待ちください! お見送りさせてください! 勇者さま!」


 俺はやれやれといったふうに肩を竦めると、コクリと首肯してしぶしぶそれを承諾する。


 この老人が美少女だったらな〜、と心中でぼやき、長老宅の玄関口をくぐる。


 長老宅を出た俺は、そのまま長老とともに、長老宅の裏手にある『弱虫蛇の森』を目指して歩みを進めた。

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