ts悪役魔法少女と悪の組織さん
俺の名前は中田樹、どこにでもいるようなしがないリーマンだ。
そう、リーマンだったんだけど……
「クックック──貴様が例の魔法少女か」
今私の目の前には真っ黒な礼服に身を包み顔を仮面で隠した、自分を不審者ですよとアピールしている男がいた。
仮面から覗かせる目を赤く光輝かせながら仰々しい手振りで言葉を続ける。
「魔法少女は我ら不倶戴天の敵ではあるが、我が組織に乗り込んでくる勇気は誉めてやr……ごめんもう一回」
「それもう3回目なんで早く面接初めて下さい」
「う、うるさい!格好よく決めないとボスとしての示しがつかんだろう示しが」
既に俺の中での株価は大暴落してるよ。
──何でこんな状況になっているか、それは約2週間前に遡る。
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最初にも言った通り俺はかつてどこにでもいるような普通のリーマンだった、今日も今日とて営業の為に各地を回る。
……あの日もいつもと変わらず夏の日差しが暑い日だった。
日差しを避けようと思ってうっかりいつもなら使わない路地裏を通ったのが行けなかったのだろうか?
「ふぅ。ここなら涼しいっ!?」
間抜けにも歩きスマホをしていた俺は、足元にある底が見えない穴に片足を踏み入れるまで気が付けなかった。
気が付いた時にはもう手遅れとなり、そのまま体勢を崩して頭から穴へとダイブ。
「アアアアアアアアアア!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ!!神様仏様助けてくださいお願いしますううううううううう!!!」
穴が人一人分の狭さで体勢を変える事も出来ず、みっともなく泣き叫ぶことおおよそ10分以上。速度を増しながら落ち続けていたので流石に死を覚悟していたが──
「ふぎゃっ!」
幸いな事に穴の出口から横向き発射されたので、俺はゴミ山に頭をダイナミックに突っ込んだだけで済んだ。
「痛ててて、なんだこれ?」
起き上がった俺は右手をゴミ山から引き抜くと、丸い黒色に妖しく輝く宝石が付いたワンドを握っていた。
少女の顔が映る程磨かれているそれは、見つめているだけで吸い込まれてしまいそうだ。
「……ん?誰だこいつ」
そう、少女が映っていた。
──周りに誰もいないのに。
「いやいやいやまっさかそんなことないよねこれはあれだおもちゃだよおもちゃいや~最近のおもちゃは凄いなぁ」
目の前の宝石に映る女の子も何故か不思議な事に青い顔で冷や汗をかいている。黒髪黒目のセミロングな髪型で顔立ちは端整だ。
……小学校のころ学年に一人はいただろう無駄に顔が良い真面目な少女、正しくそんな感じだ。
なんか服装も変わってるが気にしない、きっと俺の内なるコスプレ趣味が目覚めてしまったのだろう。
「ふっ、とうとう俺の秘められた才能が目覚めてしまったのか」
「そうモフ!君は伝説の魔法少女の内一人として目覚めt
──なんか声が少女になってるけど、今叩いたら凄い勢いで飛んでいった毛玉がいるけど私は元気です。
「んで、何すりゃいいのさ俺は」
「女の子なのに色々荒いモフ、可愛いんだからもうちょっと言葉使いおおおおおおお!?」
この意味不明な、いやそもそも生きてるのかさえ怪しい毛玉を餅みたいに引き伸ばしてその辺に捨てておく。
……こいつは自称魔法の国の生物のモフルン、名前安直すぎるだろとかは言わないでおく。
「パンツ見えてるモフよ」
「いいよ別に、減るもんじゃないし」
異世界の女の子荒れすぎモフ!とか言ってるアホに鉄拳制裁を下す。そもそも俺は男だと何度言わせれば──
「そもそもあのゲートは女の子しか通れないモフよ、自分を男と勘違いしている精神異常者モフかぶらヴぁっ!?」
「誰が精神異常者だ毛玉! 女になっただけでも災難だってのに何でよりにもよって異世界に呼び出されてこんな雌ガキに……」
両手をワナワナと震わせながら近くに捨てられていた鏡を覗く幼女──いや俺。
こんな異常事態において異世界に呼び出されるのは許容するかはさておき、納得はしたが実際こいつに説明されても異世界という実感はない。
何せゴミ捨て場にあるのは現代日本にあるような日用品ばかりだし、何よりさっきゴミ山の頂上に登って見えたのは、大きな川を挟んで存在する巨大なビル群を中心として広がる巨大な大都市だ。
「本当に異世界なのか?東京かニューヨークって言われても不思議じゃないぞ」
「その地名はまったく知らないモフけど、ここはヴァレリア共和国の首都で世界有数の大都市でもあるネイトリアモフよ」
全然知らねぇ……なんだよヴァレリアって、いやそもそもネイトリアなんて都市地理にそこそこ詳しいけど聞いた事ねぇよ。
「──マジで異世界?」
「だから君にとっては異世界だと何度も言ってるモhぶえっぱふ!」
「お前ふざけんなよ!俺の貯金どうしてくれるんだよせっかく去年貯金500万円達成して更に貯めようとしてたんだぞ、これから老後も安心だったのにいいいいいいいい」
「そこは僕がサポートするから安心するモフ!……ちょっとお金は稼ぎづらいかもしれないけど」
だろうね。推定小学校○年生の幼女を雇う店なんて普通ねぇよ。
「お前な、お前なあああああああ!」
「だだだ大丈夫モフフフ、ちゃんと生活出来る支援制度があるモフよ」
肩(?)を掴んで揺らしまくっていると、推定生物畜生毛玉が非常に気になることを言った。
「支援制度?」
「そうモフ!妖精達が勝手に……じゃなくて必要に駆られて遠い地や異世界から英雄になれる人を呼び出したりとか色々やってるから国が対策したモフ」
何やってんのこいつら。というか複数いんのコレが?
ゴミを見るような目で毛玉を見ているがあちらは気付く様子もない。
「とりあえず、《ヒーロー連盟》に登録と説明しにいかなきゃいけないから早く行こうモフ」
「ハァ……しょうがない、行くしかないかぁ」
いつまでもいてもしょうがないし、ゴミ山から降りるか──
「ハッハッハッハ、その必要はないぞ少女よ」
「!?」
不意に真後ろから男の声が掛かる。
思わず振り向いて身構えるが仮面を被った礼装の男は余裕そうな体制を崩さない。
こいつ、いつの間に後ろに……
「まずは自己紹介といこう。 ──私の名前はギリス。お嬢さん、貴方は?」
「……樹だ。毛玉はどうした」
「ん?ああ妖精の事か。それならここだが」
そう言うとギリスは右手で鷲掴みにしている白目を向いた毛玉を見せてくる。
あっさり殺られてんじゃねーよ!まだ何も聞いてないぞ肝心な事。
「あまり女性は傷付けたくないのでな、出来れば大人しく付いてきてもらいたいのだが」
「へぇ、見た目と違って優しいじゃないか」
そう言いながらジリジリと下がる──ヤバい。こいつはヤバい、素人目にも分かるレベルで隙がない。
しかも前の太らないように毎日鍛えてた肉体と違って今はただの幼女、どう考えたって勝てねぇ。
「ふむ、これは女性にもミステリアスだと好評なのだがな」
「生憎俺にはただの不審者にしか見えないね」
時間を稼ぎながら何とか逃げる策を考えなければ……毛玉は駄目だ、そもそも握力で勝てない。
そうなるとゴミ山の何かを投げつけて目を反らすしかないんだが辺りを見渡してもこれと言った物がない、精々がさっき使ってた鏡程度の物だ。
(異世界ってんなら武器でも捨てとけよこの野郎!)
「そろそろいいか?私も暇ではないのでな」
「……糞がっ」
だが明らかに悪役っぽいこいつに捕まってもまともな未来は期待出来そうにない、どう見ても洗脳コースです本当にありがとうございました。
奴がユラリと動き始める。どうしようもないが、せめてもの抵抗を……
「待ちなさい!」
「っ!?」
「うおっ」
その声を聞いたギリスが飛び退くと、その場に赤や青の色とりどりの星やハート型の何かが着弾して爆発を引き起こす。
その衝撃で吹き飛ばされるが運良く毛玉も飛んできたのでキャッチしながら落下する。
幸いな事に下はゴミ山、ガラス等刺さる物も無いので体が汚れるだけで済んだ。
「やれやれ、今は君達と遊んでいる場合ではないのだが?」
「それは貴方の都合ではないですか?秘密結社イガルタル首領、仮面のギリス」
「組織が壊滅してからもしぶとく逃げ回ってたみたいだけど、今日こそ決着を付けるよ!」
そう言いながらゴミ山の頂上に着々する二人組の少女。
赤とポニーテールと青のツインテールをした、やたらヒラヒラした衣装で、まずスカートが膝より少し上でその長さで大丈夫かと心配になる。
「それはこっちのセリフだ……我が組織の幹部の仇取らせて貰おう」
「正義は絶対に負けません!」
「行くよルビー!」
ギルスが人間ではありえない速度で走り出すと、少女の方も目にも止まらぬ速さでゴミ山から飛び出す。
『魔法少女ルビナイスカ、ここに参上!!』
そう叫びながらギルスと激突し、その衝撃でゴミが吹き飛ばされる。
「ウオオオオオオ!」
『はああああああ!!』
一人放り出された樹は、もはや速くなりすぎて線と線の争いになった戦いを眺め──
「あほくさ」
「はっ!僕は一体何を……ってどこ行くモフ!?」
徒歩で歩きながら廃棄場を出ていった。