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【5万pv】ありあけの月 小話集【感謝申し上げます】  作者: 香居
穏やかな光満つ ──久寿二年(1155)卯月
9/67

四話




 私室に戻り、一息ついてから書物庫を兼ねた学問部屋に移動する。(西北)対にあるので、この体では近場の遠足、といったところか。



 西対には、渡殿を通ると事前通達をしてある。

 門といっても差し支えないほど大きな扉の前、左右に警護の人が立っているので、一度止まる。


 衵扇(あこめおうぎ)を顔の前にかざした近江さんが進み出て、小揖の礼(15度の礼)をしてからこう告げた。


「鬼武者様が、乾対(いぬいのたい)にて学問をなさるので、戸を開けてください」


 それに対する返答は、


「承知」


 先輩警護の人が答え、後輩警護の人がやや重たい扉を開ける。

 私の役目は「お役目ご苦労」と声をかけることである。


 それなりの身分で住まうには、こうした儀礼が重視される。生活の中でさまざまな作法を身につけ、「礼儀知らず」と爪弾きにされぬための策だろう。


 今よりさらに幼い頃、この少し高めの敷居を上手く跨げずに躓いたことがあった。そのせいか、いまだに跨ぎ終えるまで見守られているのが、恥ずかしいようなありがたいような、不思議な心地がする。



 西対の庇の間に歩を進めると、少しして女性たちの声が聞こえてきた。

 御簾の近くにいるらしい年若の女房さんたちの重袿(かさねうちき)が、簾に透けて見える。


「若様がいらしたわ」

「菖蒲重のお召し物が愛らしいわね」

「今日も良い香りをなさっているわ」


 2メートルほど離れているのだが……


(……この距離で、匂いがわかるとは……臭いのか? 私、臭いのか?)


 思わず近江さんにさりげなく目で問うと、「ご安心ください」と笑みで返された。

 安堵して、そのまま歩く。


 彼女たちの、控えめだが弾む声を聞いていると、少しだけアイドルの気分になる。本物のアイドル()は、そろそろ朝餉を食している頃だろう。


 古参の女房さんが奥から窘める声も、「仕方ない」といった苦笑混じりだ。

 奥座にいらっしゃる波多野の義母上も、微笑んでいらっしゃるのだろう。


 御簾の中ほどで歩みを止め、義母上と彼女たちに一礼する。彼女たちの語らいを妨げてしてしまったことへの、お詫びをこめて。


「「「はうっ……!」」」


 ……今日も、御簾に一番近い女房さん3名が気を失った。

 どうやら若手が交代で御簾の傍に座っているようだが、必ず失神してしまう。



 心配になる上、怖くもあるので、波多野の義母上に相談を致したことがある。


 妖術など使っておりませんからと弁明する私に、義母上は朗らかにお笑いになり。


『若様のお姿を拝見するのを心待ちにするあまり、感情が高ぶるのでしょう。彼女たちは天にも昇る心地がすると申しておりますから、ご安心ください。お心遣い、感謝申し上げます』


 ……それはすでに昇天しかけているのでは……と思ったが、彼女たちの主である義母上がこのように仰る以上、口は挟めない。



 心の中で憂慮する分には、誰にも迷惑はかけないだろう……と考えている端から、後ろの人たち。「尊い……」と呟きながら拝むのを止めて頂きたい。私は御仏ではないので。


 いっそのこと観音様の手の形など真似てみようかと考えたが、収拾がつかなくなりそうなので実行はしないことにする。


 失神者の介抱はしなくていいのかと思うが、「放置して良し」とのお墨付き(?)を頂いているので、義母上に目礼して庇の間を後にした。


重袿:五ッ衣(いつつぎぬ)。本作では、袿を5枚重ねることを指しております。

乾対:寝殿から見た方角にある対屋。寝殿と対屋をつなぐ渡殿は、東西南北へ向かって伸ばすものでした。西北など中間の方位へ直接渡殿を掛けるのは、方角を侵すとして忌むべきこととされました。



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