深山の妖霊少女
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これはまだ人々が夢を持っていた、或る秋の日。
村の裏の森"一条山"の奥に寂れた藁葺きの家がある。
なんでも、その家にはだれも住んでいないが時折灯りが見えるそうだ。
鬼が住んでいる。
そう聞いたのは昨日だった。
「で、真偽を調べに行った村の長の孫が行方知れず。その後私に助けを求めに来たわけ。」
村のはずれの寂れた神社。そこで宮司は話を聞いていた。
「村長の孫・・きっと報酬も高い。よし。」
「・・・」
先程から話していた少女法花は半ば呆れていた。
まさか承諾するとは。こんな話に乗せられていいのだろうか?
「いや、そろそろ行かないとって思ってたんでね。」
「彼の知り合い?」
宮司は涼しい顔をしてスルーした。
そして宮司は今、森の小径を歩いている。
日はまだ沈んでいない。
まだ大丈夫。間に合う。
そして宮司の姿は深緑に消えていった。
同じころ法花は神社で待っていた。
「さあどうしようかな。」
「心配かな?神社の巫女さん。」
鳥居の向こうから声が聞こえてくる。
「心配なのは今日の賽銭ですかね。あと私はお手伝いです。」
そこには白い狩衣を着た老人が立っていた。
「またその古臭い恰好ですか。久松爺さん。」
「あそこは危ない。心配なのも解かる。」
「まぁ今日はいい月夜だから。気が向いたら心配するわ。」
*
日が完全に沈んだ森の中に一つ灯りが浮いている。
「失礼。」
宮司は家の中に入っていく。
中はきれいに整頓されて囲炉裏の火が煌々と周りを照らしている。
「旅の者ですが。この家の主はいませんか?」
-何かご用でも?-
何処からともなく、幽かな声が響いた。
「人を探しています。貴女が隠した。」
奥の戸が開いた。言い終わるのと同時に。
「何の事?私は誰も隠していないわ。」
中から先ほどの声が聞こえる。
「村人の噂で。」
宮司は囲炉裏わきに腰を落とした。
「そう、もち切りってわけね。」
「月見は饅頭だ。貴女の噂も常々聞いている。」
「どんな?」
「例えば〜、正体は鬼だとか。」
「へぇ、おもしろいわねぇ。」
声は聞き飽きたかのように吐き捨てた。
「で、そろそろ報酬のほうをだな。」
「報酬?なんのこと?それより此処に来た若者なら追い返したわ。」
唖然。彼は夜に来たはず。
その時追い出されたのならば、このような妖怪の跋扈する森で生きている保証はない。
「大丈夫。足跡消しの呪をしておいたの。これで妖しいモノに追われることはないわ。」
「その結果、里の者も行方を探せないのか。」
問題はあるが、報酬は大丈夫と思われ。
「そうか。なら早く探しに行こう。」
「あら?なんで私がいくの?」
嫌そうな声。
「此処の地は大霊の住む山だ。報酬が出たら神社の杜に家でも何でも建ててやる。」
戸の奥から灯りが見え、一人の少女が出てくる。
手には蝋燭、首には十字架。
「思ったより若い。その十字架は銀製か?」
「真鍮製。さあ行きましょう。」
宮司は懐から紙切れをだした。
すると、紙切れは意志を持ったかの様に窓から外へ飛んで行った。
「妖怪はこれ以上要らないが、人は多いほど良い。」
宮司は何やら呟き、先に行った少女の跡を追った。
*
午前零時。良い子は当然寝ている時間。
少なくとも良い人だと思っている法花は突然の来訪者に目を覚ました。
部屋の障子の隙間に紙切れが挟まっている。
「また面倒な宮司さんの式神ね。」
眠いという気持ちを捨て、いつもの着物に着替える。
途切れた夜の夢は、明日また想い出せばいい。
境内を出て森へ向う。彼女はどこか楽しげだった。
闇に浮かぶ紅い木々。水たまりには、秋の満月が映っている。
「・・・呪をかけた主が解き方を知らないとはなかなか滑稽な話で。」
「それだけじゃないわ。後も追えない。」
何故か満足げな少女は風向きを確かめながら森を先導していた。
「そこにあるのは数分前に見た地蔵菩薩様かな。」
「憑かれたか。」
宮司たちは同じ所を回っていただけなのか。
「憑かれたのは消えた彼。疲れたのは貴方。」
突然少女が鋭い口調で言った。
「あの人は私を追い出そうとしてきた!貴方もそう。」
「やはりあんたか。」
「貴方はもう帰れない。この山とともに死ぬの。永遠に。」
少女は笑っていた。
「・・・あんたはこの国の霊じゃないな。何故ここにいる?」
*
「ああもうこの森どうなってるの?いつになっても着きやしない。」
*
少女は語りだした。
昔西に或る国があった。
そこに1組の家族がいた。
父は政府の学者、母は病気で寝込んでいた。
娘が1人、息子が1人、自然豊かな町で健やかに育っていた。
ある日父が言い出した。
'極東の島国へ行こう。そこに母の病気を治す薬がある。'
突然の提案に驚いたが、母の為、友と別れ船の旅に出た。
幾日が経ちそろそろ着こうかというところ、嵐に見舞われた。
シナ海の大嵐。船は大破、家族は散り散りになった。
数日海を漂流し、娘は運良く海岸に着いた。
だがその土地の人々は娘を見るたび、鬼だ鬼だと石や竹槍を投げてくる。
しょうがないだろう。そのころの日本人は南蛮人など見たことがなかったのだ。
彼女は里から離れ、山々を転々としていた。
家族のことはとうに諦めた。
「そうしていついたのがこの森。だけどここでもまた人は・・・。」
少女が話し終えたとき、宮司が重い口を開いた。
「やはりあんたは鬼だ。この森の鬼気をあびすぎた。」
「私は鬼なんかじゃ・・・。」
その瞬間、宮司は呪が薄れるのを感じた。
「あんたはとうの昔に死んでいた。その亡霊に鬼が宿っただけ。」
その瞬間、目の前に森を隔てる結界を感じた。
かけられた呪を見抜き、崩す。
「お待たせしました。宮司さん。」
「遅い遅い。」
森の開けた場所に宮司と少女が対峙していた。
「どういう状況?」
法花はいまいち飲み込めないでいる。
「追って説明する。それよりあの刀を持ってきたか?」
「あの変な名前の?」
「葉双。妖怪退治の相棒といったら葉双だ。」
それは5日ほど前に宮司がどこからともなく持ってきた刀だった。
「さあ先日に訪ねた男はどこ!?」
「いや法花。まずはあの鬼を斬れ。」
鬼は無言で立ち尽くしていた。
法花の一振りが躰を両断する。
「・・やっとあえる。お母さん。お父さん。お兄さん。」
消えかかる鬼の意識の中で声がした。
「鬼よ。私の娘はわたさない。」
鬼から青白い燐光が出てあたりを包んだ。
*
「どう?目を覚ました?」
「気づいたか?」
どうやらここは布団の中らしい。
あの時の冷たい海の感じが甦る。
「ここは・・・?」
「神社。神様を祀る処。」
脇に男が立っている男が言う。
「鬼は祓った。だがあんたはまだ往けないらしい。」
「あのあと村長の孫もひょっこり帰ってきて万事解決。」
「裏の杜にあんたの小屋を建てた。あの家は壊してもらった。」
「私たちのおかげなんだから少しは賽銭入れてもいいのに。あとその十字架は白金製よ。」
色々言われて少し混乱していた。
だけどなぜか少女は悪い夢から醒めた心地だった。
明日は良い夢が見れそう。そんな気がした。




