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「新婦様、ご入場です!」
普段は清廉で静寂を保っている神殿の大ホールも今日だけはそれを破って、大勢の人の賑わいが耳に入る。
顔を上げ前を向くと、ヴェール越しに見える純白の軍服を着た端正な顔立ちの男性。中性的な顔に、けれどしなやかな筋肉を持つその男性は私と目が合うと花が綻ぶように微笑んだ。
ん゛ッ!
変な声が出てしまいそうになって、思わず顔を逸らしてしまう。隣で私をエスコートするらお兄様が不思議そうに私を見る。
ふぅ、と息を整えてから彼のほうへと視線を向けると、しょんぼりと捨て犬のような目で私を見つめていた。
また変な声が出てしまいそうになるけど、グッと堪える。
バージンロードをお兄様とともに歩くと、その先には彼──デュクラス・アレグラがいる。
私の旦那様になる彼。そして、
「姫様の夫として貴女をお守りすることができて身に余る光栄です」
私のことが好きすぎる私の騎士だ。
私には前世の記憶がある。前世も私は彼と結婚した。
けれど、それはあまりにも不幸な結末だった。
そもそも私と彼の婚姻は私という邪魔でしかない皇女を彼に降嫁させ、その後子が出来ないという理由で離婚し、修道院に入れるためである。
なんの理由もなしに皇女を修道院に入れるのには、私は民に人気がありすぎた。
私の母はこの国の正妃だった。今は亡きお母様はそれはもう民に人気だった。元は聖女で、教会で民のために活動していた女性だ。
その人気ゆえに、皇帝に正妃として嫁ぐことになった。
ただし、皇帝にはすでに愛しい人がいた。母は皇帝に目の敵にされた。
そんななか産まれた私は母や周りには可愛がられたけれど、父には疎まれて育った。
ちなみに腹違いの兄には可愛がられている。
私を嫌う人間なんて父と側室である兄の母ぐらいだ。
私の夫となったデュクラスは私のことが好き過ぎた。そして私もそんな彼が好きだった。
婚姻は束の間の幸せ。
私は兄の政敵とならぬように修道院に向かうことに賛成だったし、それを受け入れていた。
正妃であった母を持ち、民に人気であった私は女帝として祭り上げられる可能性があった。
父がなんと言おうと、民意を無視することはできない。兄は皇太子として立太子はしていたが、私を皇太子にという声も少なくなかった。
本当に、邪魔な存在だったのだ。
けれど私はデュクラスと婚姻できて幸せだったし、その思い出とともに修道院に行くことが幸せだと思っていた。
そしてそれは彼も。
今後彼は皇帝自ら選んだ高貴な女性を妻に迎えることが決まっている。私は皇女とはいえ、元は平民であった聖女の娘。人気はあったけれど、高貴かと言われればちょっと疑問だ。
だから、公爵家という立派な血筋に産まれた彼が、この国にとって価値のある彼が、同じく立派な血筋を持つ女性を迎え入れ家を繁栄させることに賛成だった。
彼も同じ気持ちだと思っていた。本当に。
そして彼は自らを殺した。
私が修道院に行くその日、私の目の前で。
私が授けた短剣で、私の目の前で首を斬った。
目の前が赤く染まり、そして私も赤く染まった。
彼の最期の言葉は「来世も貴女を愛しております」だ。
私は兄が迎えに来るまで動くことが出来なかった。
本当に、知らなかった。
自らを殺すほどに私を愛してくれていたことを。
知っていたら彼の気持ちに答えなかった。
知っていたら、彼と婚姻なんてしなかった。
無知は罪。本当にその通りだった。
その後、私は毒を飲んで死んだ。彼の妻になるはずだった友人と彼を偲んでいたときに。
彼女が彼を慕っていたことは知っていたから、犯人はきっと彼女なのだろう。ソファーへと倒れるとき、彼女は嗤っていた。
後悔したのだ。
知っていたら、気づいていたら、彼とは結婚しなかった。彼の気持ちに応えることはしなかった。
そして目が覚めると婚姻前の時間に戻っていた。
それも彼と婚約する前に。
だから彼との婚約を回避しようと動いたのだけれど、うまくいかなかった。他の騎士と婚約しようとしたのだけど、その騎士には婚約者ができてしまった。次も同様。婚約ラッシュが続いた。
私は結局デュクラスと婚約することになった。
とはいえ、白い結婚である。
私は絶対に好意を向けない。そしたらきっと彼も私を諦める。
そう決めたのに。
「デュクラス? あの、えっ?」
「どうしました? 姫様」
何故か押し倒されてる。ベッドの上に。
さすがにこれがまずいことであるというのはわかる。
結婚式の後、盛大な披露宴を行った。
珍しく父は機嫌が良くて、素敵な披露宴だった。
大勢の人に挨拶をし、始終にこやかなままだった私は疲れながらもお風呂に入り、そしてベッドの上で寝る予定だった。一人で。
前回はお互い想いあっていたから、二人でベッドに入って寝た。もちろんなにもなかった。
今回、私は彼には冷たい対応をすると決めている。だから一人で寝るとメイドに伝えたはずなのに。
どうしてデュクラスは私に覆い被さりながら、にこやかに笑ってるのだろう。
「わたくしたち、白い結婚でしょう?」
「まさか! 誰がそんなことを?」
「いえ、あの、だって、」
子どもができてしまったら修道院に行く理由がなくなってしまう。
普通に考えて白い結婚に決まってるのでは?
そんなこと無知な私でもわかる。
「姫様……いえ、クリスタ」
「っあ……」
デュクラスの手の甲が私の頬を撫でる。
驚いてデュクラスを見ると、端正な顔を崩れさせて蕩けるような笑みを浮かべていた。
「クリスタ、私のクリスタ……」
「あの、あの、落ち着いて。わたくし、」
「ダメですよ、クリスタ」
「ひぇっ」
デュクラスの身体を押し退けようと手を伸ばすと、その手を取られてそのまま指先にキスを落とされる。
顔から火が出そうなくらい熱くなる。
どうしてこんなことに? 前回のデュクラスはもっと紳士で優しくて。こんなことはしなかった。
キスもない、白い結婚だったのに。
「私と貴女はもう夫婦です。私には貴女を自分の妻にする権利がある」
「こんなことなさらなくても、わたくしはデュクラスの妻で──」
「いいえ、足りない」
「なにが、」
「私には貴女が足りない」
そう言ってデュクラスは私に噛み付くようなキスをした。