血の涙に咲く一輪の狂気の華
「―――見つけた!」
途轍もない人混みで二人を一度見失った私は、階段の上のイルカショーコーナーで何かぎごちない動きの先輩を発見した。あの女が近くに居ないうちに、特に考えや策略は無いのだけれど、私は先輩に話し掛けずには居られなかった。
「歩美どうしてここに!?」
突然の登場に驚く先輩。何だかカチカチに緊張した様子。
恐らくはこれから告白をするつもりなんだろう……。
私の予想では、この告白は成功する。
あの人が何を考えているかは知らないが、お淑やかで世間知らずで惚けた人だ。きっと優しい先輩の気持ちに応えてくれる筈。だからこそ憎たらしい……。
「じゃあ……」
そそくさと行こうとする先輩。
「待って、先輩!行かないで!」
私は必死でその手を掴んだ。何とも見苦しい足掻きだと思う。それでも今の私は、先輩に縋ることしか出来ないのだ……。
「ごめん、俺行かないと……」
しかし、その手は振りほどかれ先輩の背中が私を冷たく突き放す。もう終わりなの―――!?
いやだ……
……ダメ……渡さない!先輩は私だけのモノ…………!!
―――ガラッ!ドガッ!ドガドガ!!
階段を踏み外し盛大に落ちた私……。意識が遠のく……。突然の物音に駆け寄る先輩とあの女の声。私は一日の餡著を覚えた…………。
「すみませんでした!!」
俺は病室で歩美のお母さんに必死で頭を下げた。俺が歩美の手を払ったから歩美は階段から落ちてしまったのだ……。
「大丈夫ですよ先輩。すぐ治りますから」
体中に擦り傷を見せ、額には包帯が巻かれ、右腕にはギプスを着けた歩美は精密検査の為入院していた。見るからにその全てが痛々しい。
<アンタの娘も中々怖えな…………>
<恐らく反射的だろうが、恐ろしい子だ……>
オッサン達が俺には聞こえないようにボソボソと何かを話している。
「すみませんでした!!」
「すみませんでした!!」
「大事な時期なのに利き腕が使えなくて困るじゃない!私仕事で忙しいからヒロ君、貴方歩美のお世話を宜しくね!!」
急遽職場から駆け付けた歩美の母親から歩美の世話を命じられた俺。
俺はゆかりを想う余り、周りへの配慮が欠けていたに違いない。断るにももう少しやり方があっただろうに…………。
俺は己の軽率さを激しく悔いた。
検査の結果腕の骨折以外、歩美に異常は無かった。
「だから大丈夫ですって」
元気に振る舞う歩美だが、その額に貼られた大きな絆創膏が、傷の深さを物語っていた……。
残りの夏休み、俺のバイトは既に期間が終了しており、脳裏に歩美の痛々しい傷が浮かんでは消えていく……。
歩美は暫く安静との事……。
俺は償いの為、歩美の家へと向かった。
「それじゃあ宜しくね。私は遅くなるから、歩美の事頼んだわよ?」
入れ違いになる様に歩美の母親が仕事へと向かう。
「先輩♪」
居間のソファで大人しく座る歩美は、俺を見るなり笑顔で駆け寄ってきた。利き腕が使えず、食事はスプーンや素手で食べられる物しか食べれないそうだ。
「左腕では食べ辛くて……すみませんが食べさせて貰えませんか?」
歩美が申し訳なさそうにテーブルに置かれたお盆を指差した。俺は置かれた歩美の食事を運び、歩美の口にスプーンを運ぶ。
「ありがとうございます♪」
こうして、歩美の看護生活が始まった。ゆかりに想いを伝えきれぬまま……。




