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第十七話 エルフと大喧嘩してみた!

「エルフなめてんのか⁉︎」


 眼前で害意を剥き出しにする緑髪の、エルフらしきクリーチャたちは、華奢で色白という俺の中のエルフ像とはかけ離れた見てくれをしている。


「おめぇ! 俺らを睨みつけやがったな! おいごらぁ! エルフなめてんのかって訊いてんだなんか言えやごら⁉︎」


 激昂したスズメバチのように怒りを禁じ得ない様子のその村人たちに、言葉を失った俺は、恐慌をきたすことなく、努めて冷静に自分の置かれている状況を整理する。


 目睫に毎秒一ミリ単位で肉薄してくるのは、緑髪の……エルフ……らしきクリーチャー……というかエルフらしい……。


 肉食獣を彷彿させるオーラを纏ってはいるが、耳が悪魔のようにとんがっていること、端正な顔立ちをしていること、エルフを自称していることから、目の前の村人たちがエルフもしくはそれの近縁にあたる何かである、と判断する。


 しかし、エルフ的な何かである、と判断した反面、ゲームやアニメで得たエルフのイメージと乖離したその風体にギャップを感じ、思わず胸中で首を四十五度くらい傾ける。


 自分の頭の中に浮かぶエルフのイメージは、長く美しい金糸のような御髪や青玉のような碧眼を輝かせ、妖精のようなとんがった長い耳を持ち、白亜を思わせる白い肌の八頭身のスーパーモデルを想起させる華奢で均整の取れた体躯を有しているのだが……。


 三人組のエルフらしき村人たちは、俺が抱いていたイメージとはかなりかけ離れた風貌をしている……。


 肌は週五で日サロ通いをしているチャラ男を連想させる色合いで、肉体は真夏の海にいるナンパ師の如く鍛え抜かれており、厳しい日々の鍛錬がありありと目に浮かぶようだった。


 加えて、その気性の荒さが俺の首を、さらに四十五度傾ける。


 本来エルフとは、森に住み、穏やかで、争いを好まない叡智に富んだ種族である、と、プレイしたゲームや視聴したアニメで得た知識などから勝手にそう思い込んでいたが、どうやら違ったらしい。


 俺の顔から数センチ先に顔を近づけ、メンチを切るクリーチャーの目には、穏やかな色も叡智を思わせる色もなく、すべてを呑み込むマグマにも似たクレイジーな怒りの色がぐつぐつと煮えたぎっている。


 あなたは誰? 本当にエルフ? と訊ねてみたいところだが、このタイミングで変な地雷を踏んで、油を注いだ火の威力を爆発的に増大させる可能性を憂慮した叡智に富んだ俺は、顔近くね? と思いながら、相手の出方を慎重に窺う。


 俺に最も躙り寄っている群れのリーダーだと思しい緑髪——緑髪エーの左右の斜め後ろには、似たような見てくれの緑髪が二名、仁王立ちしながら阿形像と吽形像が如く俺を睥睨している。


 以前の俺なら、俺が何をしたって言うんだ! と泣き叫んで、マジックテープつきのドープな財布を手渡しているところだが、今回は違う。


 そうなんてったって、今の俺には力があるのだ。


 そんな圧倒的余裕から、自然と口元が綻ぶ。


 そして、そんな微かな表情の変化を敏感に察知した緑髪エーが、激怒した猛犬さながらに吠える。


「何がおかしいんだ⁉︎ なめんな! ごらぁ‼︎」


 怒号とともに緑髪エーの骨ばった大きな手が、俺の胸ぐらへと伸びる。


 至近距離で怒鳴られたことで、鼓膜にわずかにダメージを負った俺の中で何かがプツンと切れる。


 緑髪エーが胸ぐらを掴む直前、俺の右手が一陣の風を超える速度で動く。


 バシンという頬を叩く音が周囲に響き、緑髪エーの巨体が横へと真一文字に吹っ飛ぶ。


 吹っ飛ばされた緑髪エーの大きな身体は、ゴムボールよろしく、地面をバウンドしながら勢いよく転がると、そのまま十メートル以上進んだところで、原っぱの摩擦を受け、ようやく静止した。


 仰向けになって、気を失った緑髪エーの左頬には、くっきりと俺の右手の跡が赤々と浮かんでいた。


 その直後、転がる仲間を目で追っていた二人組の視線が、再び俺へと向けられる。


 大きく見開かれた二人の双眼には、俺が放った平手打ちの威力の凄まじさに対する困惑と恐怖の色が滲んでいた。


 ほどなくして、二人組のエルフはハッと我に返り、互いの顔を見交わすと、腰にさげていたショートソードを勢いよく抜き放ち、鋭い切先と視線を俺へ向けて叫ぶ。


「てめぇよくも‼︎」


「ぶっ殺してやる‼︎」


 怒号が耳朶に炸裂するが、なぜか今度は怒鳴られたことに対してではなく、刃物を向けられたことに対して、怒りが電撃的に湧きあがってきた。


 そのとき、急に二人組のうちの一人が、困惑したようにとつとつと言い募り、目を瞬かせた。


「なん……だ……なんなんだ⁉︎ てめぇの……その目は……⁉︎」


 困惑を湛えた声を耳にして、どす黒い怒りに侵食されつつあった脳に、にわかに疑問が一筋の光のように差し、若干冷静さを取り戻す。


 目ってなんだ? もしかして、俺のこの黒い瞳のことを言ってるのか? この世界では珍しい色なのだろうか?


 疑問がポツポツと泡沫のように湧出するが、目に映る剥き出しの刃が、即座にそれらの疑問を切り払う。


 そんな些細なことは後回しだ。


 まずは目の前の脅威をなんとかしないと……。


 俺はそう思うと同時に、問いかけに応じることもせず、無言で歩みをつかつかと進め距離を詰める。


「動くな‼︎」


「てめぇ‼︎」


 いきなり動き出した俺に警戒した様子の二人組は、ショートソードのグリップを鷲掴みにして怒声を発した。


 見ると、小刻みに揺り動かされる二本のショートソードは、それぞれがきらきらと外光を照り返していた。


 こいつら……びびってやがる。


 俺はふんと鼻で笑うと、自分の右手に立つ緑髪——緑髪ビーのショートソードに手伸ばす。


「てめぇ……何……を⁉︎」


 突然の不可解な行動にまごつく緑髪ビーのショートソードの剣身を、ゆっくりと人差し指と親指でつまむ。


 そして、捻るように指を動かすと、ショートソードが、最も簡単に折れ曲がった。


 緑髪ビーが、自分の剣の変わり果てた姿に、目をパチクリさせ、同時に、口をパクパクさせる。


 それから、ドンという鈍い音が四辺に轟く。


 俺の手刀が緑髪ビーのこめかみに炸裂した音である。


 緑髪エーに平手打ちをしたときよりも些か加減したことで、ゴムボールみたく吹っ飛ぶことはなく、ちょうど糸が切れた操り人形が如くその場に崩れ落ちる。


 続いて、カランカランと金属の小気味いい音が耳へと届く。


 その一部始終を見ていた緑髪——緑髪シーが、ショートソードを手から取り落としたのだ。


 慌ててショートソードを拾おうとする緑髪シーを、俺は見逃さなかった。


 野辺に転がるショートソードをすかさず蹴ってスライドさせると、瞬時に慌てふためく緑髪シーに飛びかかり、固い地面に勢いよく組み伏せる。


 そうしてから、仰臥した緑髪シーに馬乗りになると、目の前のエルフを威圧すべく蛇蝎を目にしたときのような目つきを意識して作る。


 その矢先、降り注ぐギラつく太陽のような炯々とした俺の視線を受け、たじろぐ緑髪シーの右目に、おもむろに手を伸ばす。


 これからしようとしていることに対して、不思議と罪悪感はなく、代わりに俺が俺じゃないような不思議な感じがした。


 そう感覚するさなか、水を差すように邪魔が入る。


「やめろ‼︎」という大声が俺の耳朶を強かに叩き、その声に続いて額に強い衝撃が走る。


 そして、顔を生温かい液体のようなものが伝う。


 その声がした方向に、目を投げると村の出入口には、騒ぎを聞きつけたであろう耳のとがった村の住人たちが、二、三十人、芋を洗うようにして立ち尽くしていた。


 住人たちの手にはそれぞれ小石のようなものが握られており、個々の瞳には敵意と恐怖の色が複雑に混ざり合い湛えられていた。


 だが、それらの烏合の衆の鋭い目が光るの中に、瞠目するように輝く一対の目があることに、はたと気がついた。


 その瞳の持ち主は、貫禄のある老人であった。


 長い仙人を喚起させる白んだ髭に、枯れ枝のように細い身体。


 明らかにほかの村人とは異なる身なりに、思わず目を奪われる。


 すると、その老人は垣を掻きわけるようにして前に進み出てきた。


 そうして、緑髪シーに馬乗りになる俺のすぐそばまでやってくると、出し抜けに身を低くして跪いた。


 その一連の行動に、村人たちがどよめき叫ぶ。


「長老さま! 何を⁉︎」


「長老さま! おやめください!」


 長老さまと呼ばれた老人は、そんな村人たちの叫びを遮るように声を震わせ言葉を紡ぐ。


「その怪力、そして黄金に輝く双眸、再び、我らを救いに来てくださったのですね?」


 涙を流しながら滔々と紡がれた言葉に、眉根が寄っていることを感覚しつつ、なんだ? 黄金に輝く双眸って? 俺の目の色は黒だぞ? と胸中で零す。


 見た目の貫禄とは裏腹に威厳ある長老ではなく、耄碌し過ぎたあれな老人か何かなのだろうか?


 俺は少しだけ、いたたまれない気持ちになって、現実から目を背けるように、視線を外すと、助けを求めるような視線を村人たちに送った。


 だが、敵意剥き出しの彼らが助けてくれるはずがない……。


 そんなはずない……。


 はずなのだが……。


 そんな村人たちが一転、今まで俺に向けられていた彼らの鋭い眼光がいつの間にか緩み、柔らかいものへと変貌を遂げていた。


 一縷の希望の光を見出した迷える子羊のような、希望に満ちた眼差しがそこにはあった。


 俺はゆっくりと緑髪シーから、離れて、立ちあがると、違和感を取り払うように額から垂れた液体を素手で拭う。


 それから、辺りをぐるりと見渡す。


 目に映じるのは、金壺眼から涙を流す老人に、きらきら目を輝かせる村人たち、加えて、目を白黒させ仰向けに転がる緑髪シーと、ぐるぐる目を回している緑髪ビーと緑髪エー……。


 そして、最後に血で汚れた自分の右の手の甲を見据え、呟く。


「マジで……どゆこと?」

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