体育倉庫
次の日の四時間目の体育の時間。
「ほい、じゃあおわりましょ」
優し目のおじいちゃん体育教師の合図で、体育館の真ん中に集合していたクラスメイトは散ろうとする。
「あ、ちょとまった、くじがまだだったのお」
みんなが仕方ないといった風に動きを止める。
中には逃げ出しそうな人もいるが近くにいる人につかまる。
このおじいちゃん体育教師は、体育の片付け当番を毎回くじで決める。くじと言っても、スマホに入れている乱数アプリで出席番号を決めるのだが。おじいちゃんにしてはハイテクかな。
「ほいっ……、二十番……じゃ、二十番の田植くん、よろしく」
「あ、わかりました……」
と僕が言うと同時に、周りの人々が一気にあちこちへと動き出す。
みんな当番にならなくて内心ほっとしているんだろう。なぜ僕になった。
仕方がないので、僕は、授業で使ったバトミントンネットを畳んだり、ラケットを集めて箱に入れたり、変なところに引っかかった羽根を頑張ってとったりした。
やっと体育倉庫にそれらをしまいに行っておしまい……かと思いきや。
実際おしまいだったのだが。
みかんが一人の男子と歩いてくるのが目に入った。
二人は体育倉庫の手前の、荷物置き兼休憩スペースっぽくなっているところで立ち止まり、そして床に座った。
僕は思わず、体育倉庫の、外から見えないところに立っていた。
「みかんは週何で昼練してるんだ?」
「ええと……、週四、ですわね」
「週四か、すごいな」
ぱっと見て、浜辺さんの言う通り、背が高く、割とかっこいいという感じだったが、口調は穏やかだった。
ちなみにみかんは、名前がみかんなのでほとんどすべての人に名前呼びされている。
彼も例外ではないようだった。
「ところで、練馬くんは、どうしてバスケ部に入るのですわ?」
「バスケ部は人数が少なくて大変だからな。サッカー部と兼部でどうしてもやってくれって言われてさ」
「スポーツが得意なのですわね。すごいですわ」
「いや、実際バスケはまだ初心者であんまり上手くなくてさ。まずは基本を練習中って感じだな」
僕は長年の付き合いで、みかんが好きな男子のタイプに関して大体予想がついている。背は高めで、スポーツ万能。穏やかで控えめ。
あ、なんかこの人……練馬だっけ。完璧に一致している。
僕はみかんの身近にこんなにみかんが惚れてしまいそうな人がいることに驚いた。
しかし。ここからの会話が意外すぎて、僕にとってついていくのが大変だった。
「あ、みかんって、確か……田植と仲良いよな」
練馬が思い出したように僕の話題を出してきた。どうして僕が出てきた。
「まあ……そうですわ」
みかんがなんでいきなり? と不思議そうにしているのが、見ていなくても僕にはわかった。
「いや……田植って、お子様ランチを作るのにハマってて、この間児童館の調理実習でお子様ランチを振る舞った……」
「あ、はいその人ですわ」
なぜマイナー部活の部長が行った小さな活動を練馬は知っているんだ……?
「いやなんか、俺の妹が、その田植の作ったお子様ランチにハマったみたいでな……しかも田植のことあだ名で呼んでるらしいんだ、なんだったか……そうだ、たうったう」
はい? 僕の頭に、たうったうのネイティヴスピーカーが思い浮かんだ。
そしてみかんも同じたうったうネイティヴスピーカーが頭に浮かんだのだろう。
「もしかして妹の名前……万実音ちゃん……」
「え! そうなんだが、なんで知ってるんだ?」
「万実音ちゃんと、凛太がくっついているところを目撃しましたわ。その時に凛太が呼んでいるのを聞きましたわ」
みかんは嘘をついてないな。けど、その言い方はものすごく良くないということが、現代文が苦手な僕にもわかってしまった。
「そんなに親しいのかよ。それ、きっとだだ仲良いだけだよな? 別に疑ってるわけじゃなくて念のために聞くんだけど、田植ってロリコンではないよな?」
「さあ、知りませんわ」
みかん! なぜ否定しない!
僕はバトミントンラケットが入った箱に頭を突っ込みたい気持ちになった。
ハンバーグが焦げないか心配していたらそもそもご飯を炊き忘れてることに気づいた的な感じで、予想していたのと違う方向で僕にとってピンチになっているんだが……。
お読みいただきありがとうございます。
「たうったう! 練馬万実音だよ、よろしくね」