元服
天文16年(1547)6月22日
■甲斐国 山梨群 躑躅ケ崎館 大広間
翌日、俺と兄である金太郎…ではなく山田太郎……でも無く太郎兄上の元服と鎧着初よろいきぞめ行うと、父・晴信の口から家臣団に伝えられた。
「太郎殿、三郎殿、元服おめでとうございます。」
「うむ、少し早いが私の為だけに元服を祝う為だがこれだけの家臣しか集まらなかったこと、三郎と一緒に元服が残念極まりないが、仕方がない。武田家の一門として御旗楯無に恥じる事の無い働きを行なうとここに誓おう!」
「父上、いえお館様並びに信繁叔父上を始めとした一門衆の皆様、今日
こんにち
まで武田家を支えてくださっている重臣・譜代家老の皆様本日は兄、義信殿と私、武田三郎の元服に来てくださり誠にありがとうございます。この三郎、まだ若輩者ではありますが武田家を繁栄させる事を御旗楯無に誓います‼︎」
何と! 何だその太々しい態度は…
三郎様より6歳も上と言うのにこれとは。
これでは先が思いやられる…
それに比べ三郎様は何と御立派な!僅か4歳でこれ程とは…
比べものになりませんな!
重臣・譜代家老達がざわめき、太郎と三郎に対する賛否両論を言っている。賛の方が私、否の方が太郎兄上だ(笑)
「太郎!何という事を言うのだ。その太々しい態度もそうだが、嫡男として恥ずかしくないのか!」
普段温厚な信繁が立ち上がり義信へ罵声を浴びせる。信繁の発言をきっかけに諸将達もさらにヒソヒソと言い始める。
「何が恥ずかしいのでしょうか?私は間違いなく発言したはず」
「どこがだ!弟の三郎はしっかりしているのに!」
「な…なっ!何故そこで此奴のことになるのですか!此奴は私の元服の次いででありましょう叔父上はおかしくなりましたか!」
太郎は隣にいる三郎を指を指す。
兄上…。叔父上に対してかなり反抗的だな…。
父上は目を瞑ったまま動かないし…。と言うか源四郎の兄、傅役の飯富虎昌殿が青い顔で固まっている。
「だから叔父上は副将と呼ばれるのです!」
ガッ!
三郎はとうとう、太郎の言動に我慢が出来なくなり太郎の右脚を手で掴み思いっきり全身を使って押す。4歳とはいえ片脚一本では踏ん張れない。
ドンッ!
太郎は崩れ落ち床に尻餅をつく。
その光景に言い争っていた信繁も唖然とし諸将も唖然としていたが父・晴信は分かっていたかのように見ていた。
「兄上、叔父上に対して失礼であろう!誤れ!武田家の大将は父上、お館様しか存在しない。しかし副将とて立派な大将!兄上の為に叔父上は代表して発言してくれたのだ。それを無垢にするとは…。呆れる!」
「なんじゃと⁉︎兄に対して失礼であろう」
「兄?目上の人、我らよりここに集まっている者は武田家の為に戦ってくれている者たちだぞ!どんなに当主の子としてもやってい事とやってはいけない事は分かるだろう!そんな者に此奴呼ばわりはされたくないし、兄とは思いたくもない‼︎」
信之は完全に頭に血が昇っていた。
絶対に許さない。ここにいる者達は家族失い、友を失い、領地を失い、数々の苦難があったにも関わらず武田家の為に尽くしている。尽くしている者たちに対しての発言。
暗殺してやろうか……
「もう良い三郎…。太郎‼︎ 貴様は自室で謹慎だ‼︎
下がれい‼︎」
今まで黙っていた晴信が諭すように三郎を止め、太郎に対しては虎が吠えるように言ったのだった。
天文16年(1547)6月22日
■甲斐国 山梨群 躑躅ヶ崎館 大広間
嫡男の義信が退出して広間が静まり返った。
誰もが気分が悪そうな、苦虫を潰した顔をしている。
「誠に申し訳ありません。兄上に変わりこの武田信之が深く…深くお詫び申し上げます。信繁叔父上、重臣の皆様…」
信之は深く頭をさげる。
「信之様何故我らに頭を下げるのか」
「そうですぞ。信之様が何をしたというのですか?」
そう言ってきたのは両職の甘利虎泰と小畠虎盛が慌てて信之の所へ駆け寄る。
「義信の事は許さんがこんなにまだ小さい三郎が元服。いやぁまことに芽出度い! これでは義信とどちらが優秀なのか一目瞭然ですな。甥にそう言われると恥ずかしいですな!」
ーーーーーー武田信繁ーー1525〜1561年
【信虎の次男で信玄の同母弟。典厩と呼ばれ武田家の副大将。武田四天王の山県昌景は「古典厩信繁、内藤昌豊こそは、毎事相整う真の副将なり」と評した。真田昌幸は自分の次男に信繁と名をつけたほど。後の真田幸村である。】
信繁叔父上は先ほど信之が発言を聞き涙を流して喜んでいる。そうだよな。俺の祖父である信虎公は父上よりも信繁叔父上を可愛がり家督継がせようとしたからな。色々と苦労があったのだろう。父と兄の板挟みか…。
「太郎のせいで中断したが三郎のだけでも済ますぞ。皆の者、これより武田三郎の名前を改め武田信之とする」
よき名でございますな。
これで武田家は安泰じゃな!
皆の者宴じゃあ!
皆口々に三郎改め信之を褒めその間宴となった。
俺は武田三郎信之を名乗ることになった。
しかも4歳でだ。そしていよいよ来月には出陣か…。緊張する。
「いやぁぁ、誠にめでたいですな!」
「誠に、めでたいですな!しかし太郎様ときたら全くもって成長しておらんではないか」
先ほど頭を上げてくだされと言ってきた2人が近寄ってきた。
「先ほどはありがとうございました。私のような幼子に…」
申し訳がなさそうにする信之に対しては2人は
「幼子ではありませぬぞ!立派な挨拶、それに来月には我々と初陣です。大人ではありませんか!」
「さよう、元服すればすでに大人。それに初陣をすれば一人前!」
「誠にありがとうございます。では私がお酌を…」
「これはありがたい…。信之様から…。」
虎泰は驚きながらも盃を信之に差し出す。
ーーーーーー甘利虎泰ーー
忠実:1498〜1548年
【信虎時代の武田四天王の1人。武田家で最高職位「両職」を務めた譜代家老衆。山本勘助も虎泰の采配は見事と感嘆すりほど。甘利氏は武田家と同じく甲斐源氏の一条忠頼の流れをくむ庶流に当たる。上田原の戦いで板垣信方を打ち取った意気揚々の村上軍から晴信を守った。その際、才間河内・初鹿野伝右衛門らと共に戦死した。】
「虎盛殿もどうぞ」
「これはこれは。ありがとうございます」
ーーーーーー小畠(小幡)虎盛ーー
忠実:1491〜1561年
【武田五名臣。武田二十四将の1人。小幡姓とするのは誤りであるが子である小幡昌盛が信玄に許され上野国の小幡氏を名乗った。武勇から「鬼虎」と称さる。遺言の「よくみのほどをしれ」は有名であり、生涯で36回の合戦に参加して貰った感状も36枚、41ヶ所の傷を受けた武田家の中でも歴戦の勇将である。】
この2人を味方につけておいたほうが良いだろう。
「信之様、それでお願いあります」
「儂からもです」
「何でしょうか?」
「信房殿から聞きましたが援軍にくる関東管領の軍を撃退するとか」
「それに儂らを加えてはくださらんか?」
2人が頭を下げてお願いをする。
信之は慌てて2人に
「顔を上げてください。是非もない事です。お二人が加わってくだされば圧勝間違い無しでしょう」
「「必ずやご期待に応えましょうぞ」」
2人は笑顔でそう言ったのだった。
それから一刻がたった。
「さて来月に志賀城を攻める。手勢は6000を率いて進軍する。信之は別働隊を率いて一度は志賀城へ進軍その後に援軍を叩け!各々準備は抜かりなく」
『はっ‼︎』
晴信の声で諸将が返事をしてお開きとなった。
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