婚約破棄パーティーで断罪してもらえず慌てています
「俺は伯爵家嫡男ダニエル・ド・ミノーム~!今日は婚約者のモンターニュ子爵令嬢に言いたいことがある~!」
「「「な~~に~~?」」」
「俺は~、君のことを~、心から愛している~!!」
「「「おぉ~~!!!」」」
「ただ~、一つだけ~、君に止めてもらいたいことがある~!」
「「「教えて~~!」」」
「人前で~、俺のことを~、ダーニンという愛称で呼ぶのだけは~、死ぬほど恥ずかしいから止めてくれ~!」
「「「きゃ~~!!!」」」
今この会場では、婚約破棄パーティーが行われています。
10年ほど前、隣国において、あろうことか卒業パーティーの最中に王子が婚約者に対して婚約破棄を宣言するという前代未聞の珍事件が起こりました。両家間で定められた重要な契約であり、国の将来にも大きく関わる政略結婚を、個人的な理由と判断で、しかも公衆の面前で破棄するという馬鹿げた行動はすぐにこの国にも伝わりました。
我が国でもそのような愚かな行為をするものが現れないようにするための戒め、隣国の無能な王族に対する風刺、そして普段の規律正しく厳格な学園生活におけるストレスを発散するための余興として始まったのが、この婚約破棄パーティーなのです。
壇上に登った生徒は、婚約者に対して日常の些細な不満やそれまで隠していた秘密を叫びます。それに対して婚約者も相手への反論や隠し事を叫び返します。最後にお互いに婚約破棄を高らかに宣言する芝居をして終わるというのが一連の宴の流れです。この行事においては、二人の爵位や力関係は一切忘れて振る舞わなくてはならない無礼講の催しとなっています。
当初は、遊び事とはいえ、このイベントがきっかけで両者の関係に亀裂が入るのではと危惧されていたのですが、実際には形式やマナーに囚われた貴族の仮面を剥ぎ捨て、正直に本心を打ち明け合うことで、以前より仲睦まじくなる者達ばかりだと判明し、すぐに学園で大人気の恒例行事として扱われるようになりました。
そして今日は特別なパーティーの日なのです。私、ビシクス公爵家長女イザベラと、婚約者であるアラン第一王子殿下との待ちに待った公開模擬婚約破棄の日なのですから。これで、大好きなアラン様とさらに親密になれるのかと思うと期待と緊張で胸が高鳴ります。さあ、いよいよアラン様の待望の出番がやってきました。壇上へと優雅に歩を進めるお姿も、とても凛々しく高潔で素敵です。
「俺は、第一王子アラン・ド・ミシェンヌ~!今日は~、婚約者であるイザベラ公爵令嬢に~、謝らなければならないことがある~!」
「「「な~~に~~?」」」
えっ…謝罪ですって?…ま、まままさか浮気ですか!?他に好きな人が出来たということでしょうか!?ど、どどどどうしましょう!?
「この晴れ舞台のために~、君に対する不満を三日三晩~、寝る間も惜しんで考えたのだが~、一つとして見つけることができなかったのだ~!」
「「「…うわあ~~」」」
「本当に~、すまないと思っている~!」
…はあ、浮気じゃなくて良かったあ……そうですよね…よく考えたらアラン様がそんなことをなさる訳がないではありませんか。私ったら焦っていたとはいえ、なんて愚かなことを考えてしまったのでしょう。
本学園の生徒ならば周知の事実でありますが、アラン様は私のことを全力で溺愛して下さっています。まるで大海のようなあまりの愛情の深さに、皆様少しばかり引いていらっしゃるようですが。
しかし、大変困ったことになりました。このままでは婚約破棄宣言が出来なくなってしまいます。こんなときこそ私がうまくカバーして差し上げなければいけません!古来より夫の窮地を助けるのは妻の役目と決まっているのですから!未来の王太子妃として、今こそ正念場です!
「分かりましたわ~!ご心配ありません~!私の方から先に~、殿下への秘密を打ち明けます~!」
「「「おお~~!」」」
私のナイスフォローにオーディエンスも沸いているようです。
「私はビシクス公爵家長女イザベラと申します~!私は婚約者のアラン第一王子殿下に~、今までずっと~、ひた隠しにしていたことがございます~!」
「「「な~~に~~?」」」
「私は~、本当は~、嫉妬深い悪役令嬢なのです~!」
「「「ええ~~!!」」」
王子も生徒達も目を丸くして驚いているようです。今までは誰にも気づかれないようにしてきたのだから当然ですね。もしかしたら私の醜い一面を見せることで嫌われてしまうかもしれませんが、お互いのことを良く知ることこそ二人の仲を深める秘訣だと信じています!怖気づいては駄目なのですよ、イザベラ!
「王子と他の女性が~、お話している姿を見かけるだけで~、気掛かりで心配になって妬み嫉む気持ちが止まらず~、我慢できなくなってしまうのです~!」
「「「ええ~~!!」」」
「だからこの前は、ある女性に後ろからこっそりと忍び寄って……『わっ』と声を掛けて驚かせてしまいました~!」
「「「…ああ~~」」」
何だか皆様の反応がイマイチですね。もしかして人道に悖るあまりに惨い所業に閉口しているのでしょうか。王子も少し頬に赤みが差しているように感じます。ですが、まだまだここで怯んではいけません。
「それに~!先日は~、ある女性の肩を突然後ろから叩いて~、振り向いた彼女の頬に~、指をぷにっと突き刺してしまいました~!」
「「「…はあ~~」」」
うーん…まだ少しリアクションが薄いようで驚きました。悪役令嬢に対して学園の皆様がここまで強靭な耐性を持っていらっしゃるとは。王子は先ほどより更にお顔が紅潮しているように見えますけれど。こうなったら霊廟まで抱えていこうと決意していた、あのおぞましい秘め事を話すしかありません!
「そして数日前、ある女性に対して気持ちの昂りを抑えられなかった私は、階段の踊り場で~…」
「「「おおお~~!?」」」
「はしたなく心の中で彼女のことを呪ってしまったのです~!」
「「「んんん~~!?」」」
「階段を降り切った後に~、まだあと一段残っていると勘違いして~、足がカクンとなったところを目撃されて~、大恥をかいてしまえばいいのにと~!」
「「「………」」」
「そこまでだイザベラ~!!」
生徒達もとうとう言葉が出なくなってしまったようですし、王子に至っては顔を真っ赤に染め上げてプルプルと震えています。…何ということでしょう。これは、加減を間違いやり過ぎてしまったのかもしれません。もし、演技ではなく本当に婚約破棄されてしまったら…私はこれから独りぼっちでどう生きていけば良いのでしょうか…最悪の事態を想定してしまい、じんわりと涙が溢れてきたのを感じます。
「お前への不満がやっと見つかった~!」
「「「な~~に~~?」」」
な~~に~~?じゃないないですよ!皆様!そんなもの聞きたくなんかありません!確かめる必要なんてないではありませんか…
…どうせ私の醜く汚らわしい嫉妬深さに決まっているでしょう。ああ、なんで私は調子に乗って恐ろしい秘密を暴露してしまったのでしょう。今からでも弁解してどうにか嘘だったということにできないでしょうか…
「それは~、お前が~、どこまでも可愛すぎることだ~!」
「「「…ああ~」」」
え………
「あまりにも愛しくて悶え死んでしまうかと思ったぞ~!今すぐにでも壇上から飛び降りて~、大好きなお前をこの両腕で抱き締めて独り占めしたくて堪らないくらいだ~!!!」
「「「うわ」」」
アラン様ったら皆様の前でなんて大胆な告白を…でも愛想を尽かされていなくて…幻滅されていなくて良かったわ…今度は安堵で涙腺が緩んでしまいました。王子も婚約者を一日に何度も泣かせるなんて、どこまでも罪作りな御方です。
「だから、こんな茶番はさっさと終わらせるぞ~!この場でお前との婚約を破棄する~!」
ああ、お芝居だと分かっていても、アラン様から婚約破棄を宣言されるなんて正直胸が張り裂けそうです。よく皆様はこの途轍もない苦しみに耐えられるものですね。けれど、もう少しの辛抱です。
「わ、私も~、王子との婚約を破棄いたします~!」
「ぐっ………これはしんどいな………まるでこの胸を剣で貫かれたようだ……よし、そして今この瞬間再び婚約するぞ~!イザベラ~!お前のことをこの命に懸けて一生愛し続けると誓う~!!!」
「「「……」」」
「まあっ!!嬉しいですっ!!!…私も大好きなアラン様のことを生涯愛し続けると誓いますわ~!!!」
「「「……」」」
私の返答を聞くや否や、壇上から颯爽と飛び降りた王子は、一目散に私のもとへ駆け寄り、たくましい腕で強く抱き締めて下さいました。そういえば先程から生徒達の合いの手が無いと思ったら、全員揃いも揃って、甘いものを食べ過ぎて、胸焼けに苦しんでいるような表情でぐったりとしています。けれど次の瞬間には大好きな王子のお顔で視界がいっぱいになって、どんなデザートより甘美な口づけをされて、そんな些細なことなんて、どうでもよくなってしまいました。
やはりパーティーでの婚約破棄は、とっても素晴らしいものですわ!