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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

はじまりの村にいた

作者: ◇ゆん◇

 気づいたら、はじまりの村にいた。

 そんな感じだった。


 牧歌的なBGMが似合いそうな村の中で、明らかによそ者の俺。

 服装とかも、俺だけが全然違う。


 村人達は、どことなく粗末でほこりっぽい、薄っぺらな服を何枚も重ねて着ていた。


 それに対して俺は、グレーのトレーナーに同色のロングパンツ……1枚でも暖かい完全なる室内着だ。靴も靴下も履いてない……スリッパを履いててよかった。


 よそ者が来るのは珍しいのだろう。

 村人達からは、不審そうにチラチラと横目で見られたり、小さい子どもに指をさされたりしていた。


 俺から声を掛けなければと思うんだけど、いかんせん、コミュニケーションには自信がないし、俺自身、なんでこんな所にいるのかも意味が分からないし、なにをどう伝えたらいいのか分からない。


 そんな訳で、所在なく村の外れの木陰にうずくまっていたら『村一番の力持ち』みたいな男が声を掛けてきた。


「おい、そこのお前。なにしにこの村に来た」


『変な奴ならただじゃおかねえ』とか言いそうな形相だ。


「ちなみに、変なことを考えているならただじゃおかねえ」


 さっそく言われた。

 しかも指の関節をゴキゴキ鳴らしながら言うから、想像よりもめちゃめちゃ怖い。


 でも俺は、例え悪感情だろうと、俺の目を見て俺の言葉を聞こうとするこの男に話を聞いてもらうことこそが、今のこの状況をどうにかする唯一のチャンスだと思ったから、たどたどしくも必死に話したんだ。


 そうしたらあいつは、ものすごく面倒臭そうな顔をしたけれど、この日から俺にとっては、実に頼りがいのある兄貴分になった。死ぬまでずっと。


「……とりあえず、事情はわかった。もうすぐ日が暮れて、村の中も魔獣がうろつき始める。今日は俺の家に泊めてやるよ」


 どう思う? この言葉。

 震えるよな。俺は震えた。


 は!? 魔獣!? そんなのいるの!?


 この男に事情を話していなかったら、俺はどう考えてもこの日の夜に野垂れ死んでいた。

 俺はびびりながら全力で頭を下げた。


「あ……ありがとうございます!」


 これが、この世界で俺が唯一『友』と呼んだ人物、『ジルゴ』との出会いだった。


****


 その日は日が暮れる前に、もう1人、知り合った。ジルゴの家に、夕御飯のお裾分(すそわ)けを兼ねて、野菜の煮っころがしみたいなのが入った鍋を片手に、遊びに来た女の子がいたからだ。


「やっほー。ねえジルゴ、あんたまた変なの拾ってきたんだって?」


 そう言って、ジルゴの家を訪ねてきた子は近所に暮らす幼馴染みらしい。明るくて優しそうな子だ。


「うるせーな、仕方ねーだろ」


「へー、君かあ。ねーねー、君、君! ジルゴはね、こんなごっつい見た目のくせして、巣から落ちた鳥のヒナとかも拾って手当てしたりとかして、ふやかしたお米を食べさせたりするのよ?」


「へー、そうなんですか」


「うん、そーなの! しかもすごいぶきっちょだし、もー面白すぎてさ、あの時は朝昼のご飯の度に見に行ったよね」


 俺が相づちを打つと、その子はその時のことを思い出して笑いながら3倍くらい話す。するとジルゴが真っ赤な顔で言い返すけれど、もう全然怖くない。捨て猫に優しくする不良現象だ。


「ちょっとお前、こら、本当うるせーよ」

「あはははは」


 この子はたぶん、ジルゴのことが好きだったんだ。

 でもこの頃はまだ俺にも、優しい目を向けてくれていた。俺のほうにくるっと笑顔で振り返り、自己紹介してくれたんだ。


「私は、○○。君、これからしばらく、この村で過ごすんでしょ? こんな辺鄙(へんぴ)な村にようこそ! よろしくね」


 この子のことをさ、実は最初の頃の俺は、ちょっとだけ好きだったんだ。

 でも、そんな子が、せっかく俺に向かって自己紹介してくれたのに、名前を忘れた。


 酷いって? でもさ、記憶って反復で定着するだろ? 呼ぶ機会がなくなったら、忘れてしまうのは仕方がないんじゃないかな。


****


 一夜が明けて、ガラスなんてものはない木製の格子窓からはサンサンとした日が射していて、真っ青な空に真っ白な雲が、驚くほど綺麗で、なんかここはやっぱ、異世界とか、そんななのかな、と俺はぼんやり考えていた。


「よう、起きたか、ユージ」


 実は俺の名前はユージだ。


「ああ、おはよう、ジルゴ」


 俺も目の前にいる男に挨拶した。


 見ず知らずの怪しい男を気軽に家に泊められる豪胆さと優しさは、自分の力に絶対の自信があるからなのだろう。


 昨日俺はぼんやりと村人達を眺めたけれど、その時に見た誰よりもこいつはガタイがいい。


「今日は村長のところに行って、お前のレベルやスキルを見てもらう」


「レベルやスキル?」


「ああ。魔法適性があれば、魔法を使える。武器適性があれば、武器の特有スキルが使える。魔獣を倒すとレベルが上がり、レベルが上がるほどに強くなる。で、今のレベルや使えるスキルは、この村だと村長に聞いて、都度、教えてもらうんだ」


「へー。他の村だとどうやるんだ?」


 質問しながら、昔のRPGみたいだな、と思う。


 最近のゲームだと、そもそもレベル概念がなくて、上位互換の装備や武器を、ガチャや課金や素材合成で手に入れる、みたいなのが多いよな。

 それか、レベル概念はあるけれど、放置してる間もオートでレベリングしてる系とか。


 泥臭く戦闘回数をこなして地道に経験値を稼ぐ、みたいなやつは、最近減った気がする。


 まあ俺は、オンラインの協力プレイ系が増えたあたりから、めっきりゲームをやらなくなったし、最近のやつはよく分からないんだけどさ。


「他の村は、そういう人がいないところのほうが多いかもな。この村の村長は『鑑定』スキルを持っているんだ。でも、もっと大きい町とかに行けば、たいてい教会があって、神父は基本的に『鑑定』を持ってる」


「ほほー」


「ちなみに俺は魔法が使える」

「え、マジで!? 嘘だろ!?」


 俺が本気でびっくりすると、ジルゴはにやにやした。俺の反応に喜んでいるのか、実は嘘なのか、どっちの意味なんだ。


 ジルゴなんて、どう見ても肉弾戦タイプだ。


 もしかしたら自分にも、驚きのスキルがあるかもなんて思えてきて、俺はすぐに出掛ける準備を終えると、ジルゴを急かした。



 村長は、真っ白な髪と眉毛とヒゲのモジャモジャで、顔のほとんどが隠れているようなじいさんだった。


 実はドワーフとか妖精だと言われてもしっくりくるような、小さいながらも威厳あるじいさんだ。


「そんなに頻繁に来たところで、すぐにレベルなんか上がらんぞ、ジルゴ。お前はこの前から変わっとらん。レベル10だ」


「はぁ……そうか。最近全然レベルが上がんねーな」

「この辺の魔獣はお前にはもう弱すぎるということだ。さて……知らん奴がいるな」


 ジルゴとの掛け合いを終えると、村長がそう言って、ようやく俺に目を向けた。尚、その目はモサモサの眉毛で全然見えない。


 ジルゴも俺をようやく紹介してくれる。


「ああ、こいつはユージ。実は今日の目的はこいつでな。昨日、村に迷い込んでたんだ……鑑定してくれ」


「よろしくお願いします」


 俺はペコリと頭を下げた。


「ふむ、ジルゴが拾った例の男か。いいだろう、わしの目を見ろ。そうだ、そのまま待て。『鑑定』」


 俺の目を通して、体の内部を見られている。

 そんな感覚がした。


 これが、人のスキルにさらされる感覚……!


 だが、村長はすぐに俺から興味を無くした。


「レベル1だ。スキルもまだない。よくもまあ、その歳まで生きられたものだ」


 なんか蔑みの目で見られてる気がするんですけど。眉毛で見えないから気のせいかな。


 でも、ジルゴがその言葉に爆笑してくれたから、嫌な空気はあっさりと消えた。


「あっはは! マジかよ!? ユージ、お前……5歳の頃の俺にも負けるぜ?」


「うるせー! 俺だって今から頑張れば全然いけるし! ……え、もしかして俺、5歳に負けるの?」


 外に出て、最初に出会ったガキんちょに腕相撲を挑んでみた。そしたら即効で負けた。ジルゴにもガキんちょにも散々笑われた。泣いてもいいですか?


****


 旅人の服と、ひのきの棒と、木の盾。

 スリッパからも無事卒業して、今は皮の靴を履いている。


 なにやらチャンバラゴッコをするガキんちょみたいな出で立ちだが、俺は本気だ。


 ちなみにこれらの武器と装備は、ジルゴのお古なので、れっきとした大人の装備だ。


 ジルゴのほうは武器だけがほんの少しだけグレードアップしていて、鉄の剣を持っているけれど、あとの装備は俺とおそろいだ。


 この村には、これ以上の装備品をそもそも置いていない。


「いいか、ユージ。レベルが低い頃の狩りが、一番危険なんだ。1回でも殴れば、魔獣を倒した時の経験値は半分ずつ入る。だから、敵から攻撃を受けないようにしろ。殴るタイミングは俺が指示する」


「わかった」


 死んだら2度と生き返れないらしい。


 RPGみたいな世界だからさ、実は教会でお金を払ったら生き返ったりするのかな、と思ったんだけど、ジルゴからものすごく可哀想なものを見るような目で見られた。


 確かに、冷静に考えるとこんな質問する奴はヤバい奴だ。


 日中だと、魔獣はそれほど出現しないらしい。

 それに、同じ魔獣でも、日中は夜間より弱体化しているそうだ。これは、夜のほうが魔の霧が濃くなるから、らしい。


「あれが見えるか、ユージ」


 ジルゴは村の外に出ると、遠くの空を指さした。

 俺達のいる場所は、気持ち良い青空が広がっているけれど、ジルゴが指さした場所は、夜のように暗い。


「なんだ、あれ。雨雲……ではないよな?」


 空まで続く黒い円柱。ここから見ると小さいけれど、たぶん相当な規模の土地が闇に覆われている。


 ジルゴが忌まわしげに言った。


「あれが、魔の霧……あの中には魔王城があり、魔王があの霧を生み出していると言われている」


「魔王……」


「この辺までは霧がほとんど届かないから、魔獣もそれほど強いものはいない。だが、年々霧は濃度を増していて、大きくなっている」


「……怖いな」

「ああ」



 最初に遭遇した魔獣はウサギだった。すばしっこくて、蹴りが強い。俺はびびりまくりながら逃げ回り、それをウサギが追い掛けて、その後ろをジルゴが追い掛けた。


 なんとか俺が1撃を打ち込むと、ジルゴがとどめを刺す。パアアっと、体が温かくなった気がした。


「お、その感覚はレベルアップだ。レベルが上がると、体力と魔力が全回復する」


「ぜー、はー、はあ、はあ。へー。なんだ、ぜー、全回復するなら、少しくらい攻撃くらっててもよかったな」


 体力全回復? 俺まだ息切れしてるんですけど。

 HPとスタミナは別物なのかもしれない。この世界で言うところの『体力』はたぶん『HP』のほうだ。


「馬鹿、最初が死にやすいって言っただろ。序盤はとにかく逃げろ」

「へーい」


 この日の俺達は、そのあともスタミナのほうの体力を削りながら、日が暮れるまで魔獣を狩って、俺は2回レベルが上がった。


****


「『鑑定』……ほう、たった1日で……」


 翌日、ジルゴとまた村長の家に行き、俺のレベルを見てもらった。すると、昨日はたぶんかなり俺のことを蔑んでいた村長は、今日は俺のことを人間と認識してくれたようだ。


 アゴヒゲをモサモサと触りながら、俺に鑑定結果を教えてくれた。


「レベル3……魔法を使えるようになっておる。『メラ』と言う火魔法だ」


「『メラ』!? すげえ!」

「この馬鹿者! ここで唱えるな!」

「……え? うわ!?」


 村長から聞いた言葉をおうむ返ししたところ、卓球の玉くらいの小さな火の玉が発生して、村長に向かって飛んでいってしまった。


 村長が両腕で顔を守りながら体を縮ませるのを、俺は恐怖に目を見開きながら見ていることしかできず……。


 ジュッ、と音がして、肉が焼けた臭いがした。


 全部ただ見ていた俺は、震えながら声をあげる。


「あ……ご、ジルゴ……ごめん、ごめん、ジルゴ」


 火の玉が村長にぶつかる前に、ジルゴが手を伸ばして火の玉を握りしめ、消したのだ。


 ジルゴはなんともないような顔をして、俺ににやりと笑うと、村長に頭を下げて謝った。


「すまん、村長。俺が教えていなかった」


 俺も慌てて頭を下げる。


「申し訳ありませんでした!」


「ふん、愚図が。……ジルゴに免じて今回だけは許してやる。とっとと帰れ」


 俺達はもう一度頭を下げて、ジルゴの家に帰った。魔法は、呪文によって発動し、目で定めた目標に向かっていくのだということを、それから俺は教わった。


 ちなみに、目をつぶった状態で魔法を放つと自分に向かうらしい。目をつぶっている状態は、何も見ていないようでいて、実際は自分の、まぶたの裏を見ているからだ。


 再度謝る俺に向かって話すジルゴは優しかった。大きな温かい手で、ぽんと、安心させるように俺の肩を叩いた。


 そうして火の玉を握った手のひらを開いて見せてくれた。意外なことに、ジルゴの手のひらは、表面の皮すら全然焼けてない。さっきは確かに、肉が焼けた臭いがしたはずなのに。


「まあ、レベルがまだ低いし、発現した魔法も初期のやつだから、俺はどうということもなかった。

逆によかったかもな、俺がいたタイミングだったから何も被害はなかったし、これでお前は日常の中で充分気をつけるだろ?

火魔法だってさ。やったじゃねえか! おめでとう、ユージ」


 ジルゴのさ、こういうところなんだろうな。


 あの気難しそうな村長も、幼馴染みの女の子も、村中の人々も、みんなジルゴが好きだった。


 俺だって。


 気づいたらこんな訳の分からない知らない世界に急にいてさ、元の世界への戻り方が分からない。それに、この世界自体も色々ハード過ぎるんだよ。そんな中でさ。


 最初に声を掛けてくれたのが、こいつで良かった。俺は本当に運がよかった。いくら感謝してもしきれねえよ。本当に、心からそう思っていたんだ。


 でも、俺は、この日以降も、間違いばかり犯して……全てを、台無しにした。


****


 俺が覚えた最初の火魔法『メラ』は、ウサギすら毛の先を少し焦がすくらいの威力しかなかった。


 でも、この魔法のおかげで、画期的にやりやすくなったことがある。経験値稼ぎだ。


 これまでは、弱すぎる俺も、どうにか魔獣に近づいて1撃を与える必要があった。非常にリスキーだ。


 それが今や、遠くから『メラ』を放てば1撃認定される! ジルゴも魔獣を倒さないように力加減をする必要がなくなって、最初に俺が『メラ』を放ち、そのあとでジルゴが切り捨てる。そんな戦い方がルーチンワークになった。


 俺の魔力が尽きたらその日の狩りも終わりだ。レベルアップした日は、たくさん狩れた。

 レベルが上がるにつれて、次のレベルアップは遠くなったけれど、体力や魔力が上がっているから、それほど不便は感じなかった。


 俺が強くなってくると、魔獣は俺達に近づいて来なくなっていったから、こちらから追い掛けて狩るようになった。


「魔獣は野生の本能でレベル差を感じ取るらしい。お前のレベルが低い頃は、向こうから来てくれたから楽だったのに残念だな」


 そう言ってジルゴが笑った。


 たぶん、前回、村長に見てもらってから俺は、レベルが5つくらい上がっていたと思う。

 ジルゴも2つレベルアップしていた。


 でも俺は、前回のトラウマがあったから、村長に会いたくなかった。ジルゴに誘われても『また今度にしようぜ、天気も悪いし』とか、しょうもない理由を毎回ひねり出して、なんやかんやと先延ばしにしていた。


 これが、俺の最大の間違いの1つだ。


****


 その日、空がおかしかった。魔王城だけじゃない。

 俺達の今いる場所も、黒い雷雲が広がって、太陽を隠した。空気が一気に冷えて、冷たい大粒の雨が降り、雷がとどろく。


 魔の霧が濃くなった。


「ユージ、帰るぞ」


 ジルゴの声に緊張感が走る。さすがに俺もうなずいた。


 実はこの日、ジルゴからは何回も『なんか今日はおかしい気がするから帰ろう』と言われていたんだけれど、俺は、ひのきの棒をようやく卒業したばかりでさ、鉄の剣を使えるのが楽しくて。


『もう少し。あとちょっとだけ。あの魔獣を2匹倒したら帰ろう』とぐずぐずしていたからこんなタイミングになってしまった。


 そうして2人で大急ぎで走って戻った村は、泣き声と悲鳴であふれていた。

 まだ日中なのに、村を魔獣が襲っていた。


「ジルゴ! ジルゴ助けて!」

「ぎゃああああああ!」

「お母さん! お母さん!」


 見たことがない魔獣だった。こんな強そうなの、俺は見たことがなかった。

 悲鳴の中のいくつかが、ジルゴの名前を叫んでいた。


 ジルゴは血相を変えて、バシャバシャと、悲鳴の元へと走っていった。

 俺は震えながら、村の入り口で立ち尽くしていた。


 人の肉を引き裂いて、内臓を引きずり出して、人を生きたまま食らっている。『いっそ殺してくれ』と言いたげな、終わらない苦痛と絶望の表情。


 なんで、これで、生きてるんだ?


 そんな獰猛(どうもう)な、狼を1周り大きくしたような外見の魔獣が数10頭で徒党を組み、村人を家から引きずりだして襲う。


 建物の中に人がいることがわかるのだろう、閉め切っている家の前で、木の扉に何度も体当たりして扉を壊そうとしている。


「おい! そこのお前! その剣は飾りなのか!? 助けてくれ!」


「あ、ああ……『メラ』!」


 木の上から叫ぶ村人Aの声でようやく我に返った俺は、生きたまま人を食っている魔獣に向かって火魔法を放った。


 魔法って便利だよな。安全なところから、目標を見つめて呪文を唱えるだけでいい。弱い魔獣ばかりを追いかけ回して殺して悦に入るような、臆病者な俺にはピッタリだ。


 初級魔法だけれど、レベルが上がっていたからか、そこそこの威力になって、魔獣の注意が村人から俺に変わった。俺はガチガチと歯を鳴らしながら、魔獣に向かって走った。


 そうして4、5回ほど必死に切り付けて、魔獣が事切れると、奇跡が起こった。

 さっきまで内臓をぶちまけていた死にかけの村人Bが全回復した。


 たぶん、俺が攻撃する前に、食われながら必死に抵抗していて、それが攻撃判定になったのだろう。魔獣が死んだから経験値の半分が村人Bに入って、レベルアップしたから、元に戻った。


 俺は俺の中の常識を捨てた。ガキんちょに腕相撲で勝てなかったことと同じ理論だ。この世界の特殊ルール……レベル。今のこの絶望的な状況の中で考えられる唯一の希望。俺は必死に叫んだ。


「1撃でいい! 石を当てるとかでいい! 魔獣にどうにかして1撃を食らわせろ! そのあとは1秒でも長く生きてくれ! 魔獣が死んだらレベルアップで回復できる! 魔獣は俺が必ず倒す! だから信じて、頑張ってくれ!」



 この村でまともに戦えるのは、ジルゴと俺くらいしかいない。


 この村はよそ者は受け入れづらい村社会って感じだったけれど、それでも、たいした目的もなかった俺は、ここで生きていく未来をぼんやりと思い描いていた。


 だから俺は、震える足を叩いては魔獣に向かって走った。魔獣の牙が腕を引き裂いても、歯を食いしばって耐えて、魔獣を切り捨てた。そうして多少肝がひやっとするような危険な失敗をしつつも、魔獣を1匹ずつ殺していく。


 本当はさ、いつかジルゴと冒険に出られたらいいなとか思っていたんだ。そうしてそこそこ大きい町で他のメンバーも募ってさ、パーティーを組んでレベルを上げて、魔王城を目指して旅をするんだ。


 そうしていつか魔王を倒すことができたら、世界中が平和になる。

 そうしたら俺達は大英雄だ!


 でも、俺達が旅に出たら、この村を守れる人間がいなくなるだろ?


 ジルゴに『なんでこの村にずっととどまっているんだ、男なら冒険に行きたくないか?』って感じのことを聞いてみたことがあって、その時は、適当にはぐらかされたんだけれどさ。たぶん、こんな日をずっと心配していたからなんだと思う。


 もっと強い魔獣のいる地域に行けば簡単にレベルが上がるのに、ウサギとかしかいないようなこんな辺境の村で『まだレベル10か』とか言いながら、ジルゴがずっとくすぶっていたのは、小さな遠出も躊躇(ちゅうちょ)するくらい、この村には女子供と年寄りばかりで、戦える男がいなかったからだ。


 だから、俺もとどまることにした。

 そうして今この村ですくすくと育っていこうとしているガキんちょ達が、くそ生意気な少年になった頃にさ、村を任せて冒険に行けたらいいよな。なんて思っていたんだ。



「ジルゴ! 大丈夫か!?」

「ああ、ユージ! そっちはどうだ!?」


「向こうのほうは片付いた」

「そうか、助かった」


 村中を魔獣を殺しながら闇雲に走り回って、その間に俺は2つレベルが上がった。

 木の盾が壊れて仕方なく、左腕を犠牲にして魔獣を殺したら、ちょうどレベルアップのタイミングで左腕が治ったりした。そんなミラクルのお陰で、俺は意外にも五体満足でジルゴと再会する。


 強い雨が体中から熱を奪い続けていて俺達の動きを鈍くさせるけれど、俺は屈伸して血を体中に巡らせて、この絶望をどうにかして終わらせたいと思っている。


 ジルゴは、そんな俺を見て、唇を震わせていた。俺はジルゴを安心させようとして、にやりと笑った。これくらい、全然平気だ。お前はもっと俺を頼っていい。


 ジルゴがずっと、たった1人で抱え続けていた荷を、今の俺は少しくらい引き受けることができているだろうか。


「ユージ、お前がいてよかった」

「馬鹿、お礼がはえーよ。全部、片付いてからだ」

「はは、そうだな」


 そんな短い会話を交わしたら、ひときわ大きい悲鳴が聞こえて、ジルゴと同時にその方向へと振り返ると、空に続く黒い竜巻が見えた。村の中心だ。


「走るぞ」

「ああ」


****


 『グルオアアアアア!』


 黒い竜巻が掻き消えて、中から現れた魔獣は、そのような雄たけびを上げた。

 今日何匹も戦った狼型魔獣の上位互換といった感じの魔獣だった。


 狼型魔獣達よりもさらに3倍は大きくて、漆黒の毛並み。

 そして、どうやらこの魔獣が雄たけびを上げると、狼型魔獣が湧いてくるようだ。今の雄たけびで銀狼が2匹湧いた。どう考えても、こいつがボスだ。


「あの雄たけびがやっかいだな、どうするジルゴ?」


 もう割と俺は、普通の狼型魔獣なら楽勝だったけれど、万が一目の届かないところに逃げられて、村人が襲われてしまうとまずい。だが、今のところ狼達は、ボスを囲っているようだから、このままボスを守ることを最優先にして、村人を襲わないでくれるとありがたいなと思う。


「そうだな……次、あいつが雄たけびを上げそうになったら、攻撃をかぶせてみるか。効果を打ち消せるかもしれない」


 なるほど。『メラ』だって『メ』までしか言えなければ発動しない。この雄たけびが漆黒魔獣にとっての呪文だとしたら、最後まで言わせなければいいのかもしれない。


「了解」


 ちなみに『メ』と言った後で、少しでも間を開けると『ラ』と言っても魔法は発動しないし、呪文と認識して言葉を発していない時も発動しない。


 まあ、そうでないと日常会話の中でうっかり魔法が発動しても困るもんな。

『この雨、雷雨になるかな?』とかさ。

『今日は紫外線が強ーい。メラニン色素が沈着したらマジ鬱なんだけどー』とかさ。女子か。


 俺達は漆黒魔獣に攻撃することを主目的として、攻撃を開始した。

 周りの小物はなるべく無視する。そして漆黒魔獣が雄たけびを上げかけると俺が『メラ』を放った。こんな時、短い呪文は便利だ。しょぼい魔法だけれど、雄たけびを中断させられることが証明された。


 ひたすら消耗戦だった。ひっかいて体力を削り続ける、そんな感じだ。倒さないと経験値にならないし、わざと狼を出現させて倒して経験値を稼いだとしても、次のレベルアップがいつになるかもわからない。


 爪、牙、しっぽの動きに気を付けながら、走り回って傷つける。


 俺達は意外とどうにかなっていた。漆黒魔獣が目に見えて弱ってきていた。


 俺達も消耗しているけれど、2人とも攻撃を器用に避けていたし、片方が危うい時はもう片方が上手くかばったりしていたから、俺は、このまま2人で頑張ったらなんとか勝てるんじゃないかと思った。そうして油断してしまった。


「うわ!?」


 馬鹿みたいだ。こんな時に俺は、水たまりに滑って転んだ。

 そうして漆黒魔獣に踏みつけられた。


「ぐああああああ!」


「ユージ!」


 ジルゴが鉄の剣を全力で漆黒魔獣に突き刺しながらタックルした。そうして俺のほうに振り返り呪文を放った。


「しっかりしろユージ!『ベホイミ』!」


 嘘だろ。よりによってお前、回復系かよ。

 似合ってねえよ。でも瀕死だった俺は回復する。そして。


 俺を回復させる為に、漆黒魔獣から目を離した一瞬で。



 ──ジルゴが、死んだ。


****


 それからの記憶は酷く曖昧だ。

 血反吐をいくつも吐きながら、それでいて俺は漆黒魔獣を倒したらしい。


 漆黒魔獣を倒した経験値は、ジルゴが死んだことで全て俺に入り、俺はレベルアップして全回復していた。


 黒い雷雲も消えて、嘘みたいに、綺麗な青空になった。


 本当に、あと少しだったんだ。あと少し、もう少し、油断せずに2人で戦っていたら、どうにかなったはずだったんだ。



「返して! ジルゴを返して! なんで、ジルゴが死んだの!? なんで、ジルゴは死んで、あんたは傷一つないの!? なん、で、なんで……っ!?」


 ジルゴの幼馴染が、激しく泣きわめきながら、俺を無茶苦茶に叩いた。


「俺を……かばって、死にました。俺が、油断したから、死にました」


 俺はそう言って、頭を下げて、でもそれだけじゃ全然足りないと思って、膝をついて土下座した。


 俺を囲んでいる村人達をかき分けて、村長が俺の前に立った。


「……この村を、救ってくれたことには礼を言う。だが、私達はジルゴを失った悲しみが強すぎて、君を受け入れることができない。どうか、即刻立ち去ってくれ」


「……はい。申し訳、ありませんでした」


 俺は、泥にまみれた体で立ち上がり、もう一度頭を下げて、最後にジルゴの亡骸を目に焼き付けて、震えながらこの村を後にした。



 それから……俺は、1人で魔王城に挑むことにした。

 それを、俺がこの世界を生きる目的にした。


 だって、この世界に元々生きている人達はさ、大切な人がいるだろう?

 家族がいたり、友人がいたり、恋人がいる。


 俺なら、この世界にもう何もない。

 俺の名前を呼ぶ人すら、もうこの世界にはいないんだ。


****


 思い出すのは、はじまりの村のことばかりだ。

 それからの人生のほうがずっと長かったはずなのに。


 そういえば、村を出てすぐの頃、なんとか次の町にたどり着いてさ、教会で俺のレベルとスキルを見てもらったんだ。そうしたら……そうしたらさ、俺も、回復魔法を持っていた。


 つまり、もし、俺が、新しいスキルを覚えていないか、レベルアップする度にちゃんと村長に確認しに行ってたらさ、漆黒魔獣が現れるよりもずっと平和な頃に、自分が『ホイミ』を使えるようになっていたことを知れたはずだったんだ。


 そうしたら、俺は自分で回復することができたはずだった。

 ジルゴは、犯さなくていい危険を俺の為にしていたってことだ。


『気まずいから村長に会いたくない』なんて、そんなしょうもない理由で俺は、大事なチャンスを無駄にしていたと気づいて、泣いた。


****


 魔王を倒したその先を知っているか?


 世界が平和になった。少しだけ。

 意外だろ? 平和になったのは少しだけだった。


 まあでも……魔王城に近い地域は、かなり平和になった。

 魔獣は今もこの世界にいる。


 どうやら、魔の霧があってもなくても、魔獣は魔獣として元々この世界に存在していて、それの狂暴化度合いが魔の霧の有無で変わるだけなようだ。


 はじまりの村の近辺に生息していたウサギくらいの強さの魔獣は、今も普通に生きていて人を襲うから、レベルの低いうちは気を付けないといけない。


 猪や狼みたいな魔獣なら、ウサギよりは当然もっと強いし。でも、どちらも夜行性だから、不安な間は、夜間に出歩かなければいい。


 そんなわけで冒険稼業は相変わらずなくならない。

 世界は完全なる平和ではない。



 だけど、ある日、はじまりの村からずっと遠い町でさ、こんな噂を聞いたんだ。


『天空には、どんな願いも叶える神龍がいる』


 眉唾だと思うだろ? でも俺は、天空への行き方の噂もちょくちょく耳にしているんだ。だから、次の目的は『神龍に会うこと』にした。


 人を生き返らせることも、もしかしたらできるんじゃないか、なんてそんな希望を持っているんだ。


 でも、俺がそんなことを本気で考えているとあいつが知ったら、きっと、たぶん、絶対、いつかのあの日のように、ものすごく可哀想なものを見る目で俺を見るんだろうな、と思うから。



 そんなあいつの顔を想像して、俺は少しだけ笑った。


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