見舞い
■天文14年(1545)12月19日
甲斐国 巨摩郡 谷戸城
諏訪衆を山賊や盗賊など良からぬ者たちが襲った日から一週間が経った。父上には今回起きた出来事を書状であらかじめ知らせておいた。直ぐに返事の書状が届き、了承した事とそのまま谷戸城に向かうのでそれまで辺りを警戒せよとお達しだ。
「信之様、有賀泰時殿が目を覚ましました」
「信房、それで有賀殿の体調はどうだ?」
「すでに背中の刺し傷は塞がっておりますが、塞がったばかりですので暫くは安静が必要でしょう」
信之は心の中で一つため息を吐く。
もし湖衣姫の護衛、使者としてきた有賀殿を亡くしてしまえばこの縁談はマズイことになり諏訪にいる諏訪家家臣が反旗を翻る可能性も出てくるので本当に良かった。
「それなら良かった。しかし父上が来るとは…」
「それだけ諏訪を重要と考えての行動と思います。諏訪は甲斐から信濃へ入る玄関口と言っても過言ではないですからな」
「諏訪が落ちれば征圧したばかりの高遠も孤立し失いかねないからな。降った者も再び反抗するだろう」
「難儀ですな」
「そうだな。勢力を拡大すると色々と苦労が増える」
「まぁ、それも仕方がないですな。力をつけなければ甲斐の民は飢えてしまうし、他国からの侵略も増えますし…」
「だな。領土が広がり大国になればそれだけで抑止力になり戦は起こらなくなり、民は疲弊しない。信房、そろそろ有賀殿の所に向かうとするか」
信之は泰時の命に別状はないことを知り安心して泰時が使っている部屋に信房を連れて向かう。
「有賀殿、入ってもよろしいか?」
信之が部屋に入る前に一声をかける。すると部屋の中から入ってもいいと返事を返してきた。
「失礼する」
「失礼いたします」
信之と信房は一礼して部屋に入る。部屋には1人の男性が布団の中に横たわっていた。有賀泰時か…。名前だけは聞いた事があるが詳しく知らないな…。
有賀泰時
忠実:15xx年〜1546年
【諏訪氏一門衆。天文11年(1542年)に高遠頼継が挙兵したときには泰時は武田氏に味方したが、4年後の天文15年(1546年)有賀泰時は木曽義昌に通じて武田氏に滅ぼされ謀殺された。】
おっふ!
来年で死んじゃうじゃんこの人。しかも殺したのは父の晴信じゃん。諏訪姫の為にあれだけ奮戦したのに謀殺されるのか…。謀殺はともかく今は泰時の身体が大丈夫かだ。
「有賀殿、お休みのところすいませぬ。」
「と…とんでもござらん。この私の様な身の私にわざわざ…」
「何を仰る。有賀殿は武士として主君の姫君を立派に守ったのですから」
「そう言って頂けると有難い…。それと私のことは泰時で構いません」
「分かりました。では泰時殿、戦闘で受けた傷は大丈夫でしょうか?」
「まだ身体の節々が痛く、暫くは動かすことは出来ないかと…」
「そうですか」
「そ…その…貴方様は?」
「これはすいません。私は武田家当主 武田大膳大夫晴信が三男 武田三郎と申します。隣に控えますのは我が傅役を勤めてもらっている馬場民部少輔信房です」
「馬場民部少輔信房と申します。どうぞ良しなに」
「当主の御三男であられましたか、これはこれは…」
泰時は信之が当主の三男と知ると慌てて布団から起きようとする。
「畏まらなくてもいいですよ。まだ幼子ですし」
信之は起きようとする泰時を落ち着かせる。
「そうですか?その…姫様はご無事でしょうか?」
「姫君はご無事です。別室にてお休みになられています。ご心配はいりません」
「それは良かった…」
それまで思い悩んでいた泰時は表情が柔らかくなる。
「泰時殿、此度の襲撃何か心当たりがありませぬか?」
「三郎様はこの襲撃が単なる山賊や盗賊の仕業では無いと思っているのですか?」
「はい。信房から聞きましたが山賊や盗賊は軍と同様に統率がしっかりとしていましたし数も120人と賊にしては多すぎる。恐らくこの襲撃を企てた者がいると考えています」
「企てた者…」
「はい、この婚姻に信濃で少なからずよく思っていない者がいるのでしょう。候補は大きいものでは小笠原、村上、木曽といった物達、それと泰時殿には悪いが諏訪衆の中にもいるかもしれません」
「確かに諏訪家中でも良く思わない者達もいるのも事実ですが…」
「まぁ、誰であれ武田に手を出した以上何らかの形でやり返します」
泰時は信之の顔がこの世の中で一番恐ろしい顔に見えたと後に語ったのであった。
「随分と長居をしてしまった様だ。では我々はこれにて。余り長く居ても有賀殿の身体に差し支えるのでな」
「いえいえ、この度はありがとうございました」
「では…」
信之と信房は立ち上がると部屋を出て行った。
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