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第十話 オリジナル対レプリカ

 つま先から頭の先まで、姿見で身だしなみをチェックするかの如く、レプリカに視線を這わせる。


 そっくりだ……。


 水でずぶ濡れなところに目を瞑りさせすれば、まさに二つに割った瓜くらいそっくりである。


 その再現性の高さを前にして、改めて魔法の凄さに感心した俺は、腕組みをして溜息を漏らす。


 そうしてから、「なぁ、ちょっといいか?」と口を切った。


 すると、レプリカは、片眉をあげて、なんだ? と言いたげな表情で小首を傾げた。


 どうやら、俺の言葉は理解できるらしい。


 そのことに、内心よかった〜、と安堵した俺は、敢然と質問を重ねることにした。


「お前って、水鬼みたいに言葉を話したりはできないのか?」


 レプリカを召喚してから、レプリカの観察を始めてから、約十分、レプリカは表情を微妙に変化させるだけで、一向に一言もしゃべろうとしなかった。


 そこで、ある疑念が頭に去来した。


 まず魔法書には、レプリカに関して、俺の七割分の能力を保有した水でできた複製体が召喚される、みたいなことが書かれていた。


 だから、俺はこう解釈した、俺より戦闘能力がわずかに劣った俺が召喚されるのだと……。


 しかし、どうやらそうではないらしかった。


 レプリカの今までの挙動が、それを言外に示していた。


 俺はレプリカのその挙動(眉を顰めたくなるような)を見て、朧げながら理解したのだ。


 七割を除く欠落した能力の三割に、良心という名の共感能力が含まれているということを。


 つまり、俺は、レプリカに反映される七割分の能力と反映されない三割分の能力が、戦闘能力だけを指しているのだと勝手に解釈していたのだ。


 今でも、水鬼を想うとわずかに心苦しくなり愁いに沈む俺に相反してレプリカはというと、けろっとしている……ような印象を受ける……。


 俺は人を小馬鹿にするのは大好きだが、良心があるからか、この十六年間、赤の他人に対して憐憫の情を催し、その赤の他人のために青筋を立てることも少なくはなかった……ような気がする……。


 まあ俺の良心というか共感能力の話は一先ず置いておくとして、今はその三割の中に言語を理解する能力や会話をする能力が含まれているかどうかを詳らかにしなければならない。


 一応、言葉を理解することはできるようだが、油断は禁物だ。


 もし、これからモンスターなんかの敵との戦闘を想定すれば、言葉を介して意思の疎通ができるに越したことはない。


 仮に、レプリカが言葉を話せない場合、野球のようにハンドサインで意思の伝達をすることになるのだろうが、凶悪なモンスターを前にそれができるとは到底思えない。


 たぶん、戦闘中、テンパって、手が震えちゃうから、普通に無理だと思う……。


 そんな凶悪なモンスターと対峙する身の毛もよ立つ場面を想像しながら、固唾を呑んでレプリカの返事を待つ。


 と、レプリカは唐突に真剣な表情になり、射るような視線を俺に向けてきた。


 にわかに向けられたチクリと刺すような視線に、思わずゴクリと生唾を呑み込む。


 それからほどなくして、遂にレプリカが、その俺によく似た口を開く。


「ご……ご主人さ……ま……。ど……どう……して……」


 一瞬、何を言われたか理解できず、「へ?」と呆けたような声をあげる。


 そうして、放心したように目と口を大きく開いた俺を目にして、レプリカの表情が目に見てわかるくらいに一変する。


 真剣な表情のペルソナが崩れ、にやにやと下卑た笑いを浮かべるレプリカがそこにいた。


「てめぇ‼︎ だから、てめぇは友だちがいねぇんだぁぁぁぁぁ‼︎」


 堪忍袋の緒が切れた俺は、レプリカの胸ぐらを掴んで言い募ったのだが、レプリカはというと、なんで怒ってるんですか? 勘弁してくださいよ、みたいな面持ちで、肩を竦めていた。


 そんなレプリカのなめた態度が油と化し、俺の怒りの炎がその火力を暴走させる……かと思いきや、ふとあることに気がつき、そのメラメラ燃えていた情動が急速に鎮火する。


 その気づいたことというのは、レプリカに吐きかけた暴言が俺に効果抜群であるということ。


 そして、俺の七割分の能力を保有するこのクソレプリカの性格の悪さが、俺の性格をベースに再現されているとするなら、オリジナルである俺はいったい? という肌が粟立つような気づきであり、その残酷な悟りが胃の腑に落ちたことで、急速に気力がなくなってしまった。


 悟ってしまった俺は力なく、レプリカの胸ぐらから手を放すと、踵を返して、とぼとぼと数メートルおぼつかない足取りで歩みを進める。


 それから、立ち止まって腰に手を当てると、どこまでも続く広大な草原に目を向ける。


 俺の心もこのくらい広ければなぁ〜、と現実から目を背けようとしたところで、「ふん」という嘲笑混じりの鼻で笑う音が聞こえたことで、即座に我に返る。


 直後、大きくブンブンと頭を左右に振って、身を翻して、再びレプリカに視線を向けると、鷹揚に腕組みをするレプリカが、目と鼻の先に堂々と突っ立っていた。


 俺はそんなレプリカ(俺のレプリカにもかかわらず)の、ちっぽけな俺を遥かに上回る、デカい態度を目の当たりにして、諦めたように嘆息混じりに言葉を口にする。


「わかったわかった……。もうわかったから……とりあえず話すことはできるんだな?」


 俺の言葉を耳にして、レプリカがコクリと首肯する。


「じゃあ、戦いの方はどうだ? 剣は? 剣は出せるのか? あと、魔法は? 魔法はどうなんだ?」


 立て続けにそう訊くと、レプリカは自身の右手に目を向ける。


 そうして、目を瞑り数秒してから急にカッと目を見開く。


 そうすると、レプリカの右手に『天の剣』にそっくりな剣が忽然としてその姿を現した。


 俺はその輝く刀身を目にして、「おー!」と感嘆の声をあげる。


 どうやら、俺のできることはほとんどできてしまうらしい……。


 それじゃあ……次は魔法だな。


 一応、チェックするだけしておこう……。


 そう考えレプリカを繁々見ると、レプリカは突然破顔し、不気味な笑みを口元に浮かべ、剣のレプリカとレプリカのオリジナルである俺の顔へ交互に視線を行き来させた。


 嫌な予感が胸中に兆して、瞬時に剣を取り出す。


 その刹那、レプリカは剣を強く握り込むと、疾風を思わせる速度で俺の間合いに入り込んで、剣を力いっぱい薙いでみせた。


 俺は慌てて剣で防御の体勢を取りながら、一歩後ろにさがって、その突然の攻撃を紙一重で回避する。


「何すんだ⁉︎ やめろ‼︎」


 レプリカは俺の叫び声を聞くと、俺から距離を取るように後方へと跳躍する。


 と見る間に、剣をグサリと草原に突き刺したかと思うと、左手をピストルの形にして、人差し指を俺へと向け、すかさず狙いを定めるように左目を閉じた。


「てめぇ……。冗談じゃ——」


 俺が最後まで言い切る前に、レプリカが高らかに叫ぶ。


「ウォーターバレット‼︎」


 レプリカの真っ直ぐに伸びた左人差し指の先に、淡く光る青く小さな魔法陣が展開され、バキューンという音を合図に水の魔力の塊が勢いよく放たれる。


「なぁ⁉︎」


 堪らず驚きの声をあげ、目を瞬いていると、慌てふためく俺など意に介さず、魔法の弾丸が、構えていた俺の剣に強か衝突した。


 その衝撃で、剣が俺の手から弾け飛び、何度も弧を描くコンパスのように回りながら中空を舞う。


 攻撃の衝撃を受けた俺は、そのままバランスを崩し、重力になされるがままに尻餅をつく。


 その光景を前に、焼けた餅に舌舐めずりをするように、待ってました、と言わんばかりの顔をしたレプリカが、目にも留まらぬ速さで駆け出し、俺を追い詰めるべく一気にその距離を詰めようとする。


 一方、俺はというと、周囲に目を配り、手から飛んでいった剣を探す。


 が、見つからない……。


 そうこうしている間に、目の前に影が差し、眼前に人影がいることに気がつく。


 そして、恐る恐るその俺によく似た人影——レプリカを仰ぎ見る。


 見るとレプリカはいつの間にか、手に握っていた剣の柄を逆手に持ち替えており、上段から俺を串刺しにしようとしていた。


 嘘だろ⁉︎ と心中で驚愕する俺の顔に、鋭い剣の切先が迫る。 


 無意識のうちに、両腕で頭部を覆い、強く両目を閉じる。


 もうダメだ! と心の中で叫び、嫌な想像を膨らませる。


 これから自分に起こるであろう最悪の事態が脳髄にまざまざと浮かびあがり、一筋の汗が額から頬へと流れ落ちる。


 しかし、最も簡単にその想像は裏切られた。


 どういうわけか、グサリという刃物が肉を裂く音が耳に届くことはなく、また血のニオイが鼻腔を突くこともなかった。


 ただただ重い沈黙が場を支配していた。


 どうしてだか……水を打ったように辺りは静かだった。


 俺はおずおずと、牛歩の速度で両瞼を持ちあげる。


 と、そこには見慣れた顔に、嫌な笑みを湛えるレプリカの姿があった。


 そうして、レプリカは笑顔もまま、こう呟いた。


「ご主人。ドッキリですよ。ふふふふふ」


 俺は豆鉄砲をくらった鳩のように目を見張ると、返す刀で肘鉄砲をくらったかのようにして後ろに倒れ込む。


 仰向けになった俺は、瞑目すると、鼻から息を吸って、口から深く息を吐き出した。


 それから、目を開くと、柔らかい口調で言葉を口にした。


「なーんだ。ドッキリか〜」


 そう言ってから、その数秒後、「ふざけんなああああああ‼︎」と怒号を飛ばして、勢いよく立ちあがった。


 そんな矢先、俺は腹立ち紛れに、またぞろ胸ぐらを掴もうとして、レプリカに猛然と詰め寄った。


 が、今度はレプリカの胸ぐらを掴むことが、どういうわけだかできなかった。


 そんな俺の胸中を、見透かすように、笑顔を湛えたレプリカは俺を濁った双眸で見つめていて、それらの面には顔を強張らせた俺が、油のように浮かんでいた。

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