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化け同心捕物帖

きつねとふくろう

作者: 山吹弓美

「こんのお!」


 江戸の町中は、夜は明かりがあってもかなり暗い。

 既に店じまいした、何でもない飯屋である「かさね屋」。その店から声を張り上げながら飛び出してきたのは、そこの看板娘であるかずらだった。

 彼女が追いかけているのは、小さな鼠である。既に親分を始めその群れのほとんどはとっ捕まえているのだが、あと一匹がどうしても捕まってくれないらしい。


「かずら、無茶するんじゃねえぞ」

「うるさあい!」


 店の奥からのんびりと届いた声にわめき返しつつ、かずらは地面を見ながら小走りを続ける。当の鼠は堂々と道の真ん中を走っているようで、おかげでかずらも建物や塀にぶつかったりすることもなく人気のない道を走っていけた。


「まったく、小さいってのも面倒だねえ」

「ちちち」

「笑ってんじゃないよっ!」


 一度、こちらを振り返った鼠が自分を嘲笑しているように思えて、かずらの両目がつり上がる。とたん大慌てで速度を上げた鼠の後を、ついに両手を地面についてかずらも走り出した。

 と、姿勢の低くなったかずらの背後からすう、と風が吹き渡った。はっと彼女が振り返る間もなく、何かが彼女の上をすいと通り過ぎる。音もなく、柔らかな羽がひらりと一枚落ちた。


『これで、いいかえ?』

「ちぎゃー!」

「あ、あら」


 かずらの視線の先、道の上で風と羽の主が見事に鼠を捕らえていた。月のような銀に光る、一羽の(ふくろう)

 その足、鋭い爪に捕らえられた鼠がじたばたともがく。その目がらんらんと赤く光り、開いた口からはすべてが牙となった歯が覗く。


病鼠(やまいねずみ)とはのう。確かに放ってはおけんの』

「助かったわ、御大。そいつが最後の一匹なの」

『それは良かった』


 当然のように梟と会話を交わすかずら。双方とも、見た目通りの存在でないことだけは確かであった。

 そうして、梟の足元で拘束を逃れようとしてもがいている鼠も、また同じ。


『食らって良いか?』

「御大が腹を壊さなければ、どうぞ」

『小鼠ごときで壊れる腹なぞ、持っておらぬよ』


 ほうほう、と鳴くように笑って御大と呼ばれた梟は、自身が捕らえている鼠をひと睨みした。そうして、嘴をくわりと開く。

 その口の中にも、梟ではありえないほどの鋭い牙、牙、牙。


「御大、こちらまで出てきて大丈夫なのかい?」

『なあに。狐がどたばた走り回っておるのを見物に来ただけじゃよ。しかし、聞いた噂では人の子を追いかけておるということじゃったがな』

「まあ」


 ばつの悪い顔をしながら立ち上がり、手足や着物を軽くはたいてかずらは、梟をじっと見つめた。

 狐と呼ばれた娘、かずらのように江戸では、(あやかし)が当然のように人に混じって住まっている。しかしながら、この梟の御大は基本的に町ではなく森の中で、普通の梟と同じ生活を営んでいる。

 どうやらそちらの方にまで、狐娘が浪人の青年を憎からず思っているという噂が流れているようだ。


「だって、辰馬坊は放っておけないんだもの」

『なるほど、相川殿のご子息か』


 その名も、その縁も梟の御大はよく知っていたようで。

 故に、彼は言い放った。


『なれば、しばらく町で住まうのも悪くはないな』


 病を撒き散らす妖であった鼠を食らって、血まみれになった嘴で。

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