表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【5万pv】ありあけの月 小話集【感謝申し上げます】  作者: 香居
穏やかな光満つ ──久寿二年(1155)卯月
8/67

三話




 朝餉を終え、近江さんから返答を聞くと、午後ならば良いのでは……とのこと。


 では、午前中に学問を──その前に、義兄上たちが出仕なさるので、見送りに参ろう。



   ✽ ✽ ✽



 登庁時刻の少し前に、遣水(やりみず)の傍で義兄上たちを待つ。


 義平義兄上は東対(ひがしのたい)、朝長義兄上は西対(にしのたい)と、それぞれの対屋からそのまま牛車にお乗りになれば良いのでは……と思うが、見送りの言葉が欲しいと、わざわざ庭に寄られるのだ。


 それから東西それぞれの中門(ちゅうもん)まで歩かれ、牛車に……手間ではないのだろうか──


「鬼武者」


 さらさらと流れる水を眺めながら考えていると、義平義兄上から声をかけられた。


「どうした。具合でも悪いのか」


 顔を上げると、左衛門府(武官)の出で立ちをなさった義平義兄上が間近にお立ちになっていた。

 温かな左手が私の肩を固定されたかと思うと、首筋に右手の甲をそっと当てられる。


 4.3尺(約130センチ)弱の私は、5.6尺(約170センチ)を越える義平義兄上を、これほど近くで見上げるのは困難だ。

 義兄上も見おろすのは大変だろう。


「熱はないようだが」

「ご心配をおかけして、申し訳ございませぬ。私は壮健ゆえ、ご安心ください」

「ならばよいが」

「義兄上」


 後ろから、朝長義兄上の艶やかな声が聞こえた。


「朝から逢い引きの真似事とは、感心致しませんよ」

「だっ、誰がそのような……!」


 朝長義兄上のからかうような口調に、真っ赤になられる義平義兄上。


 確信犯の朝長義兄上は、中宮職(文官)の出で立ちに、わずかに開いた扇で口元を隠され、楽しげに「ふふ」と笑っていらっしゃる。



 〝武〟の義平義兄上と、〝文〟の朝長義兄上。女房さんたちの話では、御二方とも人気があるらしい。


 義平義兄上は「兄貴」と呼ばれ、どちらかと言えば男性に慕われているらしいが。

 朝長義兄上は……


「可愛らしい(まなこ)で、そのように見つめられては、私の心はどうにかなってしまいそうだよ、鬼武者」


 ……甘い……

 ……誠に13歳なのだろうか……


 5.3尺(約160センチ)ほどの身長と、こういう時に〝夜〟の雰囲気を漂わせるせいか、実は20歳を過ぎているのでは……と思うことも、しばしばある。

 普段は優美な貴公子で、女性関係は清廉潔白らしいが。


 義平義兄上も15歳という年齢からすれば大人びていらっしゃるが、必要とあらば腹芸のできる朝長義兄上に対し、直情型の傾向はある。



 以前、「気を張ることの多い義兄上が、少しでも肩の力が抜けるよう協力してくれ」と、朝長義兄上に頼まれた。

 私は「普段通りに振る舞えばよい」と言われている。


「ふふ」


 半分とはいえ、血のつながった弟に対して向ける視線ではないような……これも、演技の一環だろうか……と思っていると。


「鬼武者に、いやらしい目を向けるな」

「心外ですね。愛でていただけではありませんか」


 義平義兄上の背中に隠され、朝長義兄上は大仰(大げさ)にため息をつかれた。


「……こほん」


 少し離れたところで控えていた近江さんのかすかな咳払いに、3人ではっとする。刻限(時間)だと教えてくれたようだ。

 御二方は手早く官服を確認された。


「では、行って参る」

「良い子にしておいで」

「はい。ご無事にお務めを果たされますよう、ご祈念申し上げます」


 義平義兄上は表情を引き締められ、朝長義兄上は私の頭を撫でてふわりと微笑まれ、それぞれの中門へと歩いて行かれた。


遣水:庭に作られた水の通り道。

中門:中門廊の途中に設けられている門。

中門廊:東西それぞれの対屋から、南に長く伸びる渡り廊下。



お読みいただき、ありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ