姉対ゆかり
分厚い鉄格子の奥に、ぐったりと項垂れるヒロが見えた。恐らく薬で眠らされているのだろう。あり得ないほど殺風景で無機質な牢獄は見るからに居心地が悪そうだ。
廃ビルの一角に設置された柵を使った簡易的な牢屋の前で、その女……二条ゆかりが居た。
「ブラコンをこじらせたお姉さんが、一体どんな御用ですか?」
この牢獄にお似合いな程無機質な笑顔の裏に、尋常じゃ無い程エグい暴力的な欲求が潜んでいると思うと、私は一刻も早くヒロを助け出さねばと言う気持ちに駆られた。
「ヒロを今すぐ出せ。そしてお前は死ね」
「え~っ!?今デートの最中なのに……」
「私のヒロを返せと言っているんだ。そして死んでくれ!」
「あら?私はこの人と、手を繋いで歩きました。腕も組みました。初めてのデートは水族館。人気の無い場所でキスもしました。初めての夜はまあまあだったわ。知能は低い会話は幼稚容姿は普通…………総じてとても退屈な男……とてもとても……」
ゆかりはペラペラとヒロとの思い出を語り出した。どれも私には耳障りで不快だ。一刻も早くこいつは死ぬべきだろう……。
「で?貴女はこの人と何をしたのかしら?ストーカーさん♪」
その手から発信器と盗聴器が投げられ、床に転がる私の愛はゆかりのヒールにて容易く踏みにじられた。
「あら?そう言えばこのヒールも、この人から貰った物だったわね…………どう?弟さんから貰ったヒールで踏まれる感想は?」
「ヒロに興味が無いなら、何故一緒にいる!!」
自分でも冷静さを欠いているのが分かる。もうこの女を許す気には一生ならないだろう。
「さぁて?……それが自分でも不思議な所なのよね。これが愛ってやつなのかしら?」
殺す
コロス
ころす
ぶち殺す!!
―――ジャキッ!
私は腰から護身用の警棒を取り出した。無論カスタム済みだ。触れば電流が流れ、突けば毒針が出る仕組みだ。この女は……ココで死ね!!
「ふふ、お手柔らかにね?」
全てが気に食わない女の首を狙い、警棒を叩きつけた!
――バギッ!――ビシッ!――バン!!
怒りに任せ数発殴りつけてやったが、女が抵抗する素振りは無い。ただ、不敵に笑ってやがる……。
「勝ち誇った顔をしやがって!! 何のつもりだ!!」
私は我を忘れこの女に醜悪な憤怒を力の限りぶつけ続けた!
「姉ちゃん!何やってんだ!?」
私は―――掴んでいた女の胸ぐらをとっさに離した!
ヒロはいつの間にか起きており元気に立っている。しかしその顔は怒りに満ちておりいつもの可愛らしい姿は何処にも無い。
「ゆかりに何をした!!!!」
初めて向けられる弟の激昂に、私は理解が追いつかないでいた。
「無事だったのね、ヒロ……くん」
女は弱々しい声でヒロに助けを求める。
私が定まらぬ焦点で女の顔を見ると、僅かながらに口角が上がっている。
やられた
どう見ても私が一方的にコイツをボコボコにしたとヒロに思われた……。この女はヒロの起きるタイミングを見計らっていたのか……。
「ゆかり!! 今助ける!」
ヒロは鉄格子の扉に手を掛け引くと、扉はすんなりと開いた。
―――え……鍵が掛かっていない!?
はは…………鉄格子には最初から鍵すら掛かっていない。つまりヒロは監禁すらされていなかったのか……。
私は女に駆け寄るヒロに書ける言葉が見付からずに立ち尽くしていた。全てを話しても信じては貰えないだろう。何より私の愛を告白する必要がある……それは、それだけは避けたい。
「姉ちゃん最低だよ! 俺の事盗聴器で監視して俺とゆかりの事も陥れようとしてただろ!! 全部ゆかりから聞いたよ!!」
―――私は自分の意識が吹き飛ばされるかの様なトリップ感に襲われた……。この女に吹き込まれ、私がこの女を殴ったことで全てが繋がってしまう。真実味を帯びてしまった……。もう……終わりだ。
「病院へ行こう……もう少しだけ我慢してくれよ?」
女を抱え、ヒロがゆっくりと去って行く。
ヒロの背中越しに、女の勝ち誇った横顔が目に浮かんだ…………。
 




