忍び寄る戦慄の愛
―――何だろう?
私は微かに漂う妙な異臭と、不思議な胸騒ぎで目が覚めた。しかし辺りは静かな物で、病室のベッドから起き上がり辺りを見渡すが何一つ不思議な事は無かった。
その異臭は確実に臭気を増し、鼻腔から私の内側を蝕んで行くような恐ろしさを感じた。
私はその場に留まることが出来ず、清浄な空気を求めて病院の外へと飛び出した。
「………………」
そして、今私の目の前には右手に包丁を括り付けた茜さんが居た。月明かりに照らされた赤のドレススカートは黒く醜く潔い狂気に染まり、雑な殺気に包まれた愛が止め処なく隙間から溢れ出していた。
「狸をね……」
「人の物を盗る化け狸の皮をね……」
「……剥ぎに来たの♪」
その口は三日月より鋭く、狂気を孕んではその口から生まれ出る。そして月のように丸い瞳で私を静かに透かす。私は右足から左足へ重心をずらし、続く茜さんの言葉を待った。
「…………見なかった?」
折れた華が地面へ落ち花弁が腐り悪臭を放つ。茜という華は腐ってからが本領なのかと私は今知った。そして、この危機をどう乗り越えるかを懸命に考えねばならない。
「……知らないわよ!」
私は病院の中へと駆けた!夜間出入口のドアノブを押し中へと―――
―――や、ヤバいわ……
私は出入口から戻ることを諦め、夜道を闇雲に走った!!
何故なら私が降りてきた出入口はいつの間にか黒煙の霧が立ちこめており、出口を求め降りてきた患者や病院関係者の死体の山で埋め尽くされていたのだ!!
死体はどれも穴という穴から血を流しており、とても戻れる状況では無かった……。
「逃げるな!! この嘘つき狸!!」
血相を変えて私を追う茜さん……いや、殺人鬼。
その速度は驚くほど速く、私は後ろから飛びつかれて地面に転がり込んでしまった!
「きゃははははははははは♪」
―――ブヅッ
「―――ギャアアアアア!!」
突如とした切られた私の足首とアキレス腱。意識が飛ぶくらいの激しい痛みが私を襲う!!
体から発せられる危険信号と脳から絶え間なく分泌されるアドレナリンが、私に「生きろ」と言っている!
しかし目の前の悪魔から逃げる算段は今のところ着いてはいない……。
「ふふ、もう逃げられないね♡」
包丁を舌舐めずりする殺人鬼は楽しそうに「ニンマリ」と笑った。月夜に浮かぶその笑顔は一生頭にこべりついて離れないだろう……。
「この人殺し!!」
「あら~? ちょっと死んでもらっただけ……それだけよ?」
「…………なっ!」
「私はヒロ君が居ないとダメなのに…………なのに!!!!」
「お前が!! 奪ったんだ!!!!」
私に向け振り上げられた包丁は、月夜に照らされてとても綺麗だ。私は、自分の血飛沫を浴びながら絶命した……。
次話は『グロテスク注意』でございます。
見なくても本編には一切関係ありませんので、苦手な方はスルーして頂くことをオススメいたします。
優しく例えるなら、茜がお人形さんを解すだけの話です。




