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雨の日は傘を忘れて  作者: 菱木 青
2/2

 その時代に僕が生きたわけではない。

 昔の頃は雨を受け入れて強い日差しだけを遮るために傘をさして権力や地位、自分自身を良く魅せるために傘を差していた。

 それがいつからだろうか、今では距離を空けるためや自分を隠すための(かさ)に見え、人は雨を拒みだした。僕にはそう見えていた。


 

 彼女への視線を逸らして確かめるように空へ顔を向ける。冷えた肌に雨の感触が伝わる。

 雨は降っていた。だけど傘を差している彼女を中心に円を描くようにして空から伸びる雨の糸は切れていた。

 

 不思議な光景を目の当たりにした僕は、賑やかに波紋を打つ海を静かに見つめる彼女に近づき声をかけた。

「えーっと。雨、すごいね」

「周りはそうみたいだね」

 僕の濡れた姿を見るなりやわらかく、そう答えた。


 どうやら自分の所にだけ雨が降っていないことに自覚はあるようだが、なぜか滴一つ付かないはずの透明なビニール傘がそれを否定しているように見えた。

「聞いていい?」

「いいよ」


「……なんで、きみの所にだけ雨が降ってないの?」

 触れていい事なのか分からず、つい小声になった。そんな僕がちらちらと空と彼女の傘を交互に見ていた事に気づいたのか笑いながら『気にしないで』と言っている気がした。

「うふ。うーん、よく分からない。てか。ふふふ、なんで君はそんなにびしょ濡れなの?」

「雨が好きなんだ」

「変わってるね君。でもだから、見つけられたのかな?」


「えっ?」

 思わず、聞き返してしまったがそれ以上の追及を拒むように彼女は声を出しながら両腕を高く伸ばした。

「さーて、風邪ひくと困るし。そろそろ帰ろ」

「そしたら、これあげる」

 優しさか、心配か分からない。けどここで彼女との何かしらの繋がりのような物が欲しかった。僕は左ポケットにしまっていたココアを渡した。

「ありがと。バイバイ」

 顔の横で小さく手を振りながら背中を向けた。去り際には似つかわしいほど足元に広がる石の音が騒がしく、小さく弱く鳴っていくたびに彼女の背中の輪郭が小さくなっていく。


「あの!」

 ほんの一瞬だけ雨が止んでいたかのような静けさに包まれたかった。自分でも驚くくらいの大声を出してしまい少し照れる。心臓の焦りが伝わったのか、あの彼女の仕草がそれを物語っていた。

「また、あした会いましょ!」

 気持ちと重なって上へ、上へと高く上がりやや斜めにはなっているが、その傘の下では『いいよ』と〇ができていた。

 そして輪郭は消え、薄く広がる雨雲に茜色が混じり出していた。たぶん家に着くときには雨はあがっているのだろう。

 

 

 

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