準備
■天文16年(1547)5月21日
甲斐国 山梨郡 躑躅ヶ崎館 城下町郊外
・武田三郎
翌日、府中のばずれにある広く開いた土地に大勢の人が集まっていた。約千人以上はいるだろう。どの人も疲れ切った顔をしており酷く痩せている。着ている物も粗末なものだった。年齢は幅広く、三郎と同じぐらいもいれば高齢に差し掛かっている人もいる。
翌日集まった民は約1千人以上だ。予想以上に集まったので驚いている。貧農の口減らしだったりと浮民がかなり多い。
飢饉が続いていることや厳しい冬が襲ったのを少しの乏しい食糧で生き延びた者たち。
しかしその食糧も少ないので明日の命をつなぐ食料を確保できる保証はまったく無い。
全ての畑などは、国衆・地侍・百姓の物なので勝手に入って、狩猟採取などをすれば殺される。もちろんそこには武田家も領地を持っているのでそういう者を殺すだろう。
しかし彼らは誰よりも強くなると俺は思う。飢えを知っているからだ。生きるために恐らく必死になるだろう。それが一向一揆などがいい例だ。
農繁期に兵に使えるので1年中戦は出来るようになるそうなれば領地拡大に期待が出来る。武田家本家の力が増すだろう。何より俺の軍になる者たちだ。その軍で武田家に反乱を起こす国衆や他国の大名を鎮圧できる。
今後のこともあるから威厳を保たねばならない。武田家の三男としての威厳だ。傅役の馬場信房の抱きかかえられて馬に乗っているが俺はまだ幼いので威厳というのは無いと思うけど。
武田菱をつけた小さい陣羽織を着て近づく。
その後ろには源四郎、源五郎、千代女、段蔵が続く。それを見て恐怖する者や目をそらす者がほとんどだ。仕方がない、武士はこの時代では上の身分だからな。
途中で馬を降りて集まっている者達に三郎は発言したいがまだ4つなので大きい声はまだ出ない。その代わりに信房が言ってくれた。
「皆の者、ここにいらっしゃるのが甲斐国を治めている武田家の御当主様の三男であられる三郎様である。三郎様はお主たちが飢えること見てられぬと言って心を痛めておられる」
集まった民たちは何の反応も無いので全く信じてないのだろう。
「今からお主たちは今から三郎様の家臣、領民だ、忠義を尽くしてくれることを約束してもらう代わりにしっかりと食糧をやろう、運んでくれ」
信房の言葉で一緖に連れてきていた侍女たちに事前に用意させておいた雑穀雑炊を運ばせる。米は貴重なので入っていないが、稗・粟・黍だけの雑炊だ。しかしそんな食べ物でも、彼らは貪るようにとてもご馳走で我先に美味しそうに食べ始める。
「皆の者、他の物も食べたいだろう。潤7月あたりに城攻めの為出陣する。戦いに参加できる者はこの後ここに残ってくれ、因みに城を落とせば三郎様の城になる。頑張れば飯の材料が増えるぞ!」
集まった者達は決心したような顔をしている。彼らは次も食糧が食べられるとあって三郎のためにも城を今にでも落としたいと思う者が次々と増えていくのだった。
集まった者たちの食事が終わり。
「今日はここで解散とする。女子供や老人は帰って良い。それ以外の戦に行く者はここに残れ」
信房が終わりそう言うと山窩・河原者・貧民・浪人といった様々な者の中から300ほど残った。しかしその中に身なりの良い一団がいた。
三郎は信房と千代女を連れてその一団の所へ向かう。
「この一団の代表者は誰か?」
「私です」
そう言って三郎達の前に来たのは1人の男性。
「お主…もしや工藤殿の倅が?」
信房が思い出したように男性に問いかける。
「はい、教来石殿…いや、今は馬場殿でしたか。工藤虎豊が嫡子、工藤昌祐です。三郎様からの書状を見て急いで駆けつけた次第」
工藤昌祐……確か、武田四天王の1人内藤昌豊の兄か!
そうと決まればこの一団に昌豊がいる‼︎
三郎は慌ててコントローラーで一団の中から昌祐の弟、昌豊を探す。
………。
…………………。
居た!
ーーーーーー内藤昌豊ーー
忠実:1522〜1575年
【信玄、勝頼期の武田四天王の1人。内藤の前の名は工藤祐長。武田家譜代家老衆。工藤昌祐の弟。武田信繁と同じく副将各として評された。
山県昌景が「古典厩信繁、内藤昌豊こそは、毎事相整う真の副将なり」と評した程。昌豊は信玄の代表的な戦いの全て参加しており、常に武功を立てていたのだが一度として感状をもらうことが無かった。これについて信玄は、「修理亮ほどの弓取りともなれば、常人を抜く働きがあってしかるべし」と評して敢えて一通の感状は出さなかったという。
昌豊もこれについて、「合戦は大将の軍配に従ってこそ勝利を得るもので、いたずらに個人の手柄にこだわることなど小さなことよ」と気にしてなかった程信頼が厚かった】
ーーーーーー工藤昌祐ーー
忠実:1520〜1582年
【信玄、勝頼期の武田家譜代家老衆。武田信虎の重臣である父、工藤虎豊が信虎の勘気に触れてしまい誅殺されると、連座を恐れて弟と共に武田家から出奔して流浪した。信虎が嫡男の武田信玄によって追放されると、弟と共に甲斐に召還されて家臣として再び仕えたという】
「此処に来たという事は私の家臣になってくれるということか?」
「はい、一族郎党三郎様にお仕え致します」
「そうか、まだ所領はやれぬが、7月辺りに信濃の志賀城を攻める。そこで私が活躍すれば城を貰えるそれまで待っていてくれ」
「はっ!」
「取り敢えず、昌祐と弟の祐長を私の重臣にする良いな信房」
三郎は横に立っていた信房に問いかける。
「はい、工藤殿が三郎様の軍に入れば必ずや武功を立ててくれるでしょう」
「出そうだ。期待しているぞ?」
「「はっ‼︎」」
昌祐と祐長兄弟が頭を下げるとその後ろに控えていた一族郎党も頭を一斉に下げるのだった。
天文16年(1547)6月12日
■甲斐国 山梨群 躑躅ヶ崎館 三郎私室
三郎の私室に家臣にした6人と、傅役の信房が集まっていた。
「皆に集まってもらったのは他でもない。いよいよ来月に出陣が決まった。それに合わせて私の元服もする」
「いよいよですな」
段蔵は嬉しそうに頷く。
「源四郎、兵の調子はどうだ?」
あらかじめ源四郎と祐長には先月集めた300を預けて鍛えてもらっていた。というか忠実で武田四天王だった2人に訓練される軍とかもはや最強…とは思いつつも頼んだのは自分とやり過ぎた感じかも知れないが強くなる事は悪い事ではない。
「はっ!私と祐長殿で300の兵を半分に分け模擬戦を繰り返し、また河原者など達と山で狩りなどを続け、戦いで使える程まで出来ました」
源四郎が自信たっぷりに言う。
やはり思った通りだ。この2人に任せたのが正解だった。先程も言った通り、後に名将になる人物なのでそのような者達に預ければ兵も自然と強くなるはずだ、1ヶ月足らずで兵を使える程にするとは驚きだ。
「これで私の兵が300、皆の兵はどれくらいだ?」
「では私から」
そう言って名乗り出たのが家臣筆頭であり三郎の傅役、信房だった。
「恥ずかしながら私は20騎なので120です」
確かに忠実では四天王の中で出世が遅かったからな。
「私ですが100騎ですので600です」
「私も源四郎殿と同じです」
源五郎が源四郎の言ったことに同意する。
「我々兄弟は私と弟で2騎、12です」
昌祐が祐長の分も一緒にいう。
「私は一人前の弟子が10名ほど、という事は11という事になりますな」
段蔵が答える。
「私は甲賀からのお付きの忍び10名ほどですので私も含めれば11名です」
千代女が恥ずかしそうに言った。
これで重臣全員の持っている兵の数がわかった。
三郎こと俺 300
馬場信房 120
飯富源四郎 600
春日源五郎 600
工藤昌祐、祐長兄弟 12
加藤段蔵 11
望月千代女 11
計1654人(騎馬数222)
「1654の兵でその内、騎馬が222か…。信房、これだけあれば一戦できるか?」
「辛うじて一戦出来るかと、恐らくですがお館様は援軍を着けてくださるでしょう。そうなれば2000は確実に越すでしょう」
「そうか。信房と工藤兄弟、お主の兵は少なすぎるゆえ俺の兵300の内200を信房、100を工藤兄弟に与える。工藤兄弟は戦の時はその兵で本陣を守る事する。段蔵と千代は忍びという役柄、今回は兵ではなく其方に専念して欲しい」
段蔵と千代女は頷く。
信房と工藤兄弟に至っては感激の余り口が開いていた。
天文16年(1547)6月21日
■甲斐国 躑躅ヶ崎館 三郎私室
「段蔵、千代、いるか?」
「は! 何でしょうか」
「はい!三郎様」
中庭から段蔵と千代女の声が聞こえた。
「部屋に入ってくれ」
「失礼いたします。」
「いよいよ、出陣が近づいてきた。そこでお主達にやってもらいたいことがある」
「志賀城に潜入し内から崩す。それと援軍でやってくる上杉軍に潜入これも内から崩すですな?」
段蔵がズバリと言い当てた。
「流石だな段蔵は。そうだ、両方とも内から崩す。段蔵は志賀城内、千代は上杉軍に」
「では、派手に動き回りましょうかな、ハッハハハハ」
「2人とも無理せず、危ないと思ったら退くこと」
「三郎様は心配性でお優しいですね」
千代女はクスッと微笑みながら首を少し傾げる。
「段蔵、この前渡した地形の地図や周辺の地図は役に立っているか?」
三郎は段蔵にゲーム機で写し書いた地図を渡していた。
「はい、良く知る信濃の地形の地図。そこの土地のもののように物分かりですな。縄張り図を書くときも書きやすいです」
「そうか、それならよかった」
「俺は笠原清繁の志賀城を落として援軍を破ることは出来ると思うか?」
「三郎様、心配はありません。私、千代と段蔵殿、それに他の方達もいるのです。志賀城の絵図面は出来上がっており既に段蔵殿の手の者がいますし、そして上杉にも既に私の手の者も潜り込ませいるので大丈夫です」
「そうか。では志賀城は包囲した次の夜、夜陰に乗じて城攻めをする。危険だが段蔵は城の中で手の者達と城門、指揮する者からの殺害」
「分かりました。最善を尽くします」
「城主の暗殺、それと高田憲頼父子が援軍として城に居るはずなので暗殺、出来るか?」
「出来ますな。ただ、暗殺をするなら早い方が良いかと、合戦中は気を引き締めるので暗殺は限りなく低くなりましょう。暗殺はその前に」
「分かった。段蔵頼めるか?」
「はい、それで首と身体はどうしましょう?」
「首は夜陰に攻めると同時に城兵が混乱に乗じて上手く清繁を打ち取ったと叫んでくれ、そうすれば敵も降伏するだろう」
「分かりました、ではその様に…」
「それとだが出来る事なら、他の城も一気に取ってしまいたい。小諸、砥石、まで取れるか?」
「恐らく大丈夫でしょう。そちらには手の者がいないので潜らせます」
「頼む、千代の方も援軍と合戦になったら側から気づかれない様に暗殺できるか?」
「危険を伴いますが大丈夫です」
「では援軍の大将以外を暗殺してくれ」
「大将以外をですか?」
不思議そうに千代女は首を傾げる。
「そうだ。大将には関東管領様に敗戦の報告をしてもらわないとな」
ニヤリと三郎笑ったのだった
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