屋上でのお弁当とか憧れだけど、大抵の学校は立入禁止だよね。
「ヒロ君!!一緒にお弁当食べよ!!」
昼休みのチャイムが鳴るや否や、隣のクラスから茜が勢い良く現れる。手には弁当包みを持っており、時折隙間から紫の煙が立ち込めていた。
「アレは相変わらず?」
「言うな、本人は完璧だと思ってるんだ……」
俺は島貫の首根っこを掴み、茜と一緒に屋上へと上がった。
「あ、俺は今年も毒味役なのね」
「はい、どうぞ♡」
俺と島貫の前に突如として置かれた未確認生物。これは弁当なのか否か、それが問題だ。
「これは、山菜の天ぷらかな?」
島貫が眉をひそめながら茜の顔を窺った。
「うん♪」
「え!?マジで!?何故分かる!?」
「去年1年で大体覚えたぞ」
島貫恐るべし…………。
「沢山あるからどうぞ♪」
茜の顔に一部の曇りも見受けられない。本人は至って普通の弁当を振る舞っているつもりだ!!
「お、おう…………おぅ?」
島貫にも普通に弁当を分ける優しさは素直に好感が持てる。茜のそう言う優しさは好きだ。
「さ、頂きます……」
俺はカクカク動く未確認生物を頭から齧った。
(うっ……!!…………ヤバい、クソマズい!!!!)
「う、旨い!」
俺の反応を余所に、島貫は大声で茜の弁当を褒め讃えた。
(あ、島貫の目が左右で違うところを向いてる。駄目だ、一口齧っただけで逝っちまったか……)
天国へトリップした島貫はガツガツと茜の弁当を貪り始めた!ヤバいクスリを決めたジャンキーの如く、焦点は定まらずヨダレを垂らしたまま支離滅裂な言葉を吐いては茜の弁当を旨い旨いと平らげ、その場に倒れた……。安らかに眠るその姿は荒巻スカルチノフの様だ。
(島貫よ、お前の事は忘れないぜ)
俺は今日という日を生き延びたことを島貫に感謝した。
「ヒロ君も美味しかった……?」
茜が少し潤んだ瞳で此方を見つめる。……駄目だ、正直に言えるはずが無い。
「あ、ああ。美味し……かったよ……ね」
「そう!?嬉しい」
茜は今日一番の笑顔を見せ教室へと走って戻って行った。
<なあ、茜ちゃんのメシマズは母親似なのか?>
<いや、俺の母親、つまり祖母似だ……祖母の炊き出しで村が壊滅した記録も残っている位だ>
「先輩♪」
茜の姿が見えなくなると、今度は歩美がひょっこりと現れた。
「歩美もここでお昼か?」
「沢山作り過ぎちゃって……宜しければ少しどうですか?」
歩美は小さなお弁当箱を2つ広げ、可愛らしい箸を一膳俺へと手渡した。卵焼き、から揚げ、タコさんウィンナー等、お弁当の定番メニューが所狭しと並んでいる。相変わらず歩美の料理は美味しそうだ。
島貫を突き起こすが、安らかな顔のまま起きる気配が無い。仕方ない。俺だけ頂こう。
「いただきます!!」
先ほどの未確認生物で余計に腹を空かせた俺は、歩美のお弁当を夢中で食べた。
「旨い!!」
「本当ですか、嬉しいな」
手を頬へ当て、恥じらうように少し赤らめる歩美。
「この卵焼きは柔らかくて美味しいな!どうやって作ったんだ?」
「将〇の寿司を見ました……」
「このシソの葉寿司は?」
「これも将〇の寿司で……」
「このサクサクの納豆巻きは?」
「将〇の寿司で……」
(将〇の寿司スゲぇな……)
腹一杯歩美のお弁当を堪能した俺は、後ろに手をつき、空を眺めた。
「先輩、お茶どうぞ」
「ああ、ありがとう」
2人の間にゆったりとした時間が流れる(隣りに島貫が倒れているが……)
「先輩?」
「ん?」
「私、先輩と同じ学校で良かったと思ってます。今とても幸せです」
「おいおい、俺は歩美の弁当を食べただけだぞ?」
「いえ、それが嬉しいんです……」
俺みたいな取り柄無しの何が良いのか分からないが、そう慕って貰えるのは素直に嬉しい。
「先輩?」
「ん?」
「少しだけ、隣へ行っても良いですか?」
「ああ」
隣同士に並び空を見上げると穏やかな世界が広がり、そこには都会の喧騒も日々の煩わしさも何も無く、ただ静かな時間だけが流れていた…………。
そして島貫は放課後まで起きることは無かった。