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暴虐のかなたに一縷  作者: 猫屋敷 中吉
5/6

お客

 久々に風邪で一週間ほど寝込んでいました。投稿が遅くなりましたね、失礼しました。

 今年も気付けば年末も近くなり、いっそう寒くなって来ました。皆様もお身体をあったくして無理などせず、元気に過ごせますよう心からお願い致します。

 それでは、よろしくお願いします。


 暑っつい。


 ジンタンは顎先から滴る汗を手で弾くと、足元にトベンと寝そべる大きな鉄板を忌々しげに睨みつけた。


「だああっ! これって重機が必要なヤツ!」

「重機? はあ? そんなもん、どこにあるじゃバカモン。す〜、ぷは〜」


 近くにあった庭石に腰かけ、ジジイは呑気にタバコを吹かしてやがる。


「ほれ、なんじゃったかのう。お〜、そうだそうだ、ネコの原理があろう。重い物なんか、ネコの原理で一発じゃろ。す〜、ぷは〜」


 ネコ? ネコ、ネコ……タコ? タコ、ネコ、ネコの原理? あ〜、ネコの原理ね!


 暑さでジンタンの記憶も曖昧になっていた。


「了。ほんなら、一丁。ネコパワーでいっちゃるか!」


 俺は瓦礫の中からいい感じの鉄パイプを拾ってニヤリとする。爺さんの助言通り、ネコの原理を用いて最後の力を振り絞った。


「んにゃああああああああああっ!」


 クッソ重てぇ。

 血管がブチ切れそうだ。

 前髪から汗を撒き散らしてジンタンは巨大鉄板相手に奮闘する。


「ニャロメェェエエエエッ!」


 その甲斐あってか、ほんの少し、本当に少しづつ、鉄板は動いていく。


「ほれ、もっと気合いを入れんか! ……す〜、ぷは〜」


「キシャアアアアアアアアアアアアアッ!」


「ほれほれ、荷物移動は飛脚の十八番じゃろ!」

「飛脚じゃねぇ! ニコニコ運送だっ!」


 ジジイの適当な応援に苦言を呈し、怒りに任せて全身から余力を絞りだす。


 そして……。


「グヘェェ……」


 俺は全部のパワーを使い果たした。燃えかすのように膝から地面へと崩れ落ちた。


「ゼェ、ゼェ、ゼェ。……どうよ」


 尽力したジンタンの活躍で、やっと昇降機搬出口の全貌は明らかとなる。


「……センサーも無事じゃな。異常も無さそうじゃ。ふん、ふん、上出来じゃろ。す〜、ぷはぁ〜〜」


 カニ爺はしゃがんで搬出口の状態を確認。親指を立てて作業終了ばかりに、美味そうにタバコの紫煙を燻らす。


「……」


 なんかムカつく。

 つーかこのジジイ、何もしてねぇじゃん。


 ほっとくと呪い節が出そうな口をギュッと結ぶ。

 爺さんだからと年寄りだからと自分に言い聞かせるも。なんだろう、なんかモヤモヤする。


「カー、カー……」


 くすぶる気持ちを抱えつつ。

 俺はカラスの鳴き声に釣られて空を仰いだ。


「あ〜、西陽が目に沁みる……」


 水色だったはずの空は、いつの間にか赤く色づいていて。


「って。なんだよ、もう夕方じゃん。一日かかってんじゃん!」

「いや〜、大変じゃったのう。お互いに、お互いにのっ! ジンタンもお疲れちゃん。……す〜、ぷは〜」


 このジジイ。

 また庭石に腰掛け、涼しい顔で一仕事終えた感を醸してる爺さんは肩を揉んでいる。目を細めて満足気に鼻から煙を吐き出した。


「げほ、げほ……」


 でも、これだけは言いたい。

 俺の顔に目掛けて煙を吐くなや! イラつくんだよ!

 狂った主婦みたく受動喫煙云々でケンケンは言わんが、嫌煙家の俺にちょっとは気を使えやこのクソジジイ!


「ああ、もういいやっ! 作業終わりっ! もう疲れたから帰る!」


 ジンタンは八方美人だった。故に嫌われないよう文句も言えず、投げやりになる。


「ん〜〜。そうじゃな、帰るとするか」


 俺に便乗して火のついたタバコを携帯灰皿で揉み消し、爺さんは早々に帰り支度を始めた。


「さき行っとるぞ」

「おい、片付けぐらい手伝えや!」


 体力を使い果たしてヘロヘロの俺は、それでも搬出口周りをササッと片付け。

 悠々と歩いていくカニ爺の後をフラフラと追いかける。


「う〜〜、気持ち悪い。汗ヤバい……」


 じめったTシャツが体にヘバリつく。着替えたい。早くシャワーを浴びたい。


「同感じゃな。じゃが、ワシほどの風呂好きからすれば、暑かった日ほど熱々の湯船に浸かりたいものよのう」


 知らんがな。

 手すりに身を預けて、地下へと続く階段を爺さんと二人で下っていると。


「のう。ありゃあ、圭ちゃんじゃないか? どうしたんじゃ、こんな時間に……」

「……あん?」


 紛れもなく戸田さんだ。

 地下からパンプスの踵をカツカツと鳴らして、階段を駆け上がってくる。

 彼女はゆるふわパーマを一つにまとめて急いでいる様子だった。


 彼女の形相に鬼気迫るモノを感じて、思わず。


「どうかしました?」


 何事かと、すれ違いザマに問いかけてみると。


「はぁ、はぁ、はぁ。立川さん、私に付き合って……」


 頬を赤らめ、彼女は真剣な眼差しだ。


「付き合って……」


 熟考なんていらない。

 知的なオパーイ美人からの告白なんて夢のまた夢。年齢イコール独り身の俺は女子からの告白はいつだって。


「……はい」


 イエスのみ。


「ワシもか?」


 は? 

 何言ってんの、この爺さん。

 彼女はお前にじゃなく俺に。この俺に告白してきたんだぜ。

 枯れ線でも枯木みてぇなホンモンのジジイにコクるなんて、性癖ぶっ壊れて無い限り、まずねぇわ。


 やれやれとジンタンはマウント気味に爺さんを一笑する。


 緊迫した様子の戸田さんはカニ爺に鋭い視線を向けて。


「いえ。猿渡さんは下に降りてハルさんのお手伝いをお願いします」


「おし、分かった」


 ハルさん?  

 ん? なんか変だな? どゆこと?


「よっしゃ」と察しのいい爺さんは階段を降りていく。察しの悪い俺は『?』満載でキョトンだ。


「あのぅ、告白の件……」


「来客よ。もうすぐ夜になるから、今夜も昨夜の二の舞になるかも知れないの。そうなるとせっかく生き延びた彼等も餌食にされるかも。だから、立川さんも急いで」


 真顔の戸田さんはそれだけ告げると、白衣を翻して階段を登って行く。ひとりでポツンと取り残された俺は。


「……ハハ、勘違い。……急いでたから顔が赤かったのね。……だよなぁ、恥っず」


 ジンタンは顔から火が出るぐらいの羞恥心を抱く。


 とはいえ勘違いでも了承した手前、仕方なく小さくなる戸田さんの背中を追いかけることにした。



 暫くして。

 ガッチリと閉まり、何者も拒絶するような重々しい扉の前に俺らはいた。


 この施設の唯一とも言える外へのアクセスポイント。防壁トンネル内にある、東側の鉄扉の前だ。


「確か、この辺に手動式の開閉レバーがあったはずなんだけど……」


 照明も消え、薄暗い洞窟を思わせる防壁内部。スマホのライトを頼りに戸田さんは、アーチ状のトンネル内を手探りで手動用の装置を探している。


「……来客って、避難してきた人って事ですよね」

「そうよ。私達の他にも何とか生き延びた人がいたみたい……」


 質問ついでにもう一つ質問。


「あのぅ、この扉って壊れたんすか?」


 首が痛くなるぐらい馬鹿デカい扉を見上げる。


「いえ、壊れてないわ。正常に動くわよ。地下倉庫からボタンひとつでね」


 ニッコリする知的美人。


「……え? じゃあ、何で俺らはここにいんの?」


 だったらこんな回りくどい事すんなよ。素直にボタン押せよ。とも思うのは正常だよな。


「……電気の節約よ」

「……電気の節約。節、電?」


「そう、節電。この施設はいま予備電源で動いているのは貴方も知ってるでしょう」

「……はぁ」


「でも普段通りに電気を使っていたら、ディーゼル発電機の燃料が一日も持たない状態なの」


「……」


「地下水の汲み上げもそう、空気の循環も冷房もそう、調理場でお湯を沸かすのだって、この施設はすべて電気で賄っているの」


 マジか。電気のみって……。


「避難生活もいつまで続くか予想すら出来ない状況しょう。少しでも快適に過ごせるように必要な所だけに電気を送っている状態なのよ。だからアナログで、マンパワーで対処できる所は使用を制限せざるを得ないの」


 ダメ施設じゃん。尚更、ここを造ったヤツって馬鹿だろ。

 

 だってそうだろう。何かしらの災害や有事の際って大概、電気が真っ先にとまるじゃん。オール電化って一時は流行ったけど、あくまで一般家庭の範囲内だろ。

 リスク分散もせずにオール電気って……この施設、思ってたよりダメじゃんか。


 口をパクパクしながら、ジンタンは唖然とする。


「あったあった、コレね!」


 固まってる俺を気にも止めず、目的の物を見つけて戸田さんは喜声をあげた。

 彼女は壁に埋め込まれている装置の前に立ち、蓋を開けて備えつけの金具をセット。


「はい、立川さん。準備は出来たから、なるはやでお願いね ♪」


 背後にいた俺に振り向き、彼女は可愛いくパンッと手を合わせて懇願する。


「私、勉強は得意だけど力仕事はちょっと不得手で……。とにかく情報が欲しいの。だからお願い。彼等から街の様子とか秘境村の事とか聞きたいの。ねっ、だから立川さんの力を貸して!」

 

 彼女は丸眼鏡の下から潤んだ瞳で上目遣いだ。


 何この可愛い圧。


 しかもだ! 

 白衣の下に着用している白のブラウスから、な、な、なんと。

 拝んだ腕に挟まれて、窮屈そうな二つの果実が溢れそうで。それと底知れぬ深さの谷間も覗けて……。


 あざとい。

 そんなんされたら、俺じゃあ勝たん。

 だから、つい。


「……おいどんにまかせんしゃい!」


 鼻息を荒げ、胸まで叩いて、大見得を切ってしまった。


「いいの!?」

「……ま、まかせてくんさい!」


 九州男子さながらの男気を見せつける。

 本音を言えば、握力はゼロ、腕はプルプル、体力なんて等に底をついていた。男心を弄ぶ彼女から、薄ら寒い物を感じてしまうのは気のせいだろう。


 ああ、柔らかそうだなぁ、とか。

 あそこに顔を埋めたら気持ちいいんだろうなぁ、とか。


 男たるもの抗いようもない邪な妄想で奮い立ち、俺はマンキンで回転式の金具を掴む。


 そして──


「おりょりょりょりょりょ──っ!」


 空前絶後、超絶怒涛の勢いでレバーを回した。


 だがしかし。

 そう都合の良い話しはなくて、あっと言うまに息は切れる。


 だが負けないよ、俺は。

 すかさず戸田さんのお胸をチラ見、エロを補充して再度アタックだ。


「チラッ。試合は負けを認めなきゃ、負けじゃねぇんだよ!」


 すかさず戸田さんのお胸をチラ見、エロを補充して再度アタックだ。


「なろおおおあおおあおとたおあおおたっ!」


 俺の動きに反比例するかの如く、少しづつ、本当に少しづつ、このアホほどデカい鉄扉は開いて行く。


「チラッ、おりゃりゃりゃりゃりゃああっ! チラッ、にょにょにょおおおおおおっ!」


 ジンタンはラッキーエロパワーのみで、この難局を乗り切ろうとする。


 低速ギアで自転車のペダルを漕ぐように。

 小うるさいほど無限に回るハムスターくるくる玩具のように。

 ジンタンは欲望を糧に夢中でレバーを回し続けた。


 ややあり。


「ぜへ、ぜへ、ぐへ、戸田さん。もう、ゲロ吐きそうっス……オェ」


 荒い息の俺。

 マジだった。限界突破の蕩けた思考は、安っぽい男気を地面に叩きつけて本音を漏らす。


「じゃあ立川さん、もう平気かな? このぐらいでOKよ」


 およそ三分位だろう。

 永遠とも思える時間も、彼女のこの言葉で終止符を打たれた。


「ありがとう、助かったわ」

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ。こちらこそ。ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、どう致しま……おぷっ!」


 感謝などいらない。

 こちらこそと言いたいぐらい、彼女と俺はwin winの関係だ。

 吐きそうで手を振るのがやっとだったけど。


 膝に手をつき、死んだ目で扉を見ると。

 あんだけ頑張ったのに、鉄扉はひとが一人分しか通れん位にしか開いておらず。


「立川さん。これを口に当てて……」


 ボケた頭で言われるがまま、彼女から手渡された花柄のハンカチで口元を隠した。


「── っ狭! グググ〜! やった、抜けた! 恭ちゃん、恭ちゃんも早く来て!」


 ところてんみたく扉から押し出されるように出てきたのは、茶髪でおさげの地味な女子。続いて……。


「グ、グオオオ! っくは! 助かった!」


 ヘンテコな髪型になりながら、絞りだされるよう、狭い隙間から眼鏡男子だ。

 

 間髪入れず俺と同じく口にハンカチを当てている戸田さんは、手をくるくる回して扉を閉めろのサイン。


 客人は二人だけか。

 了解とばかりに無言で従い、鉄の扉を完全に閉めた。


「恭ちゃん!」

「りんりん!」


 抱き合う二人。

 女の脚には包帯が巻かれていた。

 必死で山の中を彷徨っていたのだろう。汚れたお揃いのピンクの作業着と、むき身の部分、手や脚なんかには細かな擦り傷も確認できる。


 しかし、なんだろコレ。


「チュ、チュ、チュ、ん〜、チュ、チュ、チュ……」

「……」

「……」


 見ているコッチが恥ずかしくなるぐらい、二人はチュッチュかチュッチュか、小鳥キスの応酬だ。


 ラブラブなのは構わん。

 だが、大人として最低限の礼儀があるだろ。まずは俺らに礼を言うのが先だろうが。


「……お前ら」

「……立川さん」


 笑いっぱなしの膝で、文句の一つでもと前に出たが。

 戸田さんは腕を伸ばして俺を制する。菩薩みたいな表情で首を振り、ゆっくりと口を開いた。


「お取り込み中、申し訳ないんですけど。……少し、よろしいですか?」


「……?」

「……?」


 二人の世界に浸っていた馬鹿ップルはポカンだ。

 そんな馬鹿面の二人に戸田さんはアルカイックスマイルで話しかける。


「え〜、貴方達にはウイルス感染の疑いがあります。そのため暫くの間、隔離監禁致します。一切の苦情は受け付けません。嫌ならお引き取り願います」


 有無も言わせず、彼女はこの二人に対して簡潔にキッパリと、施設内での行動を制限したんだ。



 場所は変わり、アルカ04の食堂。


「ズズ……。あ〜、うめぇ〜。緑茶が沁みるな〜」


 風呂上がりでパンイチの俺は、食堂の椅子にもたれて踏ん反り返っていた。

 お行儀悪くサチエ婆さんの淹れてくれた熱々のお茶をのんびりと啜っている。


「沁みる? 何よそれ、ジジくさいわね。はい、そんなジンタンお爺ちゃんには健康に良さげなコレも付けてあげる」


 ハルさんがドンと目の前のテーブルに置いたのは、いつものアレだ。

 皿いっぱいのおひたしだ。ほんのり苦くて酸っぱいだけのクソ不味い謎草。


「……」

「いま、ウゲッて思ったでしょ……」


 こんな時に限って鋭いハルさん。

 彼女の剣を孕んだ眼光に恐れ慄き、目を逸らす。


「……なんで、目を逸らすのよ」

「いや、なんとなく」


 彼女は職質のお巡りさんのように、見透かしてくる態度で覗き込んでくる。

 だが、彼女はすぐにプイッとそっぽを向き、俺はホッとしたんだが。


「……回収します」

「えっ! ちょっ、ちょっと! ほんのりじゃん、ほんのり嫌な顔しただけじゃん。体に良さそうな葉っぱご飯だよなぁ、食物繊維たっぷりでお通じの心配は無いや、ってそんぐらいしか思ってないよ!」


 彼女は皿ごと没収しやがる。

 腹ペコなのに溜まったもんじゃないと、俺は抗議の嵐だ。


「知ったこっちゃないわ。せっかく、わたしとお婆ちゃんが暑っいなか、頑張って摘んできた野草なのに……。文句のあるバカには食べる資格なんて無しよ!」


 ハルさんは冷ややかな瞳でピシャリと言い放つ。

 

 野草ったって、そこいら辺に生えてる雑草じゃねぇか! とも言い返したいが、ここはグッと我慢だ。


「……すみません。美味しいそうです。生意気な態度を取りました、すいません。お腹ペコペコリンです、ご飯ください」


 背に腹は変えられん。悪いと思ってないが、うわべだけで平に陳謝する。


 ジト〜と、また疑いの眼差しでハルさんは俺を見てくる。

 やんちゃなネコに睨まれたコメツキバッタの気分だ。ちょこんと座る俺は、居心地の悪い思いを耐え偲ぶ。


「ふん。……分かればよろしい」


 あくまで上から物を言ってくる彼女ではある。

 ドンと手荒く皿をテーブルに戻す仕草に若干のイラつきを覚えるが。まあ、いい。ここは我慢だ。


 そして今後は……。


「……ふぅ。ジンちゃんの洗濯物は空調の吹き出し口に干して置いたから。そうねぇ、あと一時間もすれば乾くと思うから……。あら、お邪魔だったかしら?」


 不明な気遣いをするのはサチエ婆さんが食堂に姿を見せた。


 お邪魔なんて全然。

 こいつと二人っきりで居るとストレスでハゲそうだから、むしろお婆ちゃんが居てくれた方が助かります。


 もちろん本人を目の前にして、口が裂けても言えない胸の呟き。


「それではごゆっくり〜」

「……ったく。お婆ちゃんったら」

「……」


 所在なさげに婆さんはそそくさとキッチンに隠れる。

 ハルさんは仏頂面でドカッと椅子に腰を落として。


「……それで、あの二人」

「……ああ、うん」


 やはり客人の事が気になるのだろう。


「……いえ。やっぱりいいわ」

「……」


 彼女の気持ちも分かる。

 気には成るが、もし感染してたとしたらたぶん。

『処分』か、良くて生きたサンプルとして『動物実験の対象』となるのだろう。


 相手は生きた人間だから、考えると結構キツい。

 名前を聴くと、話しを聴いてしまうと、どうしても情が湧いてしまう。

 でも、知ってしまったのに、見て見ぬフリで果たして最悪の結果となってしまっても、少しはマシで居られるのかな?


 らしくない位、彼女と小難しい顔をしていたら。

 すぐしない内に、疲れた様子の戸田さんも食堂に顔を出して。


「はあ〜〜。やっぱり秘境村はダメみたい」


 彼女は椅子に座ると開口一番に溜息と愚痴を溢す。


「ダメって、壊滅状態ってこと!?」


 秘境村はハルさんの第二の故郷。

 特別な場所の近況に、彼女はテーブルへと身を乗り出して食いつく。


 いままではおくびにも出さなかったが、彼女なり心配はしていたのだろう。かなりの動揺が見られる。


「あ、と……。ハルさん、監禁部屋の用意のこと、ありがとうね」

「そんな事はどうでもいいから、話しの続きを聞かせて!」


 ハルさんの圧に押される戸田さん。

 いつの間にかサチエ婆さんも戸田さんの前にお茶を置きテーブル席に着く。静かに話しを聞く体制をとった。


 はあ〜と、もう一度大きな溜息を吐いた戸田さんは一口お茶を啜り、重そうに口を開いた。


 戸田さんの話しをザックリとまとめるとこうだ。


 まず避難してきた若いカップルは現在、非常階段脇にある四畳半ほどの物置部屋に監禁中。

 当然、カードキーにより外から施錠されていて、自力では出られない状態である。


 話しの内容はこう。

 男の方は『佐伯 恭太郎』女の方は『佐伯 凛』

 半年前に結婚したばかりの新婚さんで、共に25歳なんだとか。


 もともと田舎暮らしに憧れていた夫婦は、国の地方交付金、つまりは秘境村の補助金に釣られ、脱東京を決意。この地で酪農業を始めたらしいと。


 そこら辺の事情はどうでもいい。

 夫婦の話しは支離滅裂で結局は、自分等が逃げ出すことで精一杯だったと言いたいらしい。

 で、生存者、要は非感染者らしき存在を確認する余裕なんて無かったんだと。


 集落から離れた場所で酪農業を営んでいたお陰で山に逃げ込む事が出来て、村の様子を見る事も無く、山ん中を彷徨いながらここまで辿り着いたんだとか。


 ただ。情報の一つとして、マッドマン数体の存在と俺らが遭遇したエイリアン。

 緑牛、ゴリラ牛がいま、あの集落にいると判明した。夫婦の隠れていた厩舎に現れたと。


 戸田さんは話しは、これで締め括られた。


「まあ、ゴリラ牛の居場所が割れただけでも良かったんじゃない。あんな化け物が神出鬼没じゃあ、溜まったもんじゃないからね」


 明るく喋るが、ハルさんは暗い表情を落とす。


「……どうする? 避難生活を続けるにしても、ここは物資が足りな過ぎるだろ。嫌でもいづれは秘境村か街まで、足りない物資の調達に行かないとダメだろ」


 そもそも空っぽの施設だ。食料品、医薬品、生活用品に衣服にと、あらゆる物が不足してる。

 アホの俺でも解る。生活物資の調達は近々の課題である。


「近い内に一度家に戻りたかったけど……。エイリアンにマッドマンだらけじゃあ、一時帰宅は無理よね?」


 半分諦めた感じでハルさんは、戸田さんにお伺いを立てる。


「そうねぇ。予想で言うけど、秘境村はウイルスの蔓延も確定済みだし、エイリアンもあの一体だけとは限らないし。もしかしたら村自体がエイリアン共の巣になっている可能性も否めないわ。となると帰宅に関しては、あまりお勧めは出来ないわねぇ……」


 分かっちゃいたが、ガックリと肩を落とすハルさん。


 珍しく落ち込んいる彼女に。

 少しだけ、ほんの少しだけだけど、可哀想に思ったのは内緒にしとこうかな。


「……街の方はどうですか? もしかしたら避難所とかも設置されていかも知れないんじゃあ……」


 気落ちしている孫の背中をさすりながら、婆さんは一縷の望みを賭けて問いかけてきた。


「……情報が無いので何とも言えませんね。そもそものエイリアン達の目的も判りかねますし……」


 戸田さんは言葉を濁す。


 そりぁあそうだろう。漫画やSF小説じゃあるまいし、リアル現実で宇宙人の侵略なんて誰も予想だにしない事態だろう。


「……なら、生い先の短いワシが街まで行って、確かめて来ようかの」


 遅れて食堂に現れて、こんな格好いい台詞を吐いたのはカニ爺だ。


「お爺さん……」

「お爺ちゃん!」


 ヒーローさながらの爺さんに、婆さんとハルさんは色めきだつ。


「構わんよな。ジンタン」

「っへ?」


 俺の横に腰を下ろして、ジジイは背中を叩いてくる。

 志願した覚えはないのだが、俺は知らぬ間に爺さんの相棒、視察隊メンバーに入っていたらしい。


 年齢層の違う女子三人から、行って来いの圧が凄い。


「はいはい、分かりました! 車でサクッと行って、サクッと見てくればいいんでしょ!」


「助かるわぁ、ジンちゃん。お爺さんの事くれぐれもよろしくね」

「出来ればスマホのカメラで記録して来て。あと、絶対に無理とか無茶はしないでね」

「わたしチョコが食べたい。それと酸っぱい系のグミと甘じょっぱいお煎餅も、ヨロ」


 おい、どさくさに紛れてお土産を期待しているヤツがいるよ。こいつは、ぶん殴ってもいいよな。


 そんなこんなで。

 暗く沈んでいた食堂の雰囲気も払拭され、女子三人はワイワイと楽し気に必要な物、欲しい物をA4用紙に書き込んでいく。

 この流れで夕飯を囲み、今日は何かと疲れたので今夜は早めのお開きする。


「……奴等、今夜も来ますかね?」


 二人っきりの食堂で戸田さんに問うた。


「どうかしら。……来ても来なくても、それはそれで一つの症例として今後に生かせる事だし、そう思わない?」


「……はい、そっすね」


 彼女は前向きな人だ。見習わなきゃな。


 戸田さんを食堂に残して自室に戻り、ベッドへと身を投げる。

 今までの事や今日の事と明日するべき事を考えていたら、よっぽど疲れていたのだろう。目を閉じた瞬間に寝てしまっていた。


 そして翌日。


 俺らは朝イチから昇降機に乗って、上へ上へとぐんぐん昇っていた。


 どこか誇らしい。なにせ俺と爺さんの頑張りで、この昇降機は復活したんだから。


 一枚、また一枚と閉ざされていた天井は開いて行く。

 流れるライトに未来感を感じつつ、昇降機は元気に登っていく。


 大好きな映画でもある『ブレードラ〇ナー』の世界感、近未来都市に居るような錯覚を覚えて、なんだろう、高揚感というか、もうワクワクが止まらないって感じかな。


 最後のゲートは開いた。

 差し込む眩しくて、網膜は驚き、一瞬だけ周りの景色は消えてしまった。


 小さくゴトンという音と共に、昇降機は無事に地上へと出た。


「は〜い、到着で〜す。それでは皆さん、お仕事の時間で〜す。この瓦礫の山には沢山のお宝が眠っていま〜す。欲しい物は報酬として差し上げますので、施設で使えそうな物はどんどん下に運びましょう〜」


 ついた早々にみんなの尻を叩くみたいに、手を叩いているのは戸田さんだ。

 彼女は俺らのモチベーションをあげようと明るい口調で音頭をとってる。


「わたしはコッチだから、あんたはアッチに行って」


 俺をシッシと、犬ッコロみたく雑に追っ払うハルさん。


「お宝って何が出るのか楽しみね♡」

「ふん。どうせ碌なもんじゃなかろう」


 袋持参のサチエ婆さんとスコップを肩に担ぐカニ爺は夫婦で仲良くお宝探しだ。


「仲の良いこって……」


 微笑ましい光景に目を細める。


「本当ね。フフ、立川さんも頑張ってね」


 トトトと、戸田さんは歩みより、女神のような微笑をくれた。


「……へい」


 ちょっぴり頬を染めてしまった。


 出会いこそ感じの悪い人だった。だけど笑みを交わせる関係まで親しくなると。

 やっぱり戸田さんは、サスペンスドラマが似合いそうな美人さんだ。


 前髪で顔を隠して、逃げるようにして作業に取り掛かる。……まだ未練タラタラの俺ってカッコわるい。

 

 そんな俺の気持ちは別として、報酬を餌に回収作業は順調に進んで行く。


 これも昨晩は懸念していた奴等からの襲撃が無かったからだ。

 たぶん皆んなもそうだろうけど。

 施設内が静か過ぎるぐらいに静かだったから、ぐっすりと眠れたのは言うまでもなく。

 お陰で体力だけは充分過ぎるほど回復出来たから、今日は特に体が軽いのなんのって。


 まあ、俺的には多少の筋肉痛は残しているが、そこは今日の作業を円滑に進める為の布石と考えれば何の事は無い。

 俺は大人だし。自分の事よりまずは皆んなの事を考えて行動出来る優しい人間だからな。


 とかなんとか。瓦礫の撤去を含めて、黙々と回収作業をしながら自画自賛に勤しむジンタンである。彼は失恋で削れた自己肯定感を己自身で修復しようとしていた。


「なにアイツ、キンも……」


 そんな独り言と不気味な笑みを浮かべる彼を眺めて、回収のみに専念するハルは天敵を警戒するみたく心底嫌そうな顔をする。


 最貧困のゴミに群がる子供みたく。瓦礫にまみれ、誇りまみれて作業に没頭する俺ら。


 昇降機を二回ほど降ろした頃だった。

 

「それでは今日の作業はこれでお終りにしま〜す。皆さん、お疲れ様でした〜」


 戸田さんの軽快な号令でゴミを漁る。もとい、お宝を探す手を止めた。


「お疲れ〜、どうだった?」

「碌なもん無かったわ、こんのクソ施設」


 労う戸田さんに早速文句をぶつけるハルさん。


「……クソ施設はちょっと」

「ごめんなさい。言い過ぎちゃった、てへ ♪」


「家電とか壊れているかしら……」

「お前が欲しいって言ったんじゃろ。……ワシが直してやる、任せておけ」


 歪なトースターを持ってきたサチエ婆さん。


 「お前が欲しいって言ったんじゃろ。……下に降ろした洗濯気やらもワシが直してやるから、任せておけ」


「あら、イケメン」

「五十年前からイケメンじゃ!」


 爺さん婆さんの、ほのぼのとした会話に口元を緩ませ、俺は頬から伝ってくる汗を腕で抜った。


 気づけば周りを囲む防壁は黒くて長い影を伸ばしていて、空は藍色とオレンジの幻想的なコントラストを描いている。

 

 塀の内側は目測で東京ド〇ムほどの広さの場所だった。

 日中も襲撃は無し。

 この隔離された世界で俺らは、以前のような平和な時間を過ごしていた。


「プー、クスクス。ぬいぐるみを抱いて、ダッサ」


 アホのハルさん、マジムカつく。

 暇なのか、俺が大事そうに抱えている二体の猫のぬいぐるみにケチを付けてきた。だもんで……。


「……お前だって似たようなもんだろ」


 箱に納められた千ピースのジグソーパズルを持つハルさんにケチを付ける。興味ないだろうに、青空をバックにした姫路城だ。


「わたしのは知的な玩具で、あんたのはただぬいぐるみ! 全然、別物よ! ……か、可愛いけどさ」


 マウントを取ってくるが、ハルさんはぬいぐるみをチラッチラッと見てくる。……欲しいのかな?


「……あげようか?」

「は? なに言ってんの。……別に欲しく無いし。……だけど、あんたが要らないって言うなら貰ってやってもいいし。それと勘違いしないでよね。欲しいんじゃなくて、捨てるのが可哀想だって、これだけの理由でだからね!」


 なんだこの面倒くさい生き物。


「……ん」

「えっ……」


「……どっち」

「あ……」


 ウンザリしながら、ハルさんにぬいぐるみ二体を差し出す。


「俺が拾ったヤツだし、一個は俺んだからな。……で、白と三毛、どっちがいいの?」

「……うん。どっちかっていうと、わたしはコッチかな」


 瞬間的に躊躇しながらも。マジマジと品定めをして、彼女は白猫を指差した。


「……はい、どうぞ。捨てて雨ざらしになのも可哀想だしな」

「……そうだよね。えへへ、ありがと」


 ハルさんは初めて殊勝な態度を見せると、俺から白猫のぬいぐるみを奪ってダッシュで逃げていく。


「何なんだよ、アイツ……」


 と、文句も出てしまうが。

 それでも婆さんにぬいぐるみを見せびらかす彼女は年相応の可愛い気もあって……。まあなんだ、これはこれで良しとしておこうかな。


 大人の包容力だなと、一人で悦に浸るジンタンであった。


 昇降機は皆んなを乗せて地下へと降りていく。倉庫の片隅に置かれたガラクタの山だ。もとい、お宝の山だ。

 それら横目に俺達は、疲れたからとの理由で分別は明日に持ち越し、一旦解散して各自自室に戻った。


 誇りだらけの体だから何はともあれ、まずはシャワーを浴びたかった。サッパリしたかったから。


 暫くして。自室から出てすっかり集合場所となった食堂へと足を運ぶ。


 スライド扉を横に流すと……うん。

 いつもの青臭い香りが漂っていた。言わずもがな、今日も今日とてベジタブルな夕飯である。


 ガッカリしていると、な、なんと。

 ラッキーな事にカップ麺が五つテーブルに乗っていた。今日はご馳走である。


「カップ麺、見つけたんだ……」


 超嬉しい。


「ふう、スッキリした。……って、あんた。自分家じゃないんだから」


 ハルさんが食堂に来た。

 来た早々に俺の姿を見てハルさんはケチをつける。


 致し方なし。だって俺は半乾きの髪とバスタオルを腰に巻いただけの、ほぼハダカ。風呂あがりの親父スタイルだ。


 それも仕方なく。一張羅のパンツは流石に3日目ともなると正直キツい。匂いとか肌触り云々よりも、気持ちの問題だ。


「ハルさんだって似たようなもんだろ……」


「は? わたしはちゃんと隠してますけど。ほら、ほら」


 俺の前でくるくる回る彼女は白のバスローブ姿だ。


「お婆ちゃんが作ってくれたの。いいでしょ」


 頭にタオルでターバン巻きの彼女は、自慢気に手作りバスローブを見せびらかしてくる。


 下着は?

 いやいや、よしておこう。

 また噛みつかれるのがオチだな。


「オー、スゴクイイネ。ヨクニアッテイルネ」


 それなりに『いいね』を言わんと面倒くさい奴なので、棒読みで褒めておく。


「ふふん。当たり前じゃない。わたしの美ボディにピッタリよ ♪」


 謙遜も否定もしないのな。自分愛、スゲーな、こいつ。


「あら、ハルちゃん。可愛いガウンじゃない。今度、私にも作ってよ」


 戸田さんは昼間と変わり映えのしない格好で食堂に入ってきた。


「可愛い!? えへへ……。戸田さんの分もお婆ちゃんに頼んでみるね ♪」

 

 単純。分かり易い奴。

 簡単なおべっかに赤くなったハルさんは、婆さんのいるキッチンへと消えていく。


「……あの。……あの、二人はどうです?か? 変化はあります?」


 最悪な事態を考慮して、中々聞けず終いでいた若夫婦の様子を今更に訪ねてみた。


 彼等に接触する人は限られた人物のみが望ましい。


 そう彼女は公言した。

 だから、彼らの症状は戸田さん聴かなきゃ分からない。

 こんな持論を鵜呑みにして、発言した彼女自身に丸投げした身としては、甚だ身勝手にもとれる質問ではあるが。


 テーブル席に腰を降ろして戸田さんは難しい顔をしている。


「………………………………変化なし」


 彼女は意地悪な人だった。ワザと数秒溜めて、朗報を伝えてきた。


「ふうぅぅ。……良かった」


 ぐでぇと脱力する俺。彼女はクスクスと笑う。


「大丈夫だと思う。感染はしてないと思うわ。というかあのカップル、むしろ昨日よりも元気なぐらいよ」


「はあぁぁぁ。元気が一番だよ。あー、緊張して損した……」


「それで、これからどうするの?」


 小洒落たバーで、小悪魔的な質問をされた気分ではある。


「……どうするとはまた、ザックリとした質問ですね」


 呑まれまいと若干引き気味で返す。


「若夫婦の事もそうだけど。……今日は丸一日、みんなに頑張って貰って研究所の物資をかき集めたけど、大した成果なんか無かったでしょう。私好みの劇薬はまあ、そこそこあったけど、肝心の食料品や普通の医薬品、生活用品や諸々は不足したまま……。立川さん、貴方ならこの事態をどうする?」

 

 誘導尋問されてるのかな?

 別にいいけど、腹はとっくに決まっているし。


「……やる事は決まってます」

「というと……」


「……俺、明日の朝イチで、岩間駅近くまで、つーか上間町まで行ってみます」


 秘境村を抜けて川を渡り、その先にあるのが上間町だった。駅前に昔ながらの商店が並ぶ田舎町だ。


「……いいの?」

「まあ、近々行こうと思っていたし……」


 おお〜と、戸田さんはワザとらしい演技で俺を称賛して。


「ちょと待ってて。そんな男気溢れる立川さんに、私からプレゼントがあるの」


 こう言い残して退席する。

 

 数十秒後。

「お待たせ〜」と、彼女は大きなジュラルミンケースを二つ台車に乗せて、食堂へと戻ってきた。


「……なんすか、ソレ?」

「フフ、電気の喪失で一番に懸念されるのは何かな?」


 また質問を質問で返されたよ。ホント、周りくどい言い方が好きな人だよな。


「……あ、水不足で衛生管理! お風呂とか?」

「ブブー、不正解です。……正解は冷却機能を失った原発のメルトダウンです」


「は?」


「日本の現在稼働中の原発は関西地方に集中していて十基ほどあります。新聞を読んでいる方はご存知の通り、先の大震災から原子力規制委員会の新規制基準に変わり、他に適合しているのが七基ほど再稼働待ちの状態です。かくいうこの施設も電力が落ちる前まで再稼働待ちしている『太海第二原発』から電力供給を受けていました」 


 太海第二原発とは、北に直線距離で三十キロほど離れた原子力発電所。


「いやいや、ちょっと待って。太海第二原発って停止中でしょ」


「表向きはね。色々と住民からの反対もあるから、一般家庭向きに停止中の発表は出してはいるし。もちろん電力も一般家庭には送られてません。だけど、企業向けには五年も前から再開しているわ」


「そう言うもんなの?」


「そう言うもんよ。つまりは、日本中どこにいても放射性物質からの逃げ場は無しと覚えておいて下さいね」


 大人の階段をまたひとつ登った俺がいた。


「そ、そっすよね。メル、メルヘンなダウンは怖いっすよね」


 知らんと小馬鹿にされるも目に見えていたので、知ったかぶりで社会人ぶる。


「メルヘンなダウン? ……フフ、乙女チックで、まあまあのいい表現ね」


 ふう、乗り切ったぜ。


 乗り切ってはいないが。額の汗を拭うジンタンに大人の対応をする戸田さんだった。


「話しはここまでにして。立川さんへのサプライズプレゼントはコレです」


 ジャジャーンと、ジュラルミンケースを開けて彼女が取り出したのは──


「防疫、防護スーツ。略してEPスーツよ」


 ウル〇ラマンみたいなキラキラしたスーツだった。

 戸田さんは銀色とオレンジの派手ツナギを重そうに持ちあげると、ニンマリと笑みを浮かべていた。

 

 ありがとうございました。

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