義理チョコはいかが?
「お仕事お疲れ様。チョコだお」
外回りから帰ってくると我が部署のアイドルこと、葵瑠奈ちゃんが満面の笑みで出迎えてくれた。右手には小さなチョコを持っていた。
「えっ?あっ、ありがとう」
不意討ちに僕はどぎまぎしながらチョコを受け取り、そして、まじまじと見る。
小さい。2センチくらい。
それに、形が歪だ。
「あー、小さかったり、形が変なのは我慢してね。義理チョコみたいなもんだから」
義理チョコなのはわかるけど、なんで、こんなに歪なんだろう。そもそも断面がギザギザっていうか割れているっていうか、とにかくそんな感じだった。
「それねー、自分で作ったんだけどだけど、サイズ間違えちゃって。
レンガみたいな大きさになっちゃってね。
おまけにカカオ入れすぎて硬くなりすぎて、噛みきれないのよ。
だから、細かく砕いたの。ほら、鏡開きの餅? あんな感じ。
私だと思ってゆっくり嘗めてね。
じゃね~」
瑠奈ちゃんはそういうと可愛く手を振り、後にきつめの香水の匂いを残して去っていく。
僕がきつきつのタイトスカート越しにプリプリと揺れ動くお尻のラインをぼうっと眺めていると
「誠くん。チョコをあげるよ」
「おーい、チョコだよ。義理チョコだから気にしないでねー」
「加藤さん。チョコいかが?」
あちらこちらと瑠奈ちゃんはチョコを配って回っているのがわかった。フロアーの男連中全員に配るつもりなのか。と、半ば感心、半ば呆れながら僕はもらったチョコを頬張った。
「硬っ! んで、苦っ!!」
本当に硬くて歯が立たなかった。人を殴り殺せる硬さだ。しかも、カカオの入れすぎでとんでもなく苦かった。
とは言え、一度口に入れたものを吐き出すわけにもいかず、我慢して嘗めているとカカオの苦味に隠れて妙な味が微かにした。
「ん?」
何の味だろう?
カカオの渋みが味覚を狂わせるのか、喉のところまで出かかっていながらでどうしても思い出せない味だった。思い出せないもどかしさに悶々としていると青木課長が青い顔をして部屋に入ってきた。後ろに見知らぬ男を三、四人引き連れていた。どうみても部外者だ。その部外者の後ろから青いツナギを着た集団がわらわらと入ってきた。まるで刑事ドラマの鑑識さんのようだ。これはただ事ではないとフロアー全体が異様な緊張感に包まれた。と、そこへ同期の河村が血相を変えてやって来た。
「大変なことが起きたぞ」
僕の隣の席に座ると河村は囁いた。
「遠山部長が殺されたらしい」
どうやらあの鑑識さんたちは本物のようだ。
遠山部長は給湯室で死んでいるのを発見された。鈍器のようなもので頭を殴られたらしい。
犯行時刻と場所から社内の人間が軒並み疑われて取り調べを受けた。僕ももちろん事情を聞かれたが、特に瑠奈ちゃんがかなり念入りに取り調べを受けた。
なんでも殺された部長とは不倫関係だったらしい。それに、犯行時刻に現場付近で複数の目撃証言もあったと聞く。
正直かなり黒かったのだがそれでも結局、証拠不十分で釈放された。
凶器が見つからなかったのが大きかったらしい。
この件で瑠奈ちゃんは女子社員からは性悪、ビッチとすこぶる評判を落としたが、抜群の容姿と押しと心臓の強さで男、特に上層部の人気は高く、今も元気に働いている。
噂では、海外支社帰りの将来の社長と目されている辣腕課長に猛烈アタックとのことだ。
硬くて苦いチョコレート。そして微かな隠し味。
彼女の顔を見る度に。
バレンタインが来る度に。僕はその事を考える。
硬くて苦いチョコレート。
鈍器に殴られバレンタインに殺された部長。
点と点を結んでいったら一体どんな絵が描けるか、僕は気になってしかたがない。
2020/02/14 初稿
2020/02/17 誤記訂正