あ、そう言えばもうすぐゆかりの誕生日だ!
ヤンデレは、フィクションだから成立する部分が大きい。
「ヒロ、何読んでるんだ?」
私はソファで熱心に女性誌を眺めるヒロに後ろから抱き付いた。
「おわっ。姉ちゃん見ないでくれ!」
「どれどれ……」
ヒロの背中に磐梯山を押し付けからかいながら雑誌を奪い取る。
『女子が本当に欲しい誕生日プレゼントランキング!』
「………………」
「…………返してくれよ」
私はそっと雑誌を返した。
「ゆかり……ちゃんに、あげるのか?」
「あ、ああ。もうすぐ誕生日なんだ……」
以前正座の話から誕生日を聞き出したのを、今思い出して焦っているらしい。
「何にするんだ……?」
「香水か……靴かな」
……Oh!我が弟のチョイスの酷さよ!! だがそれで良い!
「いいねぇ」
「そ、そうかな!よし、それで行こう!」
「あ、でも靴のサイズが…………」
「そ、そうだな……」
私はしょんぼりと落ち込むヒロの肩を叩いた。
「香水一つでも気持ちがこもっていれば良いじゃないか!」
「……そ、そうだな!ありがとう姉ちゃん!」
ヒロは意気揚々と買い物へと出掛けていった―――
―――街をフラフラと歩く私は、絶望と虚無で失意の最中に全てを忘れ去られたかの如く空っぽで立って歩くのがやっとであった。
母親は金に負けたのだ……。私の事より金を取った。まぁ、それはそれで良い……しかし先輩を奪う術が消えたのは私にとって掛け替えの無い命綱が消えたのに等しい。このままではあの女に…………悔しい。あれだけの条件が揃っていながらも何とか出来なかった自分が情け無く不甲斐ない。
……あれは……先輩?
女物の香水売場の前で怪しく右往左往する先輩は今にも通報されそうな位に不審だ。どれだけ心が虚しくとも、やはり好きな人は直ぐに見つけられるのは、不思議なものだ。
あの一件依頼、私の腕は治ったがあまり先輩とは会話が無くなってしまった……。
「……先輩?」
「なっ!!歩美!!」
突如話し掛けられた先輩が激しく後退りをする……。
そんなに狼狽えなくてもいい気がするけど。
「先輩この間はすみませんでした!!」
私は素直に謝る事にした。
「い、いや俺も不注意で割ってしまったから……」
2人の間に流れる雰囲気がおかしくなる……まずい。
「ところで先輩、香水を買うんですか?」
「え!いや……まあ……な」
私は先輩の顔で全てを察した。アイツにあげるのか……。
「私、選ぶの手伝いましょうか?」
「え!?……正直どれ選んで良いのか分からなくて困ってたんだ。助かるよ」
私は先輩へと点数稼ぎとして、悩んだフリをしながらアイツが嫌いそうな香水を選んだ。ゴツゴツした容器にちょっと不釣り合いな淡いグリーンの液体。見るからに臭そうなその香水のテスターを少しだけ嗅いでみたが、とてもじゃないが酷すぎて普段使う気にはなれない。
しかし、私はそれを笑顔で先輩に勧めた。
「これ、どうでしょうか?」
「よし、それにしよう。ありがとな歩美」
先輩はこの場に居るのが恥ずかしいのか、そそくさと会計を済ませ、風の如く去って行った。
お礼を言うのは私の方なのに―――。




