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第十二話 召喚獣

 俺の目の前には、目に見えないはずの恐怖が、鮫の形を鎮座している……。


 というか、比喩とかではなく、本当に鮫が……鮫の形をしたゴーレムがいる……。


 どうしよう……マジで……。


 振り向いてしまったことを深く後悔し、目の両端に涙をいっぱい溜めながら、た、た……す……け……て……く……れ……と心中で助けを求める。


 声に出さないのは、目の前の鮫型ゴーレムを刺激しないためだ……。


 どう考えても、話の通じる相手ではない。


 鬼の形をしたウォーターゴーレムの水鬼は言葉を話したが、人に近い姿をした鬼が言葉を発するのはまだわかるとして、どう考えても鮫がしゃべれるはずがない。


 そう考えながら、どうすることもできずに、だらだらと汗を垂らす。


 何もできずにまごつく、無様な俺を認めて、面前の鮫型ウォーターゴーレムが耳まで裂けた口を動かし、涎だと思われる体液を口の端から、これでもかと思うくらい大量に垂らし、草の葺かれた大地に日溜まりのように光る水溜りを形成する。


 その光景を前にして、こっちも負けじと汗を、水溜りができるくらい、さらに垂らしてみせる。


 そんなさなか、出し抜けに驚くべきことが起こった。


 鮫型ウォーターゴーレムは、急に邪悪な笑みを、その凶悪な満面に湛えると、朝飯前だぜ、と言わんばかりに口をパクパク動かして、俺に食いかかろうと……することはなく、丁寧な物腰で、立て板に流麗な水を流すようにして言葉を紡ぎ出してきた。


「マスター! 水鮫と申します! どうぞお見知りおきを!」


「あ……はい……。これは、ご丁寧にどうも……」


 思いがけない海のハンターとは思えない荒々しさのカケラもない、丁寧かつ好青年のようなハキハキとした言葉遣いと声音に、言い淀みながら返事を返す。


 そうして、すかさず、瞠目して言い募る。


「しゃべんの⁉︎  それもそんな丁寧に⁉︎」


 俺の驚愕を内包した言葉を聞いた水鮫が首を傾げる……みたいな動作をして、吻と第一背鰭の間にぷかぷかと疑問符を浮かべる。


「それは……どういう?」


「どういうじゃなくてさ! おま、じゃなくて、水鮫は明らかに鮫じゃん! 普通しゃべらんやん鮫は! それに、さっき召喚したレプリカは俺を殺そうと……してきたから、俺、その水鮫に……食い殺されるのかと思ったんだ……」


 包み隠さず思ったことを打ち明けると、水鮫はニィッと喜色満面に鋭い歯を剥き出しにして、はははと声を出して笑った。


 その様子に、心ならずも戦慄していると、小刻みに慄く俺を尻目に、水鮫が明るい調子で言葉を口にする。


「マスターは面白い冗句を仰るんですね! さすが、私のご主人さまだ! ユーモアのセンスが抜群でいらっしゃる!」


 おぞましく笑いながらヨイショしてくる水鮫に、目を丸くしていると、水鮫が言葉を続ける。


「マスター! それでは、ご命令をどうぞ!」


 飛魚のように勢いよく飛び出した水鮫の言葉に、はっと我に返り、どぎまぎしながらも返事をする。


「あ、うん……。そうだな……。それじゃぁ……いくつか質問してもいいか?」


「もちろんですとも! なんでも仰ってください!」


 水鮫が発した温かみのある言葉を聞いて、途端に温かい何かが頬を伝う。


「マ……マスター? どうかなされましたか?」


 心配そうに訊ねる水鮫の目の前で鮫の目もはばからず、ブレザーの袖でグイグイと顔を拭いながら「ああ! 悪い! なんでもない!」と返事をする。


 それから、心中で、三度目の正直だ、と呟くと、両の手で両の頬を馬に拍車をかけるようにして叩いて、言葉を口にする。


「うーんと……」


 俺は口籠もりながら、訊きたいことを頭の中で整理する。


 すぐに訊ねることができないのは、まともに会話や質問ができるなんて、ほぼ期待していなかったからだ。 


「それじゃあ! 一つ目の質問!」


「はい! なんなりと!」


「召喚に関する質問なんだけど、その召喚っていうのは、普通、一体しか召喚できないもの……なのか? 複数体同時に、召喚できる方法があれば知りたいんだけど……」


 水鮫は俺の問いを受け、考える人のような難しい表情を一瞬だけすると、すぐに口元を綻ばせ、華やいだ表情をして、明るい説明口調で理路整然と答えを紡ぎ始めた。


「ええそうですね。サモナーのスキルを所持していない限り、基本的には二体もしくは二体以上同時に召喚して使役することは、不可能です。また、サモナーのスキルがない状態で、二体目以上のモンスターいわゆる召喚獣を召喚した場合、一体目に召喚した召喚獣の召喚はキャンセルされ、再度召喚しなければならなくなってしまいます。ですので、どうかお気をつけください」


 ……ということは、水鬼は召喚がキャンセルされたというだけで……死んではいないということなのか?


 まあとりあえず、水鬼が無事だということがわかって一安心、と言いたいところなんだが……。


 その……サ……サモナーのスキルってのは、いったいなんなんだ?


 サモナーのスキルという聞き覚えのない専門用語が出てきたことに、思わず眉間に皺を寄せる。


 水鮫が怖い鮫型ゴーレムではないことを知った俺は、その渋面を崩さずに質問を続ける。


「そのサモナーのスキルっていうのは、どこで獲得できるん……だ?」


 水鮫は、また考える人のような顔になり、そしてほどなくして今度はわかった人みたいな顔をする。


 きっと、ヒレではなくて手があれば、手のひらを拳でポンと叩いていたに違いない。


「それは……冒険者専用のギルドの受付で、モンスターを倒したときにギルドカードに自動的に貯まるスキルポイントを使用することで、獲得できた、と記憶しております」


 馬鹿みたいなことを考えていた俺の耳に水のように、続けざまに専門用語が注がれていく。


「そのスキル……ポイントってなんだ? あと、そのギルドカードってどこで手に入れるんだ?」

 

 小さい疑問符を頭上に、二、三個浮かべいるであろう俺は、若干まごまごしながらそう訊くと、そんなこともわからないのか? という邪険な態度は見せず、懇切丁寧にこっちの世界の自然の摂理を水鮫が説き始める。


「えーとですね。モンスターを倒しますと基本的に死骸と濃い紫色をした魂とに分離するのですが、分離したその魂は瞬く間にさまざまなものに姿を変えるんです。……ここまでよろしいですか?」


「お、おう……」


 魂があるという眉唾な事実に、驚きから一時的ではあるけれど、狐につままれたように目を見張って、これまた不思議なことに一時的にお以外の発音ができなくなる。


 そんな間抜けな顔つきをしているであろう俺とは打って変わって、水鮫の顔つきがやにわに真剣なものに変化する。


「それでは、話を続けます。ここから些か難しい話になりますので、よく聞いていてください。まず初めに肉体から分離した魂は、空気に触れることによって、さらに分離します。具体的には、赤色の魂と青色の魂に分離します」


「マジか……しかも、そんなに、分離するのか……」


「はいめちゃくちゃ分離します。それで、分離したうちの赤色の魂は、魔石やアイテムといった目に見えるものに、ランダムで姿を変えます」


「霊体が物体になるのか? ……しかもランダムで?」


「はい! 霊体が物体になります! ……しかもランダムです! それでもって、青色の魂は、経験値やスキルポイントなんかの目に見えないものに変化します!」


「それは——」


「もちろん、ランダムです!」


「そうか、やっぱりランダムか……」


 一体どういう原理でそうなるのだろうか?


 しかも、ランダムというところが、まるでゲームみたいだ。


 もしかして、俺は三次元の異世界ではなく、二次元のゲームの世界に転移してしまったのだろうか?


「それでですね……」


「う、うん。それで、それで?」


「……経験値の場合、そのままモンスターの近くにいた人物に吸収される性質があるんですけど……」


「……ん? ……なにそれ⁉︎ 魂だったものが身体に吸収されんの? 普通に怖くね? もし倒したモンスターに恨まれてたら……祟られたり呪われたりしそうで普通に嫌なんだけど‼︎」


「大丈夫です! 祟られたりしません! 呪われたりもしません! だから、怖くもありません! あとカロリーもゼロでヘルシーです‼︎  安心してください!」


「ゼロカロリーで……ヘルシーなのか⁉︎」


「ゼロカロリーで、ヘルシーです……」


「そうか……なら問題……ないな。たぶん……悪い続けてくれ」


 ツッコミどころ満載だが、今は一言一言呑み込むことに徹しよう。

 

 それで腹をくだすことになったら、そのときはそのときだ。


「それでは、続けます。次はスキルポイントについてです。スキルポイントの場合は、肉体ではなくギルドカードに吸収されます」


「……ギルドカードに?」


「ええ。ギルドカードに吸収されます。まぁ、正確に言えば、ギルドカードに埋め込まれているスキルポイントを、吸収する性質を持った魔石に吸収されます」


「そんな便利な性質の魔石が存在するのか?」


「ええ! ギルドに冒険者登録さえすれば、無料で手に入ります!」


「無料⁉︎ 」


「はい! 無料です! で、話を戻します! ギルドの受付にはその蓄積されたポイントを、スキルの獲得に利用するための独自の秘術を扱える受付係兼魔法使いのスタッフが常駐しています。ですからポイントが貯まったら、ご利用することを強くおすすめ致します!」


「つか、なんかポイントカードみたいだなそれ……」


「ポ……ポイント……なんです?」


「ああ、わりぃ……。なんでもない……。それで続きは?」


 ゼロカロリーとヘルシーは知ってるのに、ポイントカードは通じないのなんでなん? と訝しく思って眉を顰めながらも、そう言って話の続きを促す。


「失礼しました。とにかく、基本的にはギルドに登録して、カードを受け取り、モンスターを倒して、貯まったスキルポイントをギルドで利用するっていうのが、この世界での共通認識になっていたりします」


「じゃあ……スキルポイントを利用すれば、三体同時にクリーチャーを召喚して使役するスキルもゲットできるって認識でいいってことか?」


「そのとおりです。ちなみにですが、私を創った先代水の魔王さまは、私や水鬼を始めとした十体の伝説級のウォーターゴーレムを同時に操り、憎っくき火の魔王の総べる国を崩壊の一歩手前まで、追い込んだなんてことがありました……」


 どこか懐かしむような、在りし日に想いを馳せるかのような色を鮫の面に浮かべ、誇らしげに過去を述懐する水鮫の発した言に、さながら餌を発見した蛙のように堪らず飛びついてしまう。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 魔王が、水鮫、お前を創ったのか? あと、魔王って何体もいるもんなのか?」


「ええ! もちろん! 私をデザインしたのは、かの有名な先代の水の魔王さまです。今はご子息が水の魔王として水の魔王国を統治しておりますが、まあ先代には劣りますね……。どうしても……」

 

 嘆息混じりに水鮫が発した言葉に驚愕している俺を、その鋭い歯牙にかけることなく水鮫が言葉を続ける。


「あと、魔王という存在は、私が知る限り十体以上おられますね。強さはまちまちですが、そこら辺の冒険者や魔法使いでは、まず歯が立たないと断言できます。討伐ランクでいえば、全員が伝説級の化け物ばかりです」


「そ、そうなのか、魔王って一体だけじゃないし、しかも強いんだな……。ははは……わかった! ありがとう! 水鮫! あと、最後に一ついいか?」


「はい! 喜んで!」


 若干、頬を引きつらせながら訊ねる俺に、居酒屋の店員のような口調で水鮫が快く承諾する。


「召喚したクリーチャーは、その言い方はあれなんだけど、消すにはどうすればいいんだ?」


 水鮫に、『ピアノがすごく上手になりましたね!』や『ぶぶ漬けでももいかがでしょうか?』などといった、いわゆる、いけず言葉的な捉え方をされたら嫌だな〜、と思いながら、固唾を呑んでおずおずと答えを待ち構える。


 恐る恐る構える俺をよそに、水鮫はというと、鹿爪らしい探偵みたいな面持ちで、首を傾げる……ような動作をしている。


 そうして、暫くすると唐突に泡がパチンと弾けるみたいに、水鮫が表情を朗らかなものに変えると、幅の広いその喉を震わせる。


「『戻りなさい』や『消えなさい」、『おさがりなさい』というようなある種の別れを連想させるような言葉のあとに、召喚獣の名前をつけ加えれば消えます!」

 

 その答えを聞いて、不安が杞憂に終わったことを悟り、続いて疑問が氷解したことに満足している自分に気がつく。


 それから、早速インプットした知識をアウトプットする。


「なるほどな! わかった! ありがとう水鮫! じゃあさっそく……バイビー水鮫!」

 

 軽くお礼を言ってから、死語と化した別れの言葉を告げる。


「マスター! またの召喚をお待ちしております!」

 

 水鮫は柔らかい口ぶりでそう言うと、メイド喫茶の店員みたいに、ペコリと頭をさげる……ような動作をする。


 と見る間に、水鮫は、細かい水の飛沫と化して、空気に溶けるようにして消えてしまった。


 急に、場を領していた大きな存在感がなくなったことに、そっと胸を撫でおろした俺は、はぁーと大きく安堵の吐息をつく。


 それから、おもむろに視線を動かし、ハリケーンが過ぎ去ったあとみたいに、荒れた草原の一角を見据える。


 召喚獣の力というものの凄まじさを、まざまざ見せつける光景を前にして、ポツリと独り言を疑問系で誰に言うともなく口にする。


「改めて考えると……俺は、結構とんでもない力を手に入れてしまったのではないだろうか?」


 その言葉を発した直後、ある記憶が脳裏をよぎり、「いけねぇ。忘れるところだった……」と独りごつ。


 直後、俺は「ウォーター……ベール」と魔法名を切れ切れに呟くと、両腕で自分自身の身体を抱きしめるようにして、両肩に軽く手を置いた。


 そうしてから、つらつらと考えを口にした。 


 「魔法書に書かれていた説明だと、水のベールを纏うみたいなことが記述されていたから身体に触れながら詠唱すればいいのか? それとも、魔法陣の上に乗って詠唱すればいいのか? まあ、どっちも試してみよう。時間はたっぷりあるんだし……」


 魔法の使用方法に関する考察を、縷々述べた俺は、それから大きく深呼吸をする。


 そして、魔法を発動させるべく、声を張りあげた。


「ウォーターベール!」


 瞬間、足元にこれまたマンホール大の青白く光る魔法陣が展開され、続けて、吹き棒を勢いよく吹いたかの如く巨大で透明な泡が俺を押し包むようにして発生した。


 かと思うと急速にそれが縮小し、ピタリと身体に水に濡れた海パンみたいに密着した。


「ん? 成功か?」


 一瞬の出来事だったせいで、自分でも何が起きたのかイマイチ理解できなかったが、ツンツンと左の人差し指で右手をつついてみると、若干冷んやりとした、まるで水枕を指で小突いたときのような感触がそこにあった。


「なんか……心なし涼しい感じがするし、一応、成功した……らしいな……。たしかダメージを一回無効化するみたいな能力があるらしいけど、敵と戦わない限りはたしかめようがないしな……。そういえば、水鬼が死んだわけではないってことがわかったことだし、水鬼を召喚して、景気づけに一発殴ってもらうか? ……いや……失敗したら取り返しのつかないことになりそうだしやめておこう……」


 突如背筋に感じた寒気を振り払うように、ぶんぶんと頭を振り、これからどうするかを考える。


 俺は、数秒の沈黙のあと、何かの拍子に遠くを見据えた。


 見ると、遠くにポツンと何かがある。


 だが、小さな過ぎて真っ白な点にしか見えない。


 悪あがきをするみたいに目を細めて、再度凝視する。


 だが、距離がかなりあるせいで、見え……た!


「は⁉︎」


 驚きから声をあげ、目を擦りながら再度見る。


 再度目を投げると、遠くにあるそれはどう見ても、白い点にしか見えなかった。


「幻覚か?」


 そう疑問を口にするが、答えてくれる仲間はいない。


 孤独だ……。


 まあ何はともあれ、俺の双眼に映ったのは森に囲まれた山と、その前にポツンと佇立する真っ白な……ドームというか、輪郭が若干でこぼこしてたから巨大な岩だった……と思う。


 でも、岩にしては巨大すぎる気もする……。


 なんだったんだ?


 今のは?


 一瞬、目が双眼鏡に変身したか、刹那的に、千里眼を開眼したとしか思えないことが起きた。


「まあいいや……異世界あるあるかもしれんし……。とりあえず、あれがドームなのか? 岩なのか? をたしかめるついでに、あの山のある場所にでも行ってみますか……。魔王探さなきゃだけど、行くあてもないし……何か手がかりが見つかるかもしれんし……」


 俺はそう言って頭を軽く掻くと、大きく一歩足を踏み出した。


 草を踏み締める小気味のいい音が耳に届き、なぜだか胸がすっとした。


 目的地まで、かなり距離があるようだが、暇に飽かせて、ゆっくり歩いて行けばいい。


 そう、もう俺を縛るしがらみは、きっとここにはないのだから……。

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