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おまじない

作者: 豆桶 サキ



「ねえ、知ってる?」


 桜の花びらが舞い散る中、少女はおもむろに振り返り少年に笑いかける。


「恋のおまじない。地面に落ちる前の桜の花びらをずっと持っておくと、恋が叶うんだって!」


 楽しげに語りつつ、少女は空を掴み、手を広げ、残念そうな表情で手のひらを見つめる。


「キャッチするといいんらしいんだけど……」


「でも、ただの迷信だろ?」


 少年は手を広げ、前に伸ばした。その手を避けて、花びらは舞う。


「そうだけどさ……前向きになれそうじゃない?」


「へぇ? 好きな相手でもいるの?」


「まだいないよ! そのときのために取っておくんだから」


 ふふんと挑戦的な笑みを浮かべ、舞う花びらを捕まえようと奮闘している。少年はそっと目を逸らした。

 この様子では、すぐに桜も終わってしまいそうだ──と、そう考えながら、桜並木を眺める。


「あ! すごい、いっぱい捕まえてるね!」


「え?」


 嬉しそうな声に、ぼうっとしていた意識が引き戻される。

 なんの話だろうかと少年は首を傾げた。


「あっ、ちょっと、落ちちゃうかもでしょ! 取ってあげるから動かないで!」


「はあ……?」


 そう言って駆け寄ってくる少女に一瞬ドキリとするが、少年は顔に出さないように努めた。

 少女は少年の頭に手を伸ばした。思いがけず縮まってしまった距離に、少年は体を強張らせる。


「はい、取れた!」


「……花びら?」


 少女が持っていたのは数枚の花びら。少年の頭に乗っていたのだ。


「うん。じゃあ、これはあげるね」


「? なんで? 欲しいんでしょ」


「捕まえたのはわたしじゃないもん。ね?」


「……そう。じゃあ貰う」


「うん! よかったね!」


 少女は無邪気な笑顔で花びらを握らせる。突然のことで、少年は掴まれた手を動かせず、そのまま固まってしまう。

 ──ざあ、と風が吹いた。


「!」


「わっ!」


 慌てて手を握り締める。しかし、少年の手の中に残っていたのは、一枚だけだった。


「あーっ、飛んじゃった!? せっかくいっぱいあったのに……」


 少女は残念そうに言ったが、少年はじっと一枚の花びらを眺めていた。


「……一枚残ったんだから、いいよ」


「ほんとに? いっぱいあった方が効果強そうじゃない?」


「いや、それは関係ないんじゃ?」


 そうかなと少女は首を傾げるが、少年は頷いてみせた。少女は納得したのか、それについて言うことはなかった。


「あ、そうだ! わたしには? わたしの頭、花びらついてない?」


 どこか慌てた様子で詰め寄る少女に、少年はふっと笑みを浮かべた。

 そんなに慌ただしく動いていたら、花びらなんてついても飛ばされてしまうだろう。


「ついてないよ」


「えー! なんでー!」


「落ち着きが無いからじゃない?」


「ひどーい!」


 ぷぅっと頬を膨らませ抗議する少女は、やはり落ち着きがない。

 堪えきれず、少年は吹き出した。少女は少年をきょとんと見つめ、そして一緒に笑い声をあげていた。










 男はうっすら目を開き、薄いカーテン越しに窓の外を見る。もうすぐ日が落ちるようで、白のカーテンが赤く染まっていた。


「あー……最悪……」


 男が最後に記憶しているのは、昼食を食べたあと。片付けが億劫で、ついそのまま寝転がり──そしてそのまま寝てしまったのだ。床で寝ていたからか、体が痛い。男はため息をついた。

 夕飯の食材は何かあっただろうか。冷蔵庫の中身を思い出しつつ、寝転がったまま机に手を伸ばす。携帯を探していたのだが、指先に当たったのは携帯ではなかった。男はなんとなくそれを手に取った。


「……ああ、もうすぐ桜が終わるのか」


 久しぶりに懐かしい夢を見た理由に思い当たり、一人納得する。

 男が手に持ち、眺めているものは、この男が住む部屋にたったひとつしかない写真立て。そこには少女と少年のツーショットの写真と、そして乾いた桜の花びらが一枚。


「──やっぱり、ただの迷信だったじゃないか」


 写真を指の腹でそっと撫で、机の上に戻す。そして男は、片腕で目を覆った。

 男の目蓋の裏には、あのときの少女の無邪気な笑顔が浮かんでいる。その笑顔は男の脳裏に深く刻まれており、きっと忘れることはないだろう。


 男の苦しげな嘆きを、その写真だけが聞いていた。



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