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第一話 家に帰りたい

 ああああああああ〜だりいいいいいいいい〜。


 そう心の中で、大音声で間延びする声をあげる。


 何がだるいかって?


 そう授業だ。


 高校の授業は実に退屈だ。


 特に、第一志望ではない高校の授業は、実に実に退屈だ。


 俺は第一志望の高校に入学することできなかった。


 第一志望の高校に入学できなかったことで、俺のモチベーションはその潤いを完全に失い、砂漠のようにカラカラに干あがってしまっていた……。


 それが因で、死んだ魚の双眸と化した両眼に映るすべては、蜃気楼のように現実感がなく、どういうわけか俺を除くクラスメイトが全員馬鹿に見える始末で……まるで、決して覚めることのない悪い夢でも見ているような感じがしていた……。


 第一志望の高校に入学さえしていれば、こんなふうに目が濁ることも冷厳な現実にうなされることもなかっただろうし……第一志望の高校に入学できてさえいれば、俺に比肩するレベルの知的で素晴らしい仲間に囲まれて、理知的で素敵な彼女なんかできたりして、華やいだ青春を謳歌できていたはずなのに……どうしてこんなことになってしまったのだろう……?


 心中で、そんな考えてもしょうがないことを考え、悔恨に強かに打ちのめされて、死にたくなっていると、唐突に授業開始の合図でお馴染みのチャイムの音が鳴り、耳朶と心をぐらりと揺さぶった。まるで、突然耳を引っ張られたかのような心持ちがした。


 ちぃ! 授業か! 懲役五十分! ありがとうございます! と心の中で、毒づくようなぼやき声をあげながら、不承不承カバンから教科書とノートを取り出し、それらを机に整然と並べる。


 それから、いそいそと鞄から電子辞書を取り出し、それを机上にセットする。


 電子辞書を開くと、電源ボタンを押す前の画面には、莞爾と嫌な笑みを浮かべる俺の満面が映じてあった。


 今から行われるのは現代文の授業だ。


 が、俺には授業に真面目に臨む気も、ノートを取る気も毛頭ない。


 なぜなら、現代文なんてものは暗記科目でもなければ、勘でどうとでもなってしまうからだ。


 だから、ノートを取る必要はないし、現文のノートを取るやつを俺は心底見下している。


 心中で毅然とそんな極論を言い切り、電子辞書の電源ボタンを堂々と力強く押す。


 電子辞書は偉大だ! だって、小説が読めちゃう!


 便利なものだ。


 授業を真面目に受けているかのように偽装しつつ、読書に興じることができるなんて最高じゃね?


 他人が決めたストーリーより、自分で決めたストーリーの方が大事じゃね?


 人生は一度きりだしね☆


 俺は、否、この僕は凡庸なそこらのマ・ジ・メな高校生みたく敷かれたレールの上を走ることはしないのだよ☆


 そんなふうに胸の内で、自分自身を肯定するフレーズをいくつも紡ぎ出しながら、自己肯定感をかさ増ししつつ、今日読みたい、今読みたい小説のタイトルを品定めするべく目を細める。


 どうしようかな?


 どれにしようかな?


 心の中でポツポツとボソボソと呟いていると、ふと、『八岐大蛇』という単語が目に飛び込んできた。


 八岐大蛇の物語かぁ……。


 なんか漠然とした内容は知ってるんだけど、ちゃんと読んだことはなかった気がするな……。


 よし!


 今日はこの昔話でも読んでやるとするか!


 そう心中で偉そうに独りごちながら、そのタイトルを選択し、物語を読み始める。


 ふむふむ、『スサノオ』?


 なんかゲームとかで聞いたことがあるな……。


 へ〜『天の剣』っていう武器を使うのか?


 なんか特殊効果とかあるんかな?


 そんな魅力的なそれらの単語に厨二心をコチョコチョとくすぐられながら、半分くらい読み進めたところで出し抜けに名前を呼ばれる。


「や•く•も•た•つ•ひ•こ……夜雲龍彦! おい! 夜雲!」


 誰だ?


 ワシを呼ぶのは?


 何を隠そう。


 夜雲龍彦こそが我が真名。


 厨二なのに高一。


 そんな矛盾を抱え、人生という名の闇のロードを切り開く開拓者。


 そんな俺の名を気安く呼ぶ愚か者はいったいどこの誰だ?


 まったく、この俺が紡ぐこととなる狩り犬の如き冷酷無情な、そのそしりから逃れられるとゆめゆめ思うなよ! と胸中で想いながら、声のする方向、つまり前の方に目を向ける……とそこには筋骨隆々で、鬼のように恐ろしい顔をした男が、黒板の前で額に青筋を浮かべて、俺をギロリと睨み据えていた。


 現文の……オニザキ‼︎


 なぜ、お前がそこに⁉︎


 ……ああ、そういえば、今、現代文の授業だった(てへぺろ☆)。


 頭の中で、頭をコツンと小突き、ぺろっと舌を出すと、第二波がまさに怒涛の如く、俺の鼓膜をつんざくように襲いかかる。


「夜雲龍彦‼︎ 立て‼︎」


 大きな怒気の籠った声をぶつけられ、反射的に腰を浮かし、すっと即座に弾むように椅子から立ちあがる。


 肌がピリピリとひりつくような空気と、重々しい沈黙が教室を完全に領している……。


 しくった!


 そう思い、下唇の裏側を強く噛むが、後悔しても、もう遅い。


 今にも断頭台の鋭いギロチン(鋭い眼つきのオニザキ先生)が、俺の血を求めて動き出そうとしている……気がする。


 本能的に現実逃避するように、そんなくだらないことを考えながら、オニザキの鋭い視線に、目を白黒させ、たじろいでいると、オニザキが遂に口を開く。


「『廊下に立ってろ‼︎』と言いたいところだが、ご時世的にダメなので今回は不問とする。現代社会に感謝して真面目に授業受けろよ! じゃあ気を取り直して授業続けるぞ!」


「は、はい……。す、すみません……でした……」


 俺がおずおずと謝罪を口にすると、その切れ切れの声を皮切りに、教室中の至るところから笑いが起こる。


 ろくに口も聞いたことのないクラスメイトの笑声を耳にしながら、俺は冷や汗を垂らして、力なく椅子にしずしずとへたり込むように腰をかけた。


 恥ずかしいという感情と怖かったという感情が、胸裏で複雑に渦巻く。


 だりぃぃぃぃぃ‼︎


 学校イヤすぎいいいぃぃぃぃぃぃ‼︎


 早くお家に、家に帰りたいぃぃぃぃぃぃぃ‼︎


 性懲りもなく、心の中で忌々しげに、悲痛に絶叫し、俺は指で電子辞書を、パタリと閉じるのであった……。


 とほほ……。

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